第9話パーティー

 晴れ渡る空、そよ風が木々の葉を揺らし心地の良い音を奏でる森。そして、遺跡が崩壊した跡地を背景にし、少し湿った地面の上で正座をさせられている俺と猫少女。


 目の前には仁王立ちで腕組をし、怒りを露わにする陽名菊がいた。


「真也さん」


「はい、なんでしょうか陽名菊様」


「これはどういう事ですか?」


 絶賛説教中である。


 崩壊シークエンスが作動してからというもの、俺は何度も瓦礫に押しつぶされた。


 足が潰れたり肩が引きちぎれたり、頭が取れたりなど色々と惨い事になっていたはず。


 きっと、崩れた遺跡の瓦礫を退かせば、俺の肉や骨がそこら中に転がっていることだろう。陽名菊に伝えた方がいいだろうか。


 雄牛の方は遺跡が完全に崩れ去った後、陽名菊と共に回収した。少し雄牛に凹みが入っていたが中の人は無傷で、今は前述通り俺の隣で正座をさせられている。


 そして、どうしてこんな惨状が出来上がったのか説目してる最中である。


「そのですね、遺跡の中にあった秘宝らしき物を取ったら遺跡が崩れ始めて…」


「こんな罠だらけの場所でスイッチ式のトラップに引っかかりますか…もう危ないことはしないでくださいね?」


「すいません」


 叱り半分、心配半分と言ったところだろうか。


 帰りが遅かった我が子を迎え入れた様な、そんな目をしていた。


 陽名菊ママン…。


「それで、そちらのお方は誰ですか?」


「にゃー…」


「……そう言えば、お前誰だっけ?」


 耳が倒れてしまっている猫少女の方を見ながら、俺は質問する。


 この子には聞きたい事がたくさんある。名前や経歴、目的などその他諸々だ。


「にゃあは、にゃあだ!」


 正座のまま目をカッと見開き、陽名菊にそう主張した。


 なんの意味があるかは知らないが、陽名菊が返答に困ってるからもっと詳しく教えて欲しい。


 それと、今更だが猫少女に正座をさせる意味はあったのだろうか?完全にノリで付き合わされてる感じがする。


「…まあ、細かい事は良いです…これっきりの出会いでしょうし。それより、クエストの達成報告をしに行きましょう」


「これで達成なのか?証明するものとか何もないぞ?」


「遺跡調査ですし、行って戻ってくればそれで良いんです。なんならテキトーな時間を潰した後に、遺跡調査して来ましたーって言っても大丈夫ですよ?所詮小遣い稼ぎの初心者クエストですし」


「それで良いのかギルド運営…」


 陽名菊の説明に俺は呆れを覚える。


 そんな詐欺紛いの手法を用いても良いのだろうか?


 いや、いざとなったらリリスがこの世界に何か手を加えるだろうし、今はセーフゾーンなのだろう。


「さて、では行きましょう。そこの方は置いてきますか?」


「一緒に輸送をお願いするよ。こいつ、腹減って力が出ないらしいから」


「お願いするにゃ…街に着いたら2人の邪魔はしにゃい。約束にゃ」


「わかりました」


 陽名菊は俺と猫少女を両脇に担ぎ、そのまま街までの帰路に着いた。


 さすがに今回は指の1本でもあげた方が良いだろう。迷惑を掛けすぎてしまった。


 


 


 街に着き、猫少女と別れてからギルドに向かった。


 クエスト達成報告をし、依頼書に確認のハンコを貰う。


 今回手に入った金額は1000エイル。陽名菊曰く、安い料理屋で一食分の定食を頼んだとすると200エイル程お釣が返ってくる位の金額だそう。1000円札と同じ程の価値と思って良さそうだ。


 その後はちょうどお昼時という事もあり、陽名菊オススメの料理屋『食事処 三日月』という店に連れてこられた。


 店の中は一軒家を店用に改築したような、家庭感溢れる家具が立ち並んでいた。


「いらっしゃ〜い、って陽名ちゃんか」


「こんにちは、ゲンさん」


 陽名菊が挨拶をしたのは、ゲンと呼ばれたスキンヘッドの筋肉質な男性だった。


 背が高くがたいが良いが、これでも地霊種…ドワーフらしい。


 ゲンさんは、麻布を無理やりズボンにしたような裾が破いたズボンを身につけ、上は無地の白Tシャツを来ている。Tシャツは体格を考えたのか、少し大きいサイズを意識して来ているようだが、その屈強さが隠れることはなかった。むしろ、肩幅が強調されより際立っている。


