NSKルールのWミーニング♡

「初夜だね」


小5のクセにせっちがこういうませた言い方をするので緊張感が否応にも高まる。


薄幸な少女ふたりと中年ではないけれどもそこそこ大人の男との共同生活初日の夜。


祭りは終わった。

ハラマキとピンクは神光神社の神様に五穀豊穣の感謝とついでに焼きそば屋の売り上げ記録更新の感謝を込めてお賽銭を弾み、二礼二拍手一礼をしてまた次の街へとバンで向かって行った。

やはりにっちと同じく18で免許取り立てのピンクがハンドルを握ると、ガンズ&ローゼズのピストルと薔薇の刺繍を背負った革ジャンが映えてまるでロックバンドのツアーのようだ。

メンバー2人だけだけど。


そして僕らも祭りの余韻を後にして僕たちの新居、『マノアハウス』に帰ってきた。飛び出したのが冒頭のせっちの発言だ。

単に共同生活最初の夜という意味の『初夜』という表現でしかないはずなのにこの言い回しを使うときの別の第一義的意味を意識してしまう。たまらず僕は話題を逸らす。


「に、にっち。ウチの商品たくさん置いてあるね」

「は、はい。基本文具で生活は事足りますから」


んなわけないでしょ。

と一瞬思ったけれどもよくよく部屋を見渡してみる。


メゾネットタイプでそれぞれ個室が確保できる間取り。

一階は僕のエリアで個室に、

『キヨロウさんの部屋♠︎』

というプレートがドアに貼ってある。ペンギンの赤ちゃんキャラが描かれたウチの人気商品だ。


それから一階のトイレ。

ここにも、

『キヨロウさん専用!♂』

という子猫キャラのプレートが貼ってある。


さあ、お気付きだろうか。

僕専用のトイレがあるというのがこの共同生活成立の重要なポイントなのです。

だから1階・2階構造のメゾネットを選んだ。


2階はにっちとせっちの女子専用フロア。同じくそれぞれの個室には『にっちの部屋♡』、『せっちの部屋♡』というプレートが貼られ、2階のトイレには、

『にっち・せっち専用!♀』

のプレートが。

それでもせっちは、

「もしにっちとわたしがトイレかち合ったらキヨロウのを使っていい?」

と訊いてきたので、

「ちゃんとノックしてね」

と返しておいた。


個室のそれぞれの机もウチのオフィス用品でシンプルなもの。せっちの部屋の勉強机もこれだ。

「こういう机の方が集中できるんです」

とは、にっちの談。


ポイントポイントにある間接照明もオフィス用の実用的なもの。

でもこうやって自分たちの家にセットしてみて初めて気付いた。


ウチの商品は『暖かい』。


ああ。ステイショナリー・ファイターに入ってよかった。


そして我が家でもっとも目をひく文具。


「うわ、にっち。なんでホワイトボード?」


せっちがそう言って指差したのは1階キッチンに置かれたホワイトボード。まさしく会社の会議等で使うサイズの大きなもの。買い物メモや家族間の連絡事項なら冷蔵庫に貼るマグネットシートで事足りるはずだがにっちはにこにこしながらガラガラとホワイトボードを食卓の前まで引っ張ってきた。


「ふふ。ここに我が家の『ルール』を書こうと思って」

「ルール?」

「はい。敏腕サラリーマン・新入社員・小学生と年代も立場も異なる共同生活ですからきちんとルールを作っておいた方がいいと思って。それに、一応男女が同じ屋根の下で暮らす訳ですので・・・」


なるほど。

瞬間的にでもふしだらな想像をしてしまう僕なんかよりにっちの方が余程大人で常識人だ。


「あと、これを使って『家族会議』というかコミュニケーションを頻繁に取った方がいいかと。会社みたいにブレストとかして」


おお!


