エンディング・テラス

25人、計2億5千万円支払った。

一応、暴走族・レディースの未成年たちから銃を買い取る代金、という名目で。


「銃など子供に持たせちゃダメだからな」

「そうですよね。さすが課長」

「これは、大人のオモチャだ」


なんて恐ろしいことを。


暴走族・レディースたちとの別れ際、鏡さんが凄んだ。


「くだらないことにそのお金を使ったら、バチを当てるからね」

「はっ。どうすんのさ?」

「吹っ飛ばすのよ」


冗談でないことは嫌という程伝わった。


その横で御坊が課長に詫びている。


「・・・すまんかった」

「謝らなくていいです。株を売らないっていう約束も破って構いません。もう、いいです」

「そ、そんな見捨てるようなことを言わんでくれ! こ、殺さんでくれ!」

「御坊、人聞きの悪い。まるで俺が殺し屋みたいじゃないですか」

「ワ、ワシはお前さんが心底怖いんじゃ」

「なら最初から反抗するな。今度こそ俺の言うことを聞くと誓えるのか」

「ち、誓う、誓う!」


御坊に対する課長の一人称がいつの間にか『俺』になってる。怖い・・・

課長が御坊に言った。


「エンディング・テラスでな、葬式やってくれ」

「え?」

「聞こえなかったのか? 葬式やれって言ったんだ」

「す、すまん、本当に言ってる意味が分からんのじゃ。分かるように教えてくれんか」


「キヨロウ!」


せっちに呼ばれた。せっちは銃を入れたバッグを両手でうんうん言って持ち上げようとしてるけれども持ち上がらない。課長の指示で使いもしない銃など邪魔だからバラストタンクに仕舞い込んでいる最中なのだ。

僕は課長と御坊の側を離れてせっちを手伝いに行った。


・・・・・・・・・・


「エンディング・テラスにある葬儀場の『ご遺体搬入路』手前まで行く。ついては御坊が遺体を用意してくれる」


課長の言っている文章文法的には理解できる。けれども、やっぱり意味不明だ。


「課長。難民船か」

「チョッサーは経験があるだろう。御坊が知り合いの密入国ブローカーから船ごと譲り受けてくれる。海岸に漂着した難民船の全員が脱水症状と飢えとで亡くなっていた。小さな子供や赤ん坊もいる。全部で50人だ」


ああ。平和なのって、目に見える世界だけのことなのか。

だけれどもやっぱり課長のやろうとしていることが分からない。

せっちが訊いた。


「課長。そのひとたち苦しんだ死に方をして、それでゆっくり休むことができるの?」

「・・・せっち。キミはやっぱりすごい。そうだね、このままじゃ魂は辛いままかもしれない」

「じゃあ、どうするの」

「弔うんだよ。御坊に葬儀の手配も頼んだ」

「ふうん・・・じゃあ、お坊さんを呼ぶの?」

「同船した難民たちの出身国は様々だ。仏教の盛んな国の人もいれば一神教の国の人もいる。とても微妙な問題だ。だから、このエンディング・テラスの住所地を治めておられる氏神様の神主さんに頼んだ。神道式の葬儀だ」


神道式の葬儀。

初めて聞いた。

でも、そうか。

僕らは不動産を所有してる感覚でいるけど、そもそもそれはその街の神さまからの借り物だ。土地だけじゃなく、農業することも商売することも人間の権利なんていう狭量な話じゃなくって、土地の神さまから許可を頂いてるだけのことかもしれない。

ならば、死んだら返すのは自然なことなんだろう。


チョッサーが課長に確認する。


「その葬儀が株主総会のポイントになるんだな」

「ああ。咄嗟に思いついたことだから思考に穴があるかもしれないが」

「課長の閃きでダメなら他のどの案だってダメさ」


チョッサーの意見に僕らも全員同意した。


・・・・・・・・・・・


エンディング・テラスの一番端にある岸壁に3隻のタグボートを繋留し、僕らは礼服に着替えた。


にっちが黒のフォーマル・ドレスを着てやっぱり黒の小さなバッグを両手を重ねて持って、すっ、と綺麗な姿勢で立っている。

つい、見つめてしまった。


「・・・キヨロウさん? どうしたんですか?」

「い、いや・・・なんとういうか、シックだな、って思って」

「不謹慎ですよ、キヨロウさん」

「そ、そうだね。ごめん」

「・・・でも、嬉しいです」


せっちが僕の礼服の背中をぱあん、とはたく。


「キヨロウ! 早く別のフォーマル・スーツ、みんなに着させてよ!」

「え? 別の礼服って・・・?」

「にっちとキヨロウの結婚式でね!」


喪服で並び立って固まる僕とにっち。


「せ、せっち! これからお葬式なのに、ふ、不謹慎だよ!」

「へへー。嬉しいことも悲しいことも全部セット、ってことだよ。すぐすぐ!」


せっちも黒のフォーマル・スーツを着ている。見る人が見ればゴシック・ロリータのファッションに見えないこともない。セレモニー・ホールの控え室に、たたっ、駆け込んで行った。

僕とにっちも控え室に移動して最期のが始まった。


「みんな、武器は携行したね?」


全員、うん、と頷く。


「ここから先はモニタリング課の5人だけでの仕事だ。チョッサーたちには船で待機して貰って不測の事態の側面支援に当たって貰う」

「クルーのみんな、すごいよね」

「ああ。ある意味組織の理想形だ。それで、コヨテとステイショナリー・ファイター合同の臨時株主総会の議事スタートは14:00。葬儀の開始時刻も同じく14:00。セレモニー・ホールに併設した火葬場で遺体の焼却を始めるのが15:00」

「50人ですよ」

「この街の火葬を一手に引き受けるハイテク火葬場だからね。私たちの葬儀だけで10の焼却炉を使用させてもらえる。高圧ガスで一気に燃やす最新鋭の炉だ。棺を炉に搬送するのもすべて人の手を介さずにオートメーションだ」

「じゃあ、時間は」

「30分とかからないだろう」


50人の人間の、今朝方まで生きていただろうその肉体を、骨と化すのに30分。

どうしてだろう。

寂しい。寂しくてたまらない・・・


「キヨロウ、聞いてる!?」


鏡さんに声をかけられて、はっとした。課長が僕にゆっくりと語りかける。


「キヨロウ。大役だ。キミが株主総会を仕切ってくれ」

「え?」

「二千億の現金を持ってね」


やっぱり意味が分からない。

それに、2億5千万円使ったから2千億じゃないけど。




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