第3話 伝い落ちる苦しみの雫
静まり返った村を二人、無言で歩く。その間にも不気味な風の音は止まず、周囲で渦巻いた。不安を煽ぐようなその音にいたたまれなくなり、響夜は先ほどから抱いている疑問を訊こうと、桜香の隣へ駆け寄った。それとほぼ同時に、強めの雨が降り始める。
「せん…」
言いかけて、響夜は目を見開き、言葉を失った。桜香は泣いていた。雨でわかりにくかったが、彼女の目には涙が浮かんでいた。そしてただ、静かに家に向かって歩いている。
そんな彼女の様子が痛々しく映り、響夜は被っていた笠を桜香に被せた。
「っ!? ちょっと響夜、ダメでしょう! 村では被ってなさいって…」
「この雨で濡れて、先生が風邪でも引いたら大変です。もう帰るんですし、僕は大丈夫です」
「そういう問題じゃ…」
「被っててください」
「………」
彼女が外そうとする笠を少し無理やり抑え込む響夜。そのせいで目元が隠れるほど深く被らされる。有無を言わさない彼の行動に、桜香は黙った。そしていつの間にか、響夜から手を引かれ彼が前を歩くという形になっていた。
「響夜…?」
「…帰ったら、我慢しなくていいです、から…」
「…………」
わかっていた。彼が何故、笠を自分に押し付けたのか。雨に濡れるというのも、半分は本音だろう。だが、一番の理由は、彼女の涙を見ないようにするための口実にすぎなかったのだ。桜香は柔く微笑んだが、すぐにその表情は崩れ、笠の下で涙を流した。枯魔を退治するのは、主師である桜香たちにとって当然の役割だ。ただ、その退治の際、何事もなくすべて綺麗に片付くものでもなかった。
枯魔に憑かれた人間からそれらを祓うことはできるが、その時に大きな障害も伴った。憑かれた程度にも寄るが、今まで桜香が救ってきた人々のほとんどが、枯魔に"記憶"を喰われ、家族や自分のことまで忘れてしまっていたのだ。周囲からの期待が大きいが故に、そのような結果で終わってしまったことに対する人々の失望も多かった。その中で全て理解してくれたのは、先ほどの女性くらいしかいなかったのだ。
「…さっきの人、良い人でしたね」
「そうね…ほんと、助かる…」
雨にかき消されそうな声で、桜香は応えた。暗い闇が二人を包む。冷たい雨は、まだ止みそうになかった。
(…きっとこの苦しみを、ずっと背負ってきたのよね…響夜…)
雨でぬかるみ始めた道で倒れないようにと、桜香を支えながら歩く響夜。隣の彼を盗み見ながら、ふと心の中で呟いた。
(気づくのが遅かったわね…ごめんね)
遠くで雷鳴が聞こえ始めた時、二人はひっそりと家の中へと入っていった。
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