ハロウィンナイトに赤いカーテンを
現夢いつき
星見山の神社
1ー1
僕こと
ゲームや漫画と、娯楽作品が溢れる世の中にあって、外で遊ぶと聞けばそれはそれは健全な少年に思えるかも知れないが、しかし、僕はそこへ行くだけであり、遊んでなどいなかった。
そこにいた女の子とお喋りをしていたのである。
広義の意味では、お喋りというのも遊びの中に含まれるのかも知れないけれど、虫取りに興じるだとか野を駆け回るだとか、そういったいかにもな遊びはしていなかった。
女の子、と僕は先程言ったけれど、当時の僕は彼女のことを女の子と認識していなかった。どころか、人間ですらないと完全に信じ込んでいた。
妖精だと、信じていたのだ。
妖精に会うために、わざわざ小学校のさらに奥にある山へ足を運ぶ。文章にすると幻想的で、地に足が付いていないような不思議な響きがある。でも、その時は確かな現実感を僕は持っていた。
彼女が確かに実在する妖精であり、僕は妖精の家に遊びに行っているのだと。
あれからもう、六年近くが経った現在。僕は何とはなしにそのことを友人である、
目つきの悪い三白眼を、眼鏡の奥で細めて彼は睨んだ。
「はあ? そんなこと言われたって、俺としてはそうですかと答えるしかねえぞ。というか、今はそんなことを言っている場合じゃあ、ないだろう。現実逃避してんじゃねえ!」
鼓稀はそう言って、僕の思い出話をにべもなく一蹴した。
現実逃避。確かにそうである。僕は目の前にある一つの問題を解くことを放棄しかけていたのだ。
クーラーにより二十七度まで室温を下げられた一室。床に引かれた布団の上で僕達はあぐらをかきながら話し合っていた。
「でも、しょうがないだろう? 現実逃避したくもなるさ」
「居候の分際で何言ってんだ、お前。俺がこんなにも頭を使ってるんだから、お前も使えよ。というか、考えておかないと困るのはお前も同じなんだからな!」
彼はそう言って、一枚の写真を床に置いた。そこに映っているのはセーラー服を着た女性の姿。年齢的には女子と言って方が適切かも知れない。
写真を見る限り、彼女の清楚さは無類である。胸から上しか写ってはいないが、そこから上、天に伸びるアホ毛に至るまで全てに置いて清楚という言葉が付いて回るだろう。それこそ、この写真を十人が見れば八人は自らの服装を恥じ、残りの二人は有り余る清楚さに感涙で
昨今は、編集技術の発展により、綺麗な写真が撮れるようになるどころか、写真詐欺ができるような水準になったけれど、これでも彼女は写真写りが悪い方である。本人も言っていたが、第三者の視点から見てもそれが嘘偽りでないことが分かる。
実物はもっと綺麗で、清楚なのだ。
しかし、ここで勘違いして欲しくないのは、僕と鼓稀のこの会議は常貫さんとの恋愛に関わる内容ではないということだ。そんな甘ったるいものではなく、むしろ苦々しいものである。
バッサリと断言してしまうが、僕達は彼女に対して恋愛感情を持ってはいない。どころか、彼女を知っている人で、彼女に恋愛感情を抱いている人など誰一人としていないだろう。
少し前まではいたと思うが、そいつは少し前に警察のご用となって社会的に死んでしまった。
いわゆる、三日告白事件と不審者金的事件の結果である。
まあ、その話しはおいおい機会があれば話すとして、とにもかくにも、常貫さんは学校の有名人である。でも、美人だからとかそういうので有名なのではない。美人という要素も含まれはするだろうが、それはあくまでも彼女のことを口惜しんで「美人なのに」と言うだけである。
彼女はその性格の悪さゆえに学校中にその名を馳せているのだ。
性格の悪さというよりは、もしかしたら、その性格の破綻ぶりといった方がいいかもしれない。
常貫さんの性格を揶揄するテンプレができあがった程である。
曰く、常識を引き替えに綺麗な身体を手に入れた。
曰く、健全な肉体に不健全な魂が乗り移った結果。
曰く、頼むから喋らないでくれ。
などと概ねひどい言葉ばかりであるが、というか、作ったのは僕達なのだが、これに対して常貫さんは大いに笑っていた。僕達の罪悪感をどこかに蹴り飛ばすかのようであった。
