第11話 宝来の思惑
桜香が眠りについたことを確認した紅香は、そっと別室にいる響夜のもとへ向かう。紅香が部屋に入ってきたことを確認すると、響夜は襖を閉めるよう促した。
「ようやく眠られました。体調も今は落ち着いているようです」
「そうか…ありがとう、紅香。桜香のためとはいえ、一日中演技するのも疲れるな」
そこにいたのは、先ほどまでの穏やかな技師見習いの青年ではなく、桜香の記憶の中にいた技師であり、夫の響夜その人だった。そして紅香も、話し方にたどたどしさが無く、人形とは思えない程、流暢に会話をしている。
「お前にも辛い思いをさせて、すまないな…もう少しの辛抱だから、それまでは耐えてくれ」
「大丈夫です。わたしは響夜さまが造ってくださった
「本音は?」
「……意地悪ですね、響夜さま。…もちろん、できることならこのまま三人で過ごしたいです。でも、役目を果たさないといけませんし、この役目を終えたら、わたしは桜香さまとは一緒にいられません」
「…すまない」
「謝るくらいなら、これから先、必ず桜香さまと幸せになってくださらないと許しませんからね?」
「随分と言うようになったな、紅香。…それも俺の成果なのが皮肉だよ」
響夜は複雑な表情で紅香を見つめた。しかし紅香は、覚悟を決めていると言わんばかりの澄んだ瞳で見つめ返す。外は既に陽が昇りはじめており、窓から射し込む陽光が紅香の瞳をより一層輝かせている。お互いに譲らない意志を示したところで、突然、家の戸が叩かれた。
「…誰だ? こんな朝早くに…」
「桜香さまはお休み中ですので、わたしが対応してきますよ」
「そうだな、たの…」
『硝宮サマはご在宅かな?』
「……いや、俺が出よう」
「えっでも…」
紅香が引き止めるより先に、響夜は玄関へ向かっていた。紅香もその後を慌てて追う。途中、桜香が眠っていることを確認して、改めて玄関へ向かった。
響夜が戸を開けるとそこには、派手な着物を身に着けた二人組の男女が立っていた。それぞれ特徴的な装飾品に、男は右目に片眼鏡、女は簪に八角形が使われていた。二人を見ては、響夜はあからさまに苦い表情を見せる。
「…こんなところに何の用だ、ホウライ」
「おや、今は演・技・しなくていいのかな? 響夜サマ」
「響夜様~! お会いしたかったです~♡」
「宝来家の
「ん、君は確か……械樞人形の従者だったかな?」
片眼鏡を着けた男──悠緋は、警戒している紅香を頭から足元までまじまじと観察するように見る。彼女が械樞であることを知ったうえで、「なるほど、なるほど」と言いながら、どこか楽しそうに眺めていた。
「質問に答えろ」
「そんな怖い顔しなさんな。かの硝宮様が、今やこの辺鄙な村でどのような生活をされているのか、気になって…というのは建前だ。…ワタシが諦めの悪い男だというのは知っているだろう?」
「…狙いは桜香か」
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