スゥイーテスト・ホーム

マノアハウス にせっちと2人して帰った。


我が家。


子供の頃から穏やかさという言葉の意味が分からずに育った僕とせっちと。


そして、にっち。


その僕らの優しき我が家、マノアハウス 。


「ねえ、キヨロウ」

「うん?」

「カレー、作ろっか?」

「カレー・・・」


そうだった。

神光神社のお祭り最終日。

マノアハウス の引越し祝いに3人でカレーパーティーをするはずだったのが、そのままになっていた。


「作れるのかい?」

「あー、バカにしてー。にっちから肉じゃが習ったから、似たようなもんでしょ? キヨロウこそどうなの?」

「フライパンで一人分、ならば子供の頃から嫌ってほど作った」

「あー。なんとなく分かる」


ネガティブなマターでシンパシーをシェアしながらポジティブにクッキングをスタートする僕ら。

カタカナばっかりで申し訳ないけれども。


「具はごろっとしたのがいい」

「えー? 煮込みに時間かかるだろ?」

「キヨロウってそういうとこが淡白だよねー」


小学生と友達みたいに語り合う。

まあ、今時の親子はみんなこんな感じらしいけれども。


にっちは料理修行中のせっちのために1週間の献立リストとレシピをくだんのホワイトボードに書いてくれていた。彼女の水色フォルクスワーゲンで非番の日に買い出した食材もクリアボックスと冷蔵庫にきちんと整理されている。


チキンカレーとかぼちゃのスープ。

かぼちゃはにっちがペーストにして冷凍庫に作り置いてくれていた。


「玉ねぎは乱切りだよ!?」

「え。輪切りじゃないのかい?」

「バカですかあ!?」

「ほら、せっち。ご飯炊けたぞ。すぐに混ぜないと」

「わかってるよー」


楽しい。

悲しいのに、楽しい。


「いただきまーす」


2人して合掌し、にっち自慢の漆塗りの木製スプーンでカレーをひとくち。


「からーい!」

「そうかい?」

「もう。ちゃんとにっちがガラムマサラとかカイエンとかのテーブル・パウダー買ってくれてるんだからルウ自体に香辛料ドカドカぶち込まないでよ!」

「ごめんごめん。辛いならスープ飲みなよ」


僕はルウのついたまま、せっちはカレーとスープが混ざらないようにぺろっとルウを舐めた後、白くて深めの陶器のスープ皿にスプーンを差し込んだ。


ああ。


「甘い・・・」

「うん、甘いね・・・」


にっちが下ごしらえしてくれたかぼちゃのスープ。


せっちの10年の人生、そして僕の20数年の人生を、そっと慰めてくれた。


・・・・・・・・・・・・・


熟睡した。

久しぶりの暖かな我が家のベッド。

さて、せっちと一緒に朝食でも作るか。


「おはよう」


僕がキッチンに行くとせっちはIHにウインナーとブロッコリーを茹でる鍋をかけたままテーブルでスマホを凝視していた。


「おっとと、沸き返ってるよ?」


僕がIHをOFFにするとせっちはつぶやいた。


「キヨロウ。マノアハウスが・・・」


せっちのステイショナリー・ファイター『工作用』のツイッターアカウント。

LIVE配信中という複数の通知が入っている。

せっちが観ている動画はマノアハウス の外観。そしてコメントがあった。


『ステイショナリー・ファイターのリーマン男と小学生、絶賛同棲中!』


死ねばいい。


にっちがせっちの兄貴と初対面の時に平然と呟いた言葉。

今ならよく分かる。


けれどもこいつらは遠巻きに安全地帯から呟いているだけ。

にっちのように相手の射程圏内で面と向かって言っている言葉では決して、ない。


「せっち、出るよ」


そう言って僕とせっちは部屋を出て地下の駐車場に向かった。


せっちを助手席に乗せ、水色フォルクスワーゲンのアクセルを下限まで踏み込んだ。


「あ、出てきた!」


スマホを片手にVRのゲームキャラでも探るように僕らの目を直視せず画面で視認するこいつら。

課長のドライビング・テクニックを思い出し、駐車場のコンクリートの柱の隅でスマホをかざすこいつらの、コーナーギリギリを攻めた。


コスるほどに。


「うわわわわっ!」

「あっぶねー!」


アブねえのはお前らだろうが。

こいつらの性別すら識別したくない。

男も女もない。

インチキ野郎が。


「キヨロウ、どこ行くの?」

「コヨテ」


・・・・・・・・・・・・


コヨテ本社の地下駐車場に、バウン、と減速せずに進入し、キュキュ、というタイヤの摩擦音を響かせた後、黒塗りの一番高価そうな車のサイドにフォルクスワーゲンのフロント・バンパーを軽く突っ込ませた。

黒塗り車の、ビッ・ビッ、という防犯アラーム音とハザードランプのオレンジの点滅とを背景に僕とせっちはワーゲンを降りてエレベーターに向かう。


「首大丈夫かい?」

「うん、平気」


駐車場の守衛さんが駆け寄ってきて僕らを制止した。


「通してください」

「ダメだ! 何言ってるんだ!?」

「あなたは高瀬社長が好きですか?」


守衛さんが僕の顔をじっと見る。

ああ、テレビの奴か、と気付いてくれたようだ。

一言だけ答えてくれた。


「嫌いだ」


・・・・・・・・・・・


守衛さんが守っていた駐車場のゲートを通過すればエレベーターからオフィスエリアにそのまま昇れる。

そのまま30階のパネルにタッチする。


役員室と秘書ブースのあるフロアだ。


「キヨロウ。行ってどうするの?」

「分からない」




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