生き残れない

影宮

「お前がお前の部下を選べ。好きな奴を部下としろ。ただし、既に誰かの部下になっている者は認めん」

「誰でもいいのですか?」

「あぁ。範囲内ならな。」

「その範囲というのは、」

「敷地内だ」

「わかりました」

 ただそれだけの会話を終えて、部屋を出た。

 やっと俺も部下を持つことが出来る。

 そう簡単には、この敷地内ではいい奴が見つからない。

 出来れば、適応力の高そうなのを一人取り敢えず欲しい。

 最初の人間としては、そういう存在が楽だろう。

 一緒にやっていくんだから。

 地下へ自然と足が向かう。

 別にこれといった理由はなかった。

 足音が壁や床に当たって跳ね返され、耳へと通りまた奥へと逃げる。

 薄暗い中で、牢屋の前を進んでいった。

 一番奥の牢屋は見たことがない。

 いくら、此処の管理をついでに任されているのだとしても、実際何も手を加えていないし、形だけで誰も入っていない牢屋。

 最奥の牢屋に誰かが入っているのなら、きっと、、、。

 頑丈に閉ざされた扉の前に立つ。

 誰かが、、、入れられている、、、ということになる。

 だが、ここまでとなれば普通ではない。

 そういえば、一週間に一度のペースで上司が出入りしている。

 まさか、そういうことなのか?

 俺が求めるいい奴がこの先にいるわけがない。

 しかし、興味はある。

 可能なら、話を聞こう。

 別に、立ち入り禁止なんてことはない。

 誰も近寄る理由がないから、入るのは上司だけ。

 そうだ、なら、禁止されてはいないのだから、そこまで危険ではないはず。

 なら、この頑丈さはなんだ。

 矛盾するではないか。

 万能鍵を使い、ガチャンと鍵を開けた。

 そして、ハンドルを捻る。

 金庫のような仕組みになっている為に、面倒だが。

 ギィーという鈍い音と共に扉は開いて、暗闇を続かせた。

 光も届かない最奥は、不気味な雰囲気を漂わせる。

 ライトを付けて奥を照らしても、その先の壁なぞ当たらない。

 深い、、、。

 妙に緊張しながらも、足を一歩前に出す。

 広く感じるが、音は壁を跳ね返るわけだから、きっと同じくらいの狭さだろう。

 それでもライトの光は壁に当たる様子はないし、暗闇が続くばかりであった。

 どれだけ進んでも終わりがわからない。

 まるで、進んではいないように。

「誰か、そこに居るのか?」

 投げた声は帰ってこない。

 なんだ、この空間は。

 振り返れば明かりが少し向こうにあるだけだ。

 そんな筈はない、、、。

 結構進んだと思っていただけか、或いは何か仕掛けに引っかかってしまったのか。

 帰ろうと歩けば、直ぐにその扉へと戻ることが出来た。

 可笑しく思い、扉の奥へとライトを当てれば光は鉄格子を照らした。

「な!?どうなってる!?」

 鉄格子の傍へ行けば簡単に、鉄格子に触れることも出来る。

 鉄格子の中をライトで照らしてみるも、何かを見つけることは出来ない。

 頑丈に閉めていた意味はなんだったのか。

 まさかさっきの不思議な現象のことを危ういと感じたか?

 ライトを上に向ければ、黒い影が浮かび上がった。

「なんだ、そこに居たのか」

 驚くことはない。

 そういうこともあるんだ。

「君と話がしたい。名前を教えてくれるかな?」

 返答はなかった。

 喋る気がないのか、声が出ないのかはわからない。

「君は何故、此処に入れられているんだい?」

 一方的な質問がこの牢屋に響く。

 そろりと天井から降りてきて、鉄格子の前まで来た。

「もしかして、喋られないのかい?」

 手を伸ばしてくる。

 何を求めているかはわからない。

 その手を握ると、ビクリと震えた。

 冷たい。

 人間の体温を下回る低い体温だ。

 人間なのか、そうじゃないかはわからない。

「君はどうして、此処にいるんだい?」

「我、人間、喰う。此処、居る」

 ということは、人間でない可能性の方が大きい。

 それに、言葉も使い慣れていない様子だ。

「君は一体何族なんだい?」

あやかし

「なるほど。珍しいね。」

「貴様、名前、何」

「俺は木之下キノシタ 冬志郎トウシロウ。君は?」

「トウシロー?我、名前、無い。我、名前、欲しい」

 鉄格子をもう片手で握って、顔を出す。

 その顔には、黒い模様があった。

 しかし、人間と言われれば間違えるだろう。

 鋭い目は、赤く、頭には獣の耳が生えている。

 獣人族のように見えるが、妖と言うのだからそういう姿の者もいるのだろう。

「名前が欲しいのか。なら、こうしよう。もし、俺の部下になってくれるのなら、俺が君に名前を付けてあげよう」

まこと!?」

「うん、約束するよ。どうかな?」

「我、トウシロー、部下、やる!」

「わかった。じゃぁ、ここから出してあげよう。それから、名前も」

 万能鍵を使って、鍵を開けた。

 牢屋の外へと出てくれば、俺は悲しくなった。

 今まで見えることのなかった、妖の体には様々な傷が多くある。

 地下から出て、自室へ戻り、ソファに座らせる。

 さて、名前だ。

 そうだなぁ、、、何がいいだろうか。

裏音リオンってのはどうだい?」

「リオン?」

「そう」

「我、リオン!」

「そうそう!気に入ってくれたかな?」

おう!」

 嬉しそうに笑った。

 その口からは、牙が見える。

 さて、服もちゃんとしたものに変えないと。

 そこで一つ、疑問に思う。

 裏音は、男女で言うとどっちだろうか?