 そんなゲンさんは陽名菊に接客の決まり文句を言ったあと、何故か申し訳なさそうに俺たちを見た。


「悪いな陽名ちゃん、今日の分の材料さっき使いきっちまった」


「え…一応お昼時ですけど早すぎませんか?何か今日って催しとかありましたっけ?」


「うんや、そうじゃなくてな。今そこに座ってる女の子が全部食ってる最中だ」


 ゲンさんが指を指す方向には、店のテーブルの約半数を使い、その上に並べられた料理をガツガツと掻き込んでいる少女がいた。


 その食べっぷりはまったく品性などなく、食欲に支配された猛獣の気配を感じさせる。


 見覚えのあるへそ出しシャツとショートデニム、頭から生えた特徴的な猫耳。それが少女の見た目だった。


「もう再会するとは思わなかった…」


「ですね…」


 俺と陽名菊は、先程別れた筈の少女を見ながら言葉を漏らした。


「にゃふう、うめえ…あ、少年!」


 ラーメンらしき物を平らげた後、不意に俺と目が会い手を振ってくる。


 そのまま相席を促され、陽名菊と一緒に猫少女の向かい側に座った。


「まさかこんにゃ所で会うとは驚きにゃ。2人には礼もしてなかったし好きなモノを選んで食べてくれにゃ!」


「いや、さすがにそれは…なあ、陽名菊?」


「そうですね……私チャーハンとチャーシューメンにします!」


「俺の話聞いて?」


 目を輝かせながら、何の躊躇いもなくテーブルの上に置いてある料理を食べ始める。


 陽名菊に食欲関連で遠慮を期待した俺がバカだったのだろうか。


 そんな様子に溜息をついていると、猫少女は俺にオムライスを差し出してきた。


「一緒に食べるにゃ!少年は命の恩人だし遠慮はいらないにゃ。それにご飯は皆で食べるのが一番美味しいにゃよ?」


「…それもそうか。ありがとういただくよ」


「にゃっ♪」


 遺跡の中では見られなかったであろう、活気あり尚且つ女の子らしい無邪気な笑みを見せてくれる。


 もしかしたら、この子が今回見つけた中で1番の秘宝なのかもしれない。


「そうにゃ!折角だし自己紹介しとくにゃ!」


 猫少女はそう提案すると、すぐさまポケットに手を突っ込み何かを探し始めた。


 そんな猫少女を見据えながら、俺は口を開く。


「俺は佐渡真也だ。こっちの食欲旺盛、暴飲暴食の化身みたいなのが陽名菊」


「誰が暴飲暴食ですか。あと真也さん、自己紹介の時は自分にギルドカードを見せるのが礼儀ですよ」


「そうなのか」


 そう言いながら、陽名菊は袖からカードを取り出した。


 俺もそれに習いポケットからカードを取り出し猫少女に渡す。すると彼処も探し出したカードを取り出し俺に渡して来た。まるで名刺交換みたいだ。


 渡されたカードを陽名菊と一緒に見ながら、書いてある内容を確認する。


「カウラ・イーナ、種族…アダンシリー?」


「カウラさんの種族名です。私の場合はエンフェタズマ、リナだったらエルフにあたります」


「なるほど。エンフェタズマって鬼族の事なのか?」


「いえ、私たちの種族は少し区分が特殊でして、鬼も天狗も河童も全部エンフェタズマに部類されます」


 つまり、獣耳っ娘がアダンシリーで妖怪は種類問わずエンフェタズマと…覚えにくい。


 俺が心の中で種族名に愚痴を言っている頃、カウラは訝しげた表情で俺のカードを見ていた。


「にゃんにゃ、この変なステータス…無職に低ステータスでレベル0?少年ってニュータイプ?」


 カード登録の時もそうだったが、やはり俺のステータスは特殊らしい。


 俺としては、職業に格闘家と料理人が一緒に書いてあるカウラに違和感を覚えるのだが。


「やっぱそこ気になるかー…てか名前教えても少年呼びなのな」


「それもそっか…じゃあ、シン!」


「もう一声頑張って欲しいな」


 自信満々に俺の呼び名を名付けてくれるカウラ。でもそこまで行ったなら「や」も付けて欲しかった。


 そして、俺が愚痴ってるいる間にも、カウラは要望に応えようと必死に首を傾げていた。


「よし、じゃあシンシン!」


「なんだそのパンダみたいな名前…」


「ぱんだってにゃんだ?」


「あー…こっちの人は知らないのか。パンダって言うのは白黒の熊みたいな生き物だ」


 俺がそう答えると、カウラ「ほへえー」と間の抜けた声を出したあと、カレーを食べ始めた。あまり興味はないらしい。


 むしろ、俺の隣にいる奴が興味津々にこちらを見てきている。


