おカネはケチっちゃダメ!
鎮火したタグボート3隻の点検を終えて朝日が昇りはじめる直前に今日の繋留ポイントへ入りじっと夜を待つ。
昨夜の戦闘で疲労困憊した僕らは全員目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
小鳥とやや大きな鳥たちの鳴き声。
運河を通航する作業船のエンジン音。
子供たちの学校帰りのさわめき。
暗くなる気配さえ、さあっ、という音のように感じた。
「よし。出るぞ」
チョッサーが決意表明のように呟いてからエンジンをスタートさせた。
「レッコ、レッコ!」
と、合図してもやいを上げ、ゆっくりと進み始める。
御坊はカネの亡者だ。あんなことで諦めるとは思えなかった。
けれども意に反して順調に航行する。
「このままなら後2時間でエンディング・テラスの引き込み水路に入る」
そうチョッサーが言うなり異変が起きた。
「しっ!」
鏡さんが皆を静粛にさせる。目を閉じて聴覚に神経を集中させると確かに音が聞こえた。
「なに、あの音?」
せっちが声をひそめると、タグボートの安定感あるエンジン音のその遠くに、パリパリパリ、という軽々しい異音が聞こえた。
その音はあっという間に近くなる。
「暴走族!?」
運河両岸、サイクリングロードの細い舗装を改造バイクの一団が疾駆してきた。一列縦隊を両岸に合わせて2隊。汚らしい排気音とゴッドファーザーのテーマがドップラー効果で通り過ぎる。
「わ、センスないロゴ!」
一団の変型バイクが立てている幟には、
『牛蒡は地下に根を生やす』
という、おそらくは御坊と牛蒡をかけたような深いのか浅いのか意味不明の短文が珍奇なレタリングで書かれていた。
「オラオラオラオラあっ!」
「うえっへっへっへっへっ!」
「いヤホーっ!」
甲高い声も混じるのでよく見ると左舷は全員男、右舷は全員女。暴走族とレディースということなんだろうか。しかも御坊の配下にしては全員10代ではないかと思えるほどの若さだ。
右舷のレディースの後ろから今度は霊柩車3台分の車長はあるんじゃないかという紫のキャデラックが爆走してきた。スモークのかかったドアウインドウが下がり、首をにゅっ、と出す老人。
「御坊!?」
さすがの課長もまさか御坊自ら出陣してくるとは予想していなかったようで、驚き混じりの声を上げる。
「課長、もういいっ!」
自らハンディタイプの拡声器で怒鳴る御坊。
「いいって、何が!?」
課長が怒鳴り返すと、すべてを意のままにして人生を歩んできた老人特有の身勝手なことを御坊は宣言した。
「降参しようと抗おうと貴様ら全員殺す! 殺すし、カネも貰う!」
「減速してくれ」
今更ながら御坊のパーソナリティーに呆れ果てたのか、課長はチョッサーに指示した。タグボートは静かにスピードを落とし、ほぼ惰性で水面を走る。
「駆けろ!」
御坊が拡声器で暴走族たちに怒鳴ると、バイクの隊列は急加速する。そのままタグボートを追い越して前に出る。
30メートルほど進んだところでバイク全台が急ブレーキを踏み、後輪を浮き上がらせながら停車した。
「抜けっ!」
御坊が次の指示を出すと、暴走族、レディースたちはツナギのポケットから鈍い光の金属を取り出した。
リボルバー、オートマティック、弾倉がむき出しのハンドガン。
製造元も様々のようだ。
高価そうなS&Wから旧ソ連製のトカレフまで。
すべて本物の拳銃だろう。よくもこんな数を揃えたものだ。
とにかく、まずい。
「にっち!」
課長が叫ぶとにっちが瞬時に反応する。クルーに鍵をトスした。
にっちから鍵を受け取ったクルーたちの動きはまさしく神速だった。ボックスのキーセルを回し、ハッチを開ける。と、その隙間もなくダッシュして後続のタグボートに鍵を投げる。次々とハッチを開ける全船。
「撃ていっ!」
「飛び込めっ!」
御坊とチョッサーの怒号が同時だった。
パン、パン、パン、パン、パン、!
