お祭りが永遠に続けばいいのにね

引っ越しは一番物騒な日を選定することとなった。

この街で一番大きな『神光神社』のお祭りの最終日だ。

3日間にわたって開催される祭りは縁日というレベルではなく、全国津々浦々のテキ屋さんたちが年間収入のかなりの部分を稼ぎにやってくるという大規模なもの。

かつてサッカーワールドカップの分散会場として選ばれた時の人出などこの祭りの盛況から比べたら単なる球技大会にしか見えないほどだ。


一番人出が多い最終日。


なぜ物騒か?


祭りへ出かける民家を狙った空き巣や、屋台が出てごった返す神社周辺でのスリ、恐喝、喧嘩、痴漢、など、この街の年間犯罪発生件数の大半が稼ぎ出されるから。


「にっち、キヨロウ! かき氷買って!」


せっちは祭りを最大限に満喫している。


わた菓子、たこ焼き、焼きそば、ケバブ(風)、リンゴ飴、といった食べ物系から、金魚掬い、スーパーボール掬い、ピンボール、輪投げ、射的、占い、まで。



そして、やっぱりアレに入ることになった。


「やっぱ、これだよね! お化け屋敷!」


そう。お祭り名物、神社の境内にテントが張られ、そこがお化け屋敷となるのだ。


「さあ、イロモノお化けいるよー」


やる気のなさそうなお姉さんの客引きできゃーきゃー言いながら小学生やらヤンキー中学生カップルやら女子高生の女の子同志やらが入場料の1,000円(高い!)を払ってどんどん中へ入って行く。


「僕はいいよ」


と、どう考えても入場対象者として選ばれていないような雰囲気を感じたので自主的に遠慮したのだけれども、にっちが許してくれなかった。


「キヨロウさん、一緒に・・・」


ということで子供の頃から一度も入らなかったので死ぬまで入らないだろうと思っていたこの伝統のお化け屋敷にとうとう入ることとなった。かなり大きなテントとはいえ神社の境内で建てられる程度なのでどこまでのお化けたちが出てくるのか皆目見当もつかなかった。


お化けの数を数えようというぐらいの気持ちでチープな作りの通路を歩き始めると僕は異変に気付いた。


「にっち。もしかして、震えてる?」

「え・・・いえその」

「寒い?」

「いえ、寒いんじゃなくってその」

「もしかして怖いのかい」


黙ってしまった。


「ほら、手つないで行くよ!」


せっちが僕とにっちの間に入って二人の手を取ってくれた。

うーん。気の利くいい子だ。


せっちが気が利くのは素晴らしいこととして、この屋敷のお化けは最悪だった。


怖いんじゃない。

ひらすらグロいのだ。


「きゃっ!」


これはにっちの悲鳴。


「ぷははっ!」


せっちの歓声。


「げっ」


僕の嘆きの声。


経路の最後辺りのクライマックスの幽霊。多分一番グロい演出。

おそらくは地顔も幽霊顔の若い女の子のお化けは顔面血だらけで表情が鬱の重症のようなリアルな演技をする。いやひょっとしたら演技じゃなくって、日常生活の愚痴やら鬱屈した感情やらを素で出しているだけかもしれない。

セリフがまたリアルだった。


「嘆息して死ね・・・」


そして、白目を剥いた。


ガタガタ震えるにっち。彼女の頭をせっちがよしよしと撫でている。

幽霊のあまりのおぞましさに顔を引きつらせる僕。せっちから背中をぱあん、とはたかれた。


「キヨロウ! いいとこ見せなきゃ!」


といってもお化け屋敷の幽霊を相手に立ち回るほど僕は非常識じゃない。

なんとか驚愕の声だけでもこらえてゴールにたどり着いた。


「あー、おもしろかった」


にっちと僕が疲労困憊している中、せっちは小学生の女の子らしいはしゃぎようだ。僕もにっちもばつが悪くて顔を見られないようせっちの少し前を早歩きで歩いた。

と、ぱん、と音がした。

振り返るとせっちが後頭部を押さえるでもなく、うつむいてじっと立っていた。

その背後に小学生の女子5人。一番背の高い子がけらっ、とした声を上げる。


「万子! 何やってんだよ!」


ああ、そうか。万引きするから万子なのか。


瞬時に意味が分かってしまい、ものすごく悲しくなった。

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