 声もまた中性的で、顔もやっぱりそうだ。

 判断が出来ない。

「服は、、、どうしようか?」

 取り敢えず、隣の部屋に行かせて、好きな服を着るようにと言っておいた。

 妖に人間の服がわかるのだろうか。

 それもまた、わからない。

 出てきた時に、明らかに可笑しかったら正してやればいいか。

「トウシロー」

 その声に振り返る。

 男、、、だったのか?

 それとも、わからずその格好を選んだのか?

 黒いマスクで顔を隠し、まるで隠密起動隊のような働きをしそうな格好だ。

 戦闘力も高そうだし、特殊系にしか見えない。

 恰好いいが、大丈夫か、これ?

 いっきに印象が変化した。

「我、合わない、か?」

「いいや、カッコイイよ!けど、どうしてそれ選んだんだい?」

「我、得意、敵、仕留める。仕事、向く、服」

「あぁ、なるほど。確かにそっち向きな格好だ。」

 耳と尾は隠されてはいないが、いいのだろう。

 きっと。

「裏音、君は妖と言ったね?けれど、獣人族のようにも見える。妖にもそういう見た目の種類も居るのかい?」

いな。我、変化へんげ。元、否」

「あぁ、だから獣人族みたいなのか。変化を解いたら他と同じなんだね?」

おう

 でも、変化するのにも体力がいるんじゃなかろうか。

 ずっとは不可能かもしれない。

 元々の姿がどんな感じかわからない限りは、まだ、安心は出来ないな。

 もしかしたら、部屋より大きいかもしれない。

「後で裏音のことを紹介しに、挨拶に行かなきゃいけないな」

「我?」

「そう。ほら、新しく仲間になったからね。知らないと勘違いするだろう?」

 コクン、と頷く。

 服装のせいだろうか。

 名前もどっちかっていうと、カッコイイ方へつけたせいか、本当にそういうふうに見えてくる。

 あ、人を食べるって言ってたし、ご飯どうしようか。

「人以外に食べられる物はあるかな?」

「肉。魂。気。血」

「気?それって、俺たちが使ってる力のことだね?」

「応。人間、気、吸う、生きる、出来る」

 人の気を吸って生きることも出来るのなら、結構便利なんじゃないか?

「それって、気だけで大丈夫ってことかい?何かを食べたり飲んだりしなくても」

「種類、よる」

「裏音は?」

「我、可能。足りない、多い、人間、喰う」

「足りない時に人間ごと食べちゃってたのか。どれくらい必要なんだい?」

「動く、必要。我、消費、小さい。少ない、問題、ない」

「そっか。沢山動く時のことを考えた方がいいってことだね。気以外だと、肉か。何の肉でもいいのかい?」

「牛、豚、否。我、鳥」

「鶏肉限定か。わかった、それなら問題ないだろう。良かった」

 フワフワな尾を揺らして、伸びをする。

 九尾だから、狐の妖かもしれない。

 その予想は直ぐに揺れた。

 裏音が背中をこっちに向けて、窓の外を眺めたら、翼が見えた。

 翼を持った、狐のような耳を持つ、九尾の妖、、、。

 それは知っている中ではどれも当てはまらない。

 どういった種類の妖だろう?

「入るわよ」

 ノックと共にその声が、ドアから聞こえる。

「あぁ、構わないよ」

 ドアを開けて入ってくる女性は、希空ノアという。

 俺とよくお茶をする仲だが、一応先輩だ。

 裏音を見て首を傾げた。

「あら、早いわね。もう、部下を見つけたなんて」

「あぁ。裏音っていうんだ」

 裏音は、警戒したように希空を見つめる。

「大丈夫。味方だよ」

しゃ

「いいのよ。気にしないで。でも、凄いわね。獣人族を部下に出来たなんて」

「獣人族じゃないよ。裏音は妖さ。」

「そうは見えないけれど、、、」

「変化しているらしい。」

「本当に妖なら、もっと凄いわ。珍しいのに。敷地内に居たかしら?」

 裏音は翼を広げて、バサバサと羽ばたいた後、大人しくソファに伏せた。

 希空はまた不思議そうに首を傾げた。

「狐と鳥が混ざってるわね。あんな種類は知らないわ」

「俺もわからないんだ。九尾の狐は翼を持たないし」

「調べてみるわ」

「ありがとう」

 希空が立ち上がって裏音に近付く。

 すると、それを察した裏音は顔を上げて、翼をたたんだ。

「ちょっと羽根をくれないかしら?」

「我、羽根?」

「そう。綺麗だから」

おう

 片方の翼だけを広げて、「取れ」というように差し出す。

 希空は抜け羽根を探してそっと、取った。

「ありがとうね」

 コクン、と頷いて、さっきの体勢に戻った。

 希空は少し喋ると部屋から出ていった。

「トウシロー、味方、誰?」

「希空っていうんだ。よくお茶をしたりする仲でね」

「ノア?覚えた」

 直ぐに何でも覚えるんだな。

 日が傾いてきた。

 今日はこれといった仕事はないし、明日、挨拶に行こう。

 それから、仕事についても裏音に教えなくては。

 戦闘については問題なさそうだけど、細かいことはやっぱり必要だ。

「裏音、寝る場所を、、、って、もう寝ちゃったか」

 裏音はソファでそのまま静かな寝息をたてて眠りに落ちていた。

 起こすのも悪いし、早寝しよう。

 寝着に着替え、寝室に入る。

 そして、ベッドの中で目を閉じた。

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