ドゥフ、ドゥフ、ドゥフ、ドゥフ、ドゥフ!
パシュ、パシュ、パシュ、パシュ、パシュ!
リアルな拳銃の音がこんなにも間抜けなものだとは僕は知らなかった。本物の拳銃は御坊の屋敷やこの間の居酒屋で目にはしたけれども発砲させる前にカタがついたから。
今は状況が違う。実弾が放たれてる。運河の両岸にずらっと並んだハイティーンの女子男子から、幕、とまではいかないけれども線が張られるように弾丸がデッキの鉄板にガコガコガコ、と到達している。
咄嗟に飛び込んだバラストタンクの中でカネの入った段ボール箱の上に乗っかって僕らはごく短く会議した。
「課長、どうしましょうか?」
鏡さんはクラッカー爆弾を手に早口で課長に訊く。よほど使いたくてウズウズしてるようだ。
すると発砲の音が止んだ。
課長は仮説を立てる。
①銃撃の効果をPDCAするため一旦撃ち方をやめた。
②5連装全員が好き勝手にぶっ放し、弾を装填中。
「②ならば、『利子を払う』か・・・」
課長がバラストタンクから月を見上げて呟いた。鏡さんが呼応する。
「②に賭けるわ」
「鏡さん、まさかそんなこと。戦国時代でさえ長篠の戦いで隊列交代の連射をやってたのに」
「それだけ信長が天才的なマネジャーだった、ってことよ。女は度胸! さ、にっち、せっち、行きましょう!」
度胸、の一言で女子3人が止める間もなくデッキに登って行った。
果たして、賭けは鏡さんの勝ちだった。
銃の扱いが満足に出来ずにまだ装填にまごついている彼らはどうやら本物の、ただの暴走族・レディースのようだ。未成年のこんな人員しか集められないなんて、御坊もよほど窮境らしい。
デッキに仁王立ちする鏡さん、にっち、せっちの女子3人。
「にっち、お願いね」
鏡さんに促されてにっちが怒鳴った。
「あなたたち! 御坊に幾ら貰ったの!?」
コンパクトな四肢の女の子から発せられた大音声にびくっ、と手を止める暴走族・レディースたち。
「・・・俺は10万」
「あ!? 俺は8万だぞ!なんでテメエの方が多いんだよ!?」
すると対岸のレディース側からも声が上がる。
「ウチら5万だよっ! 男女差別かっ!」
差別だ差別だと両岸で罵り合いが始まる。
「1千万!」
内容は下世話だけれども、その数字がにっちの澄んだ大音声で告げられると一同静まり返った。
「全員に1千万ずつあげる! おカネはここよ!」
せっちが札束を詰め込んだバッグをよろよろと持ち上げる。おそらく2〜3億の現金。暴走族たちが20人ちょっといるようだから十分だろう。
「バ、バカ! こいつらを殺して2千億奪えばそんなはした金!・・・」
拡声器で怒鳴ってしまってから御坊は、あっ、と気付いて口ごもった。
「2千億!? なんだそれ、聞いてねえぞ、ジジイ!」
「おいおいおいおいっ! そんなデカいカネを奪うのに万札何枚かでウチらを駆り出したのかい!?」
レディースも金切り声を上げる。
「す、すまんかった! じゃが、こいつらを殺して二千億奪えば1人1億ずつやるぞっ!」
「御坊、そうはいかないわ!」
鏡さんは怒鳴りながらクラッカーを、しゅるっ、と中空に投げる。しゅん、と紐が10mめいっぱいに伸び、月影に重なるように一瞬静止した。そして見事な手さばきで、くん、と更に紐を引く。
ドゴン!
花火のようにクラッカー爆弾が炸裂し、爆風が両岸にまで届いた。
「御坊に味方するなら二千億吹き飛ばしてわたしらも死ぬだけよ!」
鏡さんが本気だということは十分彼らに伝わった。にっちがトドメを刺す。
「さあ、あなたたち! どうするのっ!?」
カチャカチャカチャと右岸で音がした。
レディース全員が装填の終わった銃口を向けてキャデラックを取り囲んだ。
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