第25話-報われても、報われなくても
ヤコに拒まれてからというもの、放課後も、土日も、ほとんど部屋にこもりきりで、空っぽの時間を過ごした。本を読むことさえもままならない。文字を目で追ってみても、何一つ頭に入ってきやしない。
ちょっと前にもこんなことがあったな、と思う。そうだ。ヤコを映画デートに誘って、OKをもらった直後の土日だ。あの時も、彼女のことを考えるのに忙しくて、少しも本の内容が頭に入ってこなかった。
確か、デートコースを考えるために色々引っ張り出してきて、こんな流れでいこうって、計画を一枚の紙にまとめたな。その計画は、結局使うことはなかったけれど。
あの紙は、どこに行っただろうか。
何か打算があったワケではない。ただ本当になんとなく、デートコースをまとめた紙がどこに行ったか気になって、部屋を探してみた。机の引き出しをあけてみたけど、見当たらない。
本棚を見渡すと、ヤコと見に行くはずだった映画の原作小説がある。そうだ、確かここだ。小説を本棚から取り出し、パラパラとページをめくる。本のちょうど中間あたりに、一枚のメモ用紙が挟まっていた。
一番上に、集合時間。その下に、映画が始まるまでのちょっとした時間潰しなんかのメモ。更に下に、映画が終わった後の食事スポットが、系統別にいくつかまとめられている。細かい字が几帳面に並んでいた。我ながらマメに調べたものだと思い、少し笑ってしまった。
何気なくメモを裏返す。細かい字が並んでいた表面と違い、殴り書きの大きな文字で、こう書いてあった。
”こんなに彼女を好きになれたのは、幸せなことだと思う。
この恋が報われても、報われなくても”
全く記憶にない、過去の自分のメモ書き。書いたときの勢いが感じられる書体。たった2行のメモ書き。後から恥ずかしくなるような、その場の思いを書き綴った勢い任せの文字。
でも、染みた。ずっと悩んでいたことが、一瞬で解決した。
ああ、そうか、と思う。だからオレは、触角を切り落とせたんだ。
ヤコが非処女になってからの日々が、なぜあれほどツラかったのか。ただの失恋よりもずっとツラいと思った。その原因は、好きでいられなくなったことだ。
好きなものを、好きでいられなくなってしまう。それが何よりもツラかった。「好き」っていうのは、一番大切な自分のパーツなんだろう。だから、好きを奪われたら、自分が自分じゃなくなってしまうみたいな感じがする。好きが切り落とされた苦しみはハンパじゃなかった。身体を切り落とす痛みを受け入れてまで、その苦しみを消したいと思う程度には。
胸を張ればいい。今のオレは幸せだ。ヤコを好きでいることができるのだから。ヤコが、オレを好きかどうかは関係がない。
好きでいることが幸せなんだ。好かれて、恋が成就することが幸せなんじゃない。
欲望は、麻薬に似ている。一つの欲望を満たしたら、次はもっと大きな欲望が湧いてくる。誰もが幸せになりたいのに、自ら幸せのハードルを高く設定してしまう。どこかで歯止めをかけないと、無限に流れ込んでくる欲望の海に溺れるだけだ。
いつの間に、オレは高望みをしていたのだろう。非処女への嫌悪感をどうにかしたいと思っただけだったのに。ヤコを好きでありたいと思っただけだったのに。
快刀乱麻を断つ、とはこういうことを言うのだろう。たった2行のメモ書きで、オレの心は晴れた。
明日は、ヤコに話しかけよう。彼女はばつが悪そうな顔をするだろうか。それでも構わない。一言だけでも、挨拶だけでもいいから、会話をしよう。
それでオレは、満足だ。
薄暗い部屋。床に転がったハードカバーを拾い上げることもしないで、手元のメモをただ、眺め続けた。
また、明日が来る。
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