砂海のアルファルド
眼精疲労
第1話 赤光
紅い光が影を作る。
乾いた風が吹き、髪とマントを揺らす。視界の端に、白銀の髪が映り込む。
旅塵にまみれたテンガロンハットを右手で押さえつつ、左手で首にかけたペンダントに触れる。金属片でできたペンダントは、日射のせいか、熱を帯びていた。
「姐さん、ちょっと待ってくださいよ」
私の隣にいる少年――名前をトオルという――が、私を呼び止める。
「どうした」
隣に顔を向け、問う。トオルは私たちの進行方向とは真逆の、西の方を見ていた。
「ほら、夕日」
トオルはそう言って、にかっと笑みを浮かべる。思わず、私もトオルが見ている方に顔を向ける。
そこには赤光を放つ夕日があった。燃えさかる生命の火は、多くの生命が死に絶えたこの砂の海を存分に染めている。
「たぶん、僕たち以外にこの夕日を見てる人はいないんでしょうね」
トオルがそう言って嬉しそうな顔を浮かべる。
「……どうかな。私たち以外にも、“自分以外にこれを見ている奴はいない”なんて思って、悦に浸ってる奴がいるかもしれないよ」
意地悪く、そう言ってみる。私の同意を得られなかったのが楽しくなかったのか、トオルは唇を尖らせて「素直じゃないなあ」と返してきた。
「はは、素直じゃないなんて、そんなのわからないじゃないか」
「いやいや、この夕日を見て綺麗だと思わないなんて、素直じゃないに決まってますよ」
「それはどうかな?」
「……というと?」
私の言葉に、トオルが首を傾げる。
「何が素直で、何が素直じゃないか。……善悪も同様だけど。ここには」
そこで一つ区切って、周囲を見回す。
一面、砂。生き物の気配なんて一切感じられず、乾いた空気ばかりが漂う。
「ここには、誰もいないんだから。だから、他者と比較できない。つまり、判断する尺度がないのさ」
「……詭弁というか屁理屈というか」
私の言葉に、トオルは苦笑した。
「何、私自身も思うよ。トオルの言うとおり、素直じゃないって」
そう言って、笑みを浮かべてみせる。
「…………なんていうか、面倒というか回りくどいというか」
「言われる」
「でしょうね。つきあいの浅い僕ですら思うんですから」
「まあこういう性分なんだから、そこは理解してくれよ」
そう言って、もう一度夕日を見る。
紅い光が、地平に沈もうとしていた。
ああやって、かつては地上に溢れていた人々も、砂に沈んでいったのだろうか。
「綺麗だね」
ぽつりと、呟く。
「最初から肯定しておけばいいのに。……素直じゃないなあ」
トオルの抗議が聞こえたが、知らないふりをしておいた。
「……まあ、ずっと見ているわけにもいかないだろう。東、行くよ」
「了解しました」
夕日に背を向け、東を目指す。
誰もいない死んだ大地の西から、誰もいない死んだ大地の東へと、旅をする。
あの夕日は、どれだけの生命を照らしているだろうか。
数えるほどしか、いないのかもしれないけれど。
それでも、その赤色は見事に網膜を灼く。
瞳を閉じても残るその赤色に、微かに口元をほころばせた。
これは、文明というものが朽ち果て、人々の営みが死に絶えた星での物語。
これは、終わった世界で刻む、旅の物語。
終わりの中で、終わりを刻む物語。
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