女子たちの定食屋さん
本当は今日から新しく暮らすマノアハウスでカレーパーティーをする予定だったのだけれども、縁あってテキ屋さんたちと『トキモ食堂』という定食屋さんで会食することになった。
同席するのはスキンヘッド・黒Tシャツ・腹巻ステテコのおじいさん、ガンズ&ローゼズの刺繍入り革ジャンを羽織る髪をピンクに染めた女の子、だ。
「ワシのあだ名はハラマキ、こいつはピンクだ」
聞けば2人は北海道から焼きそば屋の屋台を積んでバンでやってきたという。ピンクという子の見た目があまりにも若いのでどういう関係なんだろうと思っているとせっちがズバリの質問をした。
「ピンクはハラマキの愛人?」
ぷ、と吹き出すピンク。
「違う。弟子。焼きそば屋の」
「へえ。儲かるの?」
「ああ儲かるよ。中学出てから3年で100万貯めた」
ピンクがそう言うとハラマキがボヤいた。
「こいつはワシの家に居候して食費水道光熱費全部おんぶに抱っこだ。そりゃあ金も貯まるわな。まあ料理が上手いからワシの女房はこいつを娘みたいに可愛がってるけどな」
「中卒なんだ!?」
せっちがまたもや遠慮ない質問をするとピンクはにこっと笑って丁寧に答えた。
「そうさ。でも、親のスネかじってるくせに人をいたぶる奴らよりマシだろう?」
「ピンク、あなたはなにか目標が?」
今度はにっちが質問する。我が家の娘たちは積極的だ。
「自分で店を持ちたいのさ。喫茶店、さ」
「こいつの両親は喫茶店やってたのよ。改装資金が工面できなくて高利貸に手ぇ出してな。追い込まれて自殺しちまった」
ハラマキはショートホープの灯火を、ジ・、と音を立て赤々と照らしながら吸い込み煙を深く吐いた。
「ワシはそれまで金融系の仕事でシノいでた。小学生の時にワシのところの若いモンがこいつの両親を結果的には追い詰めたのさ。別に仕事だしそんなこと人間なら誰でもあることだって達観もしてたんだが、一応顔出した両親の通夜でこいつがワシに線香の灰を投げつけてな」
「織田信長を授業でやってたんだよ」
「中学行ってもこいつの毎日は地獄さ。父親の弟夫婦が一応引き取ったが向こうも子持ちだ。家でもいたたまれねえし学校行きゃあ『ヤバい子』とかなんとか言っていたぶられる。そんで何をトチ狂ったかワシんところに来て『働かせろ』って言いやがった」
「中学生で?」
「そうだよ、せっち・・・だっけか? ワシもなんだか情が入っちまってウチに引き取ることにしたのさ。ただ金融の仕事って訳にもいかんからちょうどいい機会と引退してな。代わりに昔やってた屋台の仕事を親分・・・おっといけねえ・・・『社長』に頼んでやらせてもらうことにしたのよ」
「中学は一応卒業したから」
「ピンク、高校は?」
「にっち、アンタは高卒?」
うん、と頷くにっち。
「そう。にっちも苦労してそうだね。ウチはとにかく早く働きたかったから高校って考えはなかったよ。二十歳になったら店を出すつもりさ。もう目ぼしい空きテナントもいくつか目をつけてるよ」
すごいな。ここに居る3人の女子たちは。性根が据わってるというか。そう思ってたらハラマキから声を掛けられた。
「キヨロウのダンナ」
「え、ダンナだなんて。僕まだ20代ですよ」
「お。意外と若いな。まあいいや。キヨロウさんはこの娘たちと同居するのかい?」
「はい・・・一応」
「なんだ、歯切れが悪いな。同居ってことはそこのにっちさんに惚れてるのか」
「え!? いやその・・・」
ちらっと横目でにっちを見る。
既に顔から耳たぶまで赤くしてうつむいていたのでフォローのコメントを求めることもできそうになかった。しょうがないので僕はハラマキにこう言った。
「正直魅力を感じてますし意識もまあしてます。可愛い後輩でもありますし。でもハラマキさん。さっきの立ち居振る舞い見たでしょう? 僕がそういう気持ちを持つなんておこがましいぐらい素晴らしい子ですよ。僕より数段上の人間です」
ふっとにっちが顔を上げて僕の卑下を否定しようという表情を見せたけれどもその前にピンクがコメントした。
「キヨロウはにっちに十分釣り合うよ」
きょとん、とする僕。
そうしてたらせっちもコメントする。
「うん、わたしもそう思う。キヨロウとにっちは、似合ってる」
はははっ、とハラマキが笑った。
「女ふたりはこういう意見か。さて、にっちさんよ、当のアンタはどうだい?」
答えるわけがない。
でも僕の推測は完全に置き去られた。
「わたしは、好きです・・・」
にっちの消え入るような声に定食到着の声が重なった。
「マグロの中落ち定食お待たせしましたー」
おお。
角皿に山盛りのマグロの中落ち。
小鉢はモズクの酢の物。
ご飯に豚汁。
これで600円。
いいね、こういうの。
と、グルメリポート風に現実逃避した。
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