そんな訳でまずルールを作るプロセスが最初の『家族会議』となった。


「はいはいはい! 金曜の夜は全員でゲーム三昧!」

「それは嗜好の範囲」

「じゃあ、土曜の夜がゲーム三昧!」

「せっち、ふざけないで」


そう言いながら、にっちの顔が腹の底から笑っている。

僕も、楽しい。


ケラケラと議論している中でこんな話になった。何気ないせっちの発言。


「ねえ。『カチョー』って誰?」

「カチョー? 『課長』? あ、『家長』か。せっち、なんでそんなことを?」


僕が訊き返すとせっちは伏し目で椅子から伸ばしたそう長くはないけれども身長相応のスレンダーな足をぶらぶらさせながら答えた。


「だって、わたしのお父さん、いつも『カチョーは俺だぞ!』って怒鳴りつけて殴るんだもん」


一緒に聞いているにっちも険しい眉をした。

うーん。世帯主の僕が家長なんだろうけど・・・いや、待てよ。


「なあ、こういうのどうだい?」


僕は立ち上がってホワイトボードに漢字2字を書いた。せっちが音読みする。


「『リョーボ』?」

「そ。家長とかは別にいいけど、にっちを『寮母りょうぼさん』ってことにしてさ」

「え? わたしですか?」

「うん。にっちは料理も上手だしできれば収支のやりくりもやってもらえたらと・・・いやかな?」

「いえ、いえ。でもわたしなんかで」

「はは。だって男女3人とは言いながら女子寮みたいなもんでしょ、ここは」


全員、納得。


「じゃあ、にっちが『お母さん』だね」


せっちがそう言うと、なぜだかにっちの目が潤っていた。


「では、発表します」


家族全員で作り上げた我が家の『ルール』


『NSK(にっち・せっち・キヨロウ)の掟』と名付けた。


1.寮母はにっち

2.男女2人きりにならぬよう

3.トイレがかち合ったら必ずノック

4.お風呂は、キヨロウ→にっち→せっちの順番で。

5.家事は助け合って(せっちは積極的ににっちから学ぶこと)

6.倹約を旨とせよ!


うーん。シンプルでかつ男女間の節度もきちんと保とうという素晴らしい掟だ。

ただ、4.については僕は気を遣うつもりで2人にこう訊いてみた。


「お風呂は僕が一番後でいいよ」


遠慮がちににっちがこう返す。


「あの・・・キヨロウさんは湯船の『女子のエキス』的なものに興味があるようなそんな男の人じゃないって分かってるんですけど・・・でもやっぱりわたしの後にキヨロウさんが入ると思うと恥ずかしいんです」


僕は中学生に戻ったんだろうか。

赤面が止まらない。


「で、でも、僕が入った後の湯船ってのも気持ち悪いだろう」

「いえ、わたしは全然。キヨロウさんなら別に・・・」


そう言って、今度はにっちも赤面する。

慌てて僕はせっちに振る。


「じゃ、じゃあ、せっちも僕が入った後は特に気持ち悪くないから僕が最初でいいんだね」

「違うよ」

「え」

「わたしが一番最後なのは仕事で疲れた2人のために風呂掃除ぐらいしようかな、ってだけ」

「じゃあ・・・」

「にっちのエキスでキヨロウのエキスが中和されるからね!」


がーん! ちゅ、中和はなんという言い草・・・まあ、しょうがないのか・・・


「それよりもさあ」


そう言ってせっちがホワイトボードの前にツカツカと歩いて行き、マーカーで横に書き足した。


なんだろうと思って見ている僕とにっちの顔がさらに赤みを増していく。


1.にっちが寮母

→寮父はキヨロウ!

2.男女2人きりにならぬよう

→デートは2人きりで行ってきていいよ!


ことん、とマーカーを置いて腰に手を当てにやにやするせっち。


初夜からこんなラブコメ全開で、この先どうなるのか。


あれ?

そういえばにっちが否定しないってことは・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る