他にも、これまでに前述の二つを含め、五つほど事件を起こしている。そのようなこともあって、彼女に近づこうとするものは存在しない。
意図せず近づいてしまった僕のようなやつも、実際にはいるのだけれど。
「くっそお! いい案が出てきやしねえ!」
「出てくる出てこない以前に、そもそも全て手遅れだと思うんだけど」
「はあ? 手遅れだぁ?」
「だって、現実として僕の家が燃えてしまったわけだし」
僕の家というよりは、並木荘というアパートの一室と言った方が正しい。
八月二十四日、つまりは先週の今頃そこが火事で燃えてしまったのだ。そういうわけで、宿を無くした僕は、同じく下宿暮らしであった幼馴染みの元に転がり込んで居候となったわけである。
「お前のところは残念だったけど、もしかしたらここまで飛び火するかも知れねえじゃん」
「流石にいくら常貫さんでも、そこまではしないと思うよ」
「でも、それだって絶対とは言えないし、やらない根拠があるわけじゃねえ。もしもの時に備えて置いた方がいいに決まっている」
「それはそうだけど。でも、これを警戒するのは、あまりにもあまりにもじゃない?」
真剣に考えているらしい鼓稀の手前、無駄とは言わないでおいたけれど、その頑張りは非常に無益なもののように思われた。
いくら常貫さんであっても、わざわざここを燃やすなんてことはしないはずだ。と思う反面、やる可能性も否定できないなあと思ってしまうけど、それでも、やはりここは燃えないだろうと思う。
並木荘は少々特殊な物件だったのだから。
まず、築年数が他のものと比べてひどく古かった。ある噂によると、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に作られたものだという記録が残っているのだとか。まあ、流石に冗談の類いだと思うけれど、実際に生活してみると冗談か本当なのか分からなくなる。
古色蒼然という四字熟語が世の中にはあるけれど、並木荘には、それすらも似合わない。ボロいという言葉だけで十分である。
そして、そこに住んでいたのが僕と常貫さんだったのだ。
歩く度に、ギシギシミシミシと悲鳴を上げる木造建築に、どうして僕達が暮らすくことになったのかと訊かれれば、僕の場合は単純に安さを求めた結果だ。彼女の場合は、ここの大家が彼女の親戚だったかららしい。
もともと、壊してしまうつもりだったらしいが、常貫さんのために三年間維持することに決めたのだ。
余談だが、並木荘が全焼した際、親戚は大いにスッとしたと述べたらしい。
ぼやの出所が常貫さんの部屋で会ったことや、以上のバックがあったことを考えて、僕と鼓稀はこの火事を、彼女が意図的にやったのではないかと睨んでいるのである。
これが、並木荘全焼事件の全貌だ。
「無駄、か。それでも、ここを失ったら俺もお前も路頭に迷うことになるんだ。一応でいいから考えておこうぜ」
「まあ、そこまで言うなら」
僕はしぶしぶといった感じで頷いた。
しかし、僕が無駄だといったのは何も、常貫さんが本当に燃やす可能性が少ないからという理由だけではないのだ。そもそも、どれだけ考えても有効な対策を練ることはできないだろうと思ったからである。
事実、僕達はこの後もいくらか話し合いを続けたが、一向に名案は浮かばなかった。作を打っても、常貫さんに突破されてしまいそうだという感が拭えないのだ。ついぞ分かったことは、彼女が問題を起こしたら、僕達では止めることができないということだけであった。
ならばと、発想を変えて、問題を起こせないように未然に防止しようと考えても、常貫さんならいかなることであっても、問題にしてしまいかねないように思えた。常識と非常識の間で綱渡りしているような彼女である。いつふらっとあちら側に渡ってしまうか分かったものではない。
頭をかきながら、彼は彼独自の不思議な口癖をいくらか零した。
「ああ、狂ってしまいたい!」
小学校の時から変わらない彼の口癖に、若干の懐かしさを覚えながら、僕達の会話は終わりを迎えた。
こうして八月三十一日という、夏休み最後の一日を僕達は至極無益に過ごしたのであった。
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