美しいことは必ずしもよいことではなくて

「僕はあなたを知ってます」

「あら、そう。光栄だわ」

「でもどうしてあなたが僕を知ってるんですか?」

「ふふ。『美少女ファイター』でしょ? その子」


そうか。

デパートでストーカーの肋骨ろっこつを5本も折ったにっちの映像が拡散されていたんだった。

でも、どうして名前まで?

そもそもなんであの映像で僕たちがステイショナリー・ファイターの『戦士』だと分かった?


「にっち、だったわよね?」


う。

にっちっていうニックネームまで。


「あなたたち、マノアハウスに住んでるのよね?」

「すみませんっ!!」


にっちが珍しいぐらいの大声を出した。ジムでのスパーリングで、『あいつらっ!』と言った時と同じぐらいの声だ。


「もしかしてわたしたちを監視してるんですか!?」

「監視だなんてそんな」


錦城チカは熱くなるにっちと対照的に静かに、冷たさを増す。


「たまたまわたしがそこにいただけよ」


クロだ。


ウチの監査室のセリフまで。


「ねえキヨロウ」

「なんですか」

「もうやめにしない?」

「え?」

「あなたたちの『工作』よ」

「なにを・・・」

「バレてるのよ。他のメーカーを圧するのには効果大でしょうね。でも、わたしたち『コヨテ』にとっては象にたかるハエみたいなものよ」


仮にも業界NO2の僕らをハエとは・・・


「あら、キヨロウ。ご不満のようね。言っておくけどあなたたちが『努力』と思ってやってる業務なんて、わたしたちコヨテのそれからみたらぬるすぎるわ。だから大差での2位があなたたちのベストポジションなのよ」


「錦城さん」


にっちが短く言葉を挟んだ。


「『チカ』って呼んで。あなたたちはニックネームで呼び合ってるんでしょう?」

「チカさん・・・わたしの生い立ちをご存知ですか?」

「ふふ。キヨロウの前で言っていいの?」


ああ。やっぱりそうか。

にっちは僕にはまだ言っていないことがいくつもある。

そしてそれはおそらく、久木田社長ならば調べていることなんだろう。

コヨテならそのぐらいの情報はつかんでいてもおかしくないのかも。


「言っていいですよ」

「え」

「チカさん、言っていいですよ」

「ほ、ほんとにいいのね?」

「はい。どうぞ」

「・・・あなたの両親は逮捕歴があるわね」


え。そうなのか・・・?

にっちのご両親も?


「チカさん。それから?」

「え?」

「それだけですか?」

「そ、それだけって・・・」


なんだろう、これは。

今僕の目の前にいるのは、せっちの頭を撫でて背中をさすっていたにっちに間違いない。

けれども、そのかわいらしい唇から漏れてくる応答は僕の心をひたすら苦悶に貶める。


けれども、僕以上にうろたえているのが錦城チカだった。


「な、なにを強がってるのよ! 駆け引きできる余裕なんてないでしょ!?」


にっこりとにっちが笑う。


「わたしは駆け引きなんてしません。だって、そんなことしなくっても、あなたの人生よりもわたしの人生の方が深いですから」

「な、なんですって!?」

「安心しましたよ。あなた程度の方がコヨテの部長さんで」

「・・・後悔するわよ」


錦城チカの言葉を聞いて、微笑みながらにっちが締めくくった。


「チカさんって、きれいなだけのひとですね」

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