「真也さん、ぱんだって美味しいんですか?」


「多分美味しくないぞ、あいつ鑑賞用だし。それとヨダレ拭け」


「はーい」


 ラーメンを食いながらヨダレを垂らすという奇行を犯す陽名菊の口を、紙の口ふきで拭いてやる。


 そんな俺たちの様子をカウラはマジマジと見ていた。


「…2人とも、仲がいいにゃね」


「昨日あったばっかだけどな。陽名菊の非常食にされてる」


「非常食じゃなくて携帯食料です」


「何おやつ感覚で食おうとしてんの?」


 間違えるな、と言いたげな目で俺に訴えかける陽名菊。


 いつかにも言ったが「偶然落ちた肉しか食べない」の約束はどこへ言ったのだろうか。


 そして、何故カウラは笑っているのか。


「にゃはは、二人は見てると面白いにゃ。二人は相性ばっちしにゃね」


「当たり前です。私と真也さんは固い食物連鎖で結ばれてますから!」


「弱肉強食の間違いだよね?すごい一方的に食われてるよね俺?」


 何も連鎖してなくね?と問う俺に対し、陽名菊は気にするなと言った視線を送ってくる。


 ただただ俺に理不尽が降りかかっただけだった。


 そんなやり取りを、今度は羨ましそうな目で見ていた。


「…なあ、カウラ。さっきから少し変だがどうかしたか?」


「え?……いや…その、こんにゃに楽しそうなにパーティーを組んでる人達、にゃあの故郷には居にゃかったから……少し羨ましいにゃって…」


「じゃあカウラさんも私たちと一緒に来ます?」


「…え?」


 麻婆豆腐を食べながら発せられた陽名菊の言葉に、とても驚いたような顔をしているカウラ。


 そして、しばらく放心した状態になったあと、思い出したかのように意識を取り戻し話し始めた。


「で、でも…にゃあがいたら邪魔ににゃっちゃうし、それに陽名菊ちゃんが良くてもシンシンの意見が…」


「真也さん、良いですよね?」


「俺も賛成だぞ?カウラが仲間になるの」


「で、でも…」


 疑問を抱くなるほど仲間に入ろうとする事を良しとしないカウラ。


 さすがの陽名菊も困った顔をして唸っていた。


「うーん…私たちのパーティーってそんなに入りにくいですかね?」


「少なくとも、お前が俺の肉を求めてる内は自分が食われる恐怖で近寄らないだろうな」


「あははー真也さん、冗句きついですねー」


 目も口も笑ってない棒読み台詞を、目を逸らしながら言ってきた。


 どうやら少しは自覚があったらしい。


 そんな俺たちのどうでも良いやり取りを、カウラは真剣な眼差しで見つめていた。


「あ、あの!にゃあは本当に仲間ににゃってもいいにゃ?役に立たにゃいかもよ?」


「こういうのは人数が多い方が楽しいんです。それにカウラさん、料理が出来るのでポイント高いです!」


「そ、それだけにゃ?」


「それだけとは何ですか。カウラさんが居れば、食材・料理人・試食役でバランスが良くなるんですよ!」


 拳を握りながらそう熱く熱弁する陽名菊。


 言いたい事は理解出来たが1つだけ言わせて言わせて欲しい。


「お前、ついに俺を食材として見るようになったな」


「テヘペロ☆」


「可愛くねえ…」


「…あとで親指一本いただきますね」


 俺は心の中で愚痴った。


 女神よ、何故私をこんな理不尽な地へと飛ばしたのですか…っと。


 ただ感想を述べただけで、勝手に不貞腐れた陽名菊へ親指を差し出さなければならないのか。


「ぷふっ…にゃははは!」


 そんな事を思っていた傍ら、不意にカウラが堪えきれなかったように笑いだした。


「やっぱり2人は面白いにゃ!決めたにゃ、2人と一緒にパーティーにゃ!」


「本当ですか!?やった!」


 両手を高く突き上げ、陽名菊は嬉々とした表情をしていた。対するカウラも、照れくさそうに頬を描きながら笑っている。


「じゃあ早速、ギルドにパーティー登録をしに行きましょう。それと3人で初クエストにも行きましょう!」


「分かったにゃ、店長さんお会計お願いするにゃー!」


「あいよー」


 空いた席で新聞らしきものを読んでいたゲンさんの元でお会計を済まし、俺たちは店を出た。


 今更だが、店の全在庫をもって作らた料理は全て二人の胃袋へ入っていったらしい。


 本当、どうなってるんだろう。

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