第22話 女神の誘拐
一眠りしていたアールのもとへ、小さな来客がやってきた。
「みゅ~っ」
「…?…あぁ…戻ってたのか…」
「みゅ!」
可愛らしい鳴き声でアールが目を覚ますと、雄のミュレーが彼の顔に擦り寄っている。
「久しぶりの里帰りはどうだった? マロウ」
「みゅ~ぅ」
「…ん? ミントも一緒だったのか? エレンのところには行ってないのか?」
気が付くと、雌のミュレーも隣に座り込んでいて、落ち込んでいるように見える。青い毛並みのミュレーは、アールのペットで、マロウと名付けられている。ピンクのミュレーはミントといい、こちらはエレンのペットである。どちらも首には、ガラス玉のペンダントがかけられている。
「…そういえば、今日はここにも来てないな…ミント、一緒にエレンを探すか?」
「みゅう…」
「大丈夫だ。司令官から謹慎命令が出されているから、ガーデンのどこかにはいるだろう」
と、ミントを励ましたのも束の間、大樹の外から、声が聞こえた。
「アールくん! いるかい!?」
「…この声…」
その声を聞いた瞬間、アールは怪訝な顔をする。しかし、普段と違い、ただならぬ焦りが見えたため、大樹の外へ出た。大樹を半周すると、つばの広い帽子を目深にかぶった長身の男が立っていた。
「…いつ帰ってきたんですか? キミーさん?」
「さっきセラヴィから招集命令が下りたから、急いで戻ってきたところだよ…それより、聞いてないのかい?」
「何がですか?」
「エレンがどこにもいないらしいんだ!」
「!? なんで…!」
「理由はわからない…でも、彼女が外に出ていることは確実だ。君もわかっていると思うけど、これは一刻を争う…奴らに気付かれる前に連れ戻さないと!」
「…俺、心当たりがあるところをまわってみます。マロウとミントも戻ってきたところですし、早めに見つけられると思います」
「そうか…それじゃあ、頼んだよ。見つけ次第、ボクかセラヴィたちに連絡するように。いつ襲われるかわからないからね」
「はい、マロウとミントも、頼んだぞ」
「「みゅ!」」
二匹のミュレーはアールの呼びかけに答えると、大樹の枝の間を縫って上空へ飛び出した。アールも急いで出動口へ行き、大花盤を準備した。そこへ、また別の声が呼び止めた。
「アール! あたしも連れて行け」
「モネット…?」
「ただの護衛だ。エレンを探しに行くにしても、一人だけじゃあ危険だろ」
「あ、あぁ…悪いな」
「さっさと行くぞ」
同級生と言えども、男性的な口調が目立つ彼女に、少なからず動揺してしまうアール。しかし今は、動きを止めている暇はない。二人は急いで大花盤に乗り込むと、全速力で飛び出した。
アールを先頭に、速度を落とすことなく、南へ進んで行く。
「エレンの行く場所に、心当たりはあるのか!?」
「確実とは言えないけどな…! でも、あいつのことだから、きっとあの場所にいるはず…!!」
「…! アール!」
「!?」
「キュー! キュー!」
「マロウ! どうした!?」
「キュ!」
「…っエレン!!」
マロウが誘導して、先を進んで行く。その頃、ミントはエレンに付き添っていた。
「…っ…ミント…?」
「みゅ~…」
「戻っていたのね…おかえり」
「みゅー!」
「ふふ…っくすぐったいわ」
しばらく泣いていたせいか、エレンの目は赤く腫れていた。そしてミントも、彼女に会えて安心したのか、甘えるように擦り寄ってくる。
「…でも、よくここにいるってわかったね? 探してくれたの?」
「みゅ! みゅう!」
「?…空?」
ミントが指す方を見ると、遠くに、二つの大花盤が見えた。段々近づいてくるにつれ、その姿がはっきりしてくる。
「…アール…?」
「エレン!!」
互いの存在に気付くと、アールが真っ先に彼女の前に降り立った。モネットは、大花盤から降りずに、離れた場所から周囲を警戒していた。
「エレン…良かった…!!」
「わっ…アール…」
急に居なくなったことに対して咎められるかと思ったが、そんなそぶりは全く無く、ただ安堵の表情を見せ彼女を強く抱きしめた。
「ご…ごめんなさい…勝手に外に出て…」
「それは俺じゃなくて、司令官にな。出るなって言ったのは、司令官だから」
「でも…怒らないの…?」
「もちろん心配だったけど、俺には怒る理由が無い。お前が命令に背いてまで行動したのなら、何か理由があったんだろうから」
「…アール……あれ? これは?」
「お守りとして、着けていてくれないか? いつでも、お前のもとへ駆けつけられるように…」
エレンの首に新しい色が添えられた。首にかけられたのは、銀色の筒の側面に三つ窓が開き、そこから、上からアクアマリン、ブルートパーズ、サファイアの、ブルーのグラデーションになった三粒の宝石が覗いているペンダント。
「とりあえず、細かい話は後だ。今は一刻も早く本部に戻るぞ。エレンは俺の後ろに乗って…」
「アール! 避けろ!」
「!? エレン!」
「きゃあっ!?」
大花盤に乗り込もうとした刹那、何かに大花盤と距離を離され、行く手を阻まれてしまった。咄嗟にエレンを抱え込んで守ったものの、本部へすぐに帰還することが困難となった。
「しまった…! モネット! 司令官へ連絡を!」
「わかっている! 今…っ!? あっ!」
「モネット!」
「キュー!」
「!?…エレン? エレン!」
モネットの方に気を取られている隙に、腕の中にいたエレンが、忽然と姿を消していた。周りを見渡すと、先ほど大花盤を弾いた正体が、おぞましく蠢いていた。黒い塊が、生物のように地を這っている。
「これは、影…? マロウ! 中は見えるか!?」
「みゅ~…」
マロウは首を横に振る。
「そうか……くそっ…!!」
「アール…! あそこに!」
「! エレンっ!」
モネットが指したところに、半身影に埋まってしまっているエレンを見つけた。圧迫されているのか、声が出ないようで、必死に左手を伸ばしている。アールはマロウと共に、彼女を引き摺り出そうと向かった。しかし、すでに手遅れだった。
『女神はいただいた…! 女神の力は、ついに我々のものだ!』
「この声は…!」
「あいつ…!」
「キュー!」
「っエレン!? エレン!!」
不意に聞こえた声と共に、エレンは完全に影の中へ引き込まれ、姿が見えなくなってしまった。影の塊も、一瞬にして姿を消してしまった。騒然としていた草原に、静寂が戻る。
「…っ…エレン……くそぉおおぉお!!」
「…司令官…申し訳ありません…救出は叶わず、奴らに連れて行かれてしまいました…」
モネットは本部へ連絡を入れた。そして、セラヴィから次の指令が下される。
『そう…それじゃあ、急いで戻ってらっしゃい。これから、今までで一番の大仕事よ。まだ手はある。それに賭けましょう』
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