夕日を背に黄昏れて、そして目覚めるんだ!

Xデーは3日後。


高瀬社長の演技力と強制力とそしておそらくは、魅力、によって持ち込まれたこのストーリー。

結局敵対的TOBの公告を許し、大株主である東北の海援御坊と関西の山岳大師はおそらく当日に株を売却するだろう。

そして、下落が止まらない株価に対し、他の投資家もプレミアムのつくコヨテの敵対的TOBに賛同し、Xデーに株を売却するだろう。


間違いなく高瀬社長は大リストラを断行する。

しかも僕はステイショナリー・ファイター側の人員だけではなく、コヨテ側で評価の低い社員をも一気にリストラするのではないかと思っている。


それが高瀬社長の言っていた『公正』という意味のはずだ。


僕自身高瀬社長を否定しきれない部分もある。

彼の血の温度が無いようなパーソナリティは疑いないし、社員の表面上の『貢献度』という部分でドライに見切るやり方はマネジメントとして正解だとは思えない。


なにより、にっちを傷つけた。


「キヨロウ。どうしてくれてやるつもり?」


鏡さんが僕に問いかけた。


場所はステイショナリー・ファイター本社の入るテナントビルの屋上。

時刻は夕刻。

そしてこの街の立ち並ぶビルの稜線から差し込んでくる、暖色の夕日をモニタリング課の4人で浴びながら。

ベタだけれどもこうしたかったのさ。


「取り敢えずTOBの会見場に乗り込みます」

「それで? 株式取得おめでとうございます、って高瀬社長に言うつもり?」

「いじめないでくださいよ、鏡さん」


鏡さんは僕を優しい蔑みの笑みで見つめた後、課長に向き直る。


「課長。万策尽きたんでしょうか」

「・・・久木田社長は、市場のことわりだと腹を決めたようだ」

「わたしらはそれでいいの?」


せっちは屋上の極まで行き、そのままエッジに沿って歩き出した。


「せ、せっち!? 危ないよっ!」

「キヨロウ。平気。わたし家でなぶられた時も、学校でなぶられた時も、こうやってビルの屋上を歩いてたから」


せっちが僕ら側を見る。

彼女のデッキ・シューズの踵が、ちょうどエッジから数センチはみ出して中空にある。


夕日の逆光でせっちの黒いシルエットが浮かび上がり、鼻も、口元も見えなくなる。

ただせっちの目の強い光だけが陽の光に負けずにくっきりと見えていた。


「キヨロウ、にっちのこと好きなんでしょ?」


僕の胸が締め付けられる。


にっちに対する感情は、感傷とも呼べる切ない気持ちだ。


彼女は電波を通じて不特定多数の人たちの前で、


『好きです』


と言ってくれた。


『愛しています』


そう宣言してくれた。


僕は、この3人の前ですらそれを言えないのか・・・?


「好きだ」


せっちが、くん、と踵を上げた。


「僕は、にっちが好きだ。彼女を愛してるよ」


せっちはそのまま何度も、くん、くん、くん、と踵を上下させる。その度にちょうどせっちの頭髪に沈もうとしている夕日が光を表したり遮られたりした。


「キヨロウ。ばあちゃんは得意か?」


課長が突然僕に言った。

なんだろう。

語彙・文法ともに明瞭で正確なのに、瞬時には意味が分からない。当然、


「え」


と訊きかえした。


せっちは課長の言葉にエッジを離れこちらに寄ってきたし、鏡さんもなにか妖しい響きを感じたのか顔を近付けてきた。


結果、僕が3人に取り囲まれる形となる。


「キヨロウ。年寄りの心を掴むのが上手そうだな」

「いえ、そんなことはありません」

「そうか。今すぐ行こう」

「いえ、ですから・・・」


得体の知れない危険を察知した僕が否定の言葉を発しても課長はそれを否定する。せっちも、


「キヨロウ。課長の言ってる意味、わたしも分かんないけど、行くしかないんじゃない?」


鏡さんも、同調する。


「キヨロウ。にっちは高瀬と闘って今ICUの中。あなたも最低限、死ぬ一歩手前まで行く義務があるわよ」


全員に追い詰められた。


けれども、僕自身答えは決まってたと思う。


死ぬ一歩手前どころか。


にっちのためなら、死んでもいい。


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