第5話 "キコウガ"

 唖然としている優星に、沙月は振り返り優しい笑みを見せた。


「大丈夫だから。私が足止めをしておく間に建物の中に逃げて」

「…でも…っ」

「早く!」

「……っ!」


 沙月が一言叫ぶと同時に、化け物たちは一斉に彼女に向かって襲いかかってきた。しかし、それを物ともせず、沙月は銀の鎌を振り、化け物たちを次々と斬り倒していった。彼女が鎌を振る度に、その動きに合わせ長い髪が踊るように靡く。すでに陽の落ちた街を照らす月光が当たり、艶やかな髪も美しい鎌も、より一層輝いて見える。

 優星は、建物の中へ逃げることも忘れ、彼女のその姿に魅了されていた。しばらく呆然としていたが、何かを決心し、近くにあった鉄パイプを手にした。


「!? 何をしているの!? 早く逃げなさい!」

「こんな状況で、女の子一人残して逃げられるか!!」

「だからって…! こいつらにはそんな物じゃ効かないわ!」

「何もしないよりはまだマシだろ!」


 優星は重い鉄パイプを振り回し、化け物たちを殴り飛ばしていく。筋張った細い体は、思った以上に軽く、よく吹っ飛んだ。

 すると突然、残りの化け物たちが各々の手に槍のような物を持ち始めた。


「飢幸餓が武器を…!? こんなことって…!」


 この事態に驚いた沙月は、鎌を盾にしながら応戦するも、どんどん数を増やしていく敵に少しずつ押されていった。そして、とうとう体勢を崩し、屋上のフェンスに激突する勢いで吹き飛ばされてしまった。


「きゃあっ!」

「白金さん!!」


 それを見た優星は、思わず叫んだ。すると、化け物たちは皆、優星の方へ視線を向けた。多くの真っ赤な双眸が、優星を捉える。


「…え…?」

「まずい…! 逃げて銀条!」

「ター…ゲッ、ト…『メ、イセ…イ』…」

「はっ…けん……」


 片言で、しかもどこから声を発しているのかわからないが、言葉が聞き取れた。


「!? 喋ったぁ!?」

「いいから逃げて銀条!」

「処理…す、る」

「うわわわ…!」


 優星は慌てて屋上の出入り口に向かって走った。それを、得物を持った化け物たちが目を光らせて追いかける。

 沙月も体勢を整え、再び化け物の群れに立ち向かう。


「これじゃあキリがないわ…!」

「もう少し…!!」


 優星はやっとの思いで、出入り口の扉に辿り着いた。しかし…


「!? あれ…嘘だろ!?」

「どうしたの!?」

「開かねぇ…」

「そんな…!!」


 何度ノブを回しても、扉は開くことがなかった。後ろにはもう、大量の化け物たちが迫ってきている。


「覚…悟…」

「あ、あぁあ…」

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