第4話宿屋にて肉の危機

 ギルドを出たあと、陽名菊に新しい服を見繕ってもらった。


 買ってもらったのは、厚めの布で出来た長袖の服、レザーベスト、革靴の3つ。まさか本当に資金を提供してくれるとは思わなかった。


 英語ロゴが入った長袖のTシャツに、ジーパン、スニーカーを着ていた俺だったが、陽名菊曰くこの格好はかなり目立つらしい。


 自分で稼げるようになるまでは、このままでも良いかと考えていたが、ほくほく顔で服を買っていく陽名菊を見て止められなかった。


「ありがとな陽名菊。服一式買って貰っちまって」


「いえいえ、これくらいどうって事ないですよ」


 謙遜する陽名菊だったが、小さく微笑み嬉しそうにしていた。


 それにしても、実質家畜状態である俺に服は必要あったのだろうか?


 家畜に服を着せる畜産家なんて、聞いたことがない。


「よくよく考えれば、俺ってお前の食料なんだから、ここまでしなくても良いんじゃないか?」


「…あの、真也さん。一応そういう目で見ていることも認めますが、ちゃんと人しても見てますからね?」


「え、そうなの?」


 てっきり、食欲だけが俺と陽名菊の仲をつなぎ止めていたのかと思ってた。よく涎垂らしてるし。


「ギルドでも言いましたけど、微妙何ですよ。複雑です…」


「やっぱそう簡単に割り切れないか」


「はい」


 陽名菊は首を捻り、必死に俺の事について悩んでくれている。


 このまま流れで、食料から解放されないかな。そうすれば陽名菊の伴侶って言う美味しい設定だけ残るのに。


「1回俺を食料から外してみるか?」


「あ、いえそれはそれです。今後も機会があればしっかり頂きます」


 やはり食欲には勝てなかったようだ。あと、涎拭いてくれ陽名菊さん。


 そろそろ話をそらそう。じゃないと、食欲で理性を失った彼女に襲われてしまう。


「そう言えば、俺たちはどこに向かってるんだ?」


「宿屋です。『蓮華』っていう所なんですけど、値段の割に部屋の質と料理が美味しいんですよ!あ、でも真也さん程じゃないですよ?」


「最後は別に良いとして、なんだその格好良い店の名前」


 ギルドにもそのネーミングセンス分けてやれ。


「あ、店員は可愛いですけど浮気はダメですよ?」


「ここの人って人肉食うの?」


「伴侶としてです」


 食料提供するなよ?の意味かと思ったが、伴侶設定の方だった。本当にあったのか。


 胃袋から落とされた結果がこれなら、俺も気をつけなければならない。


 しかし、中身は残念だが見た目はかなりの美少女な陽名菊が、ここまで可愛いと推しているのだ。さぞかし綺麗な人なのだろう、少し興味が湧いてきた。


 


 


 しばらく歩いて行くと『宿屋 蓮華』と書かれている縦看板を発見した。


 ここの建物も木組みで出来ており、高さは3階建てのアパートと同じくらい、屋根は赤レンガを積み上げている。


 片開きの扉を開けると、内装はカフェのようになっており、大き過ぎず、尚且つ小さ過ぎないテーブルと椅子が、一定のスペースをおいて置かれていた。


「いらっしゃいませ…おや、陽名菊ちゃんかい。そちらは、コレかい?」


 バーカウンターのような場所で、グラスを拭いていた40代前半ぐらいの男が小指を立てる。


 どうやら陽名菊と仲が良いらしい。この人は何の種族なのだろうか。


「うふふ、違いますよマスター。この人は……えっと…真也さん、伴侶と食料、どっちで紹介されたいですか?」


「10対0で伴侶」


「わかりました。マスター、こちらは佐渡真也さん。私の食料です」


「おい」


 俺に聞いた意味あったの?


 マスターさんの顔が困惑一色に染まっている。間違いでもないから否定出来ないのが辛い。


「え、えっと…つまり?」


「ふふふ…真也さんはですね…なんと!どれだけ食べても無くならないんですよ!しかも、その味は至高の逸品。魔素も豊富でいままでに無い完璧な食材なんです!」


 自信満々…まるで自分の事を話すかのようにドヤ顔で、食料としての俺の価値を熱弁する陽名菊。しかも最後に食材って言われた。もしかしたらここに売られるかも。


 気の所為だと思いたいが、マスターさんが生唾を飲んだ気がする。本当気の所為であって欲しい。


 マスターも陽名菊サイドだと、収集がつかなくなってしまう。


 誰か助けて…。


「お父さーん、9号室の人から伝言が……あ、陽名菊ちゃんいらっしゃい!」


「こんにちはリナ」


 そんな時店の階段から女の子が下りて来た。


 金髪のポニーテイルに、横に少し尖った耳、身長は155cmくらい。そしてなにより、圧倒的胸威を誇る2つのお山。


 もしかしなくても、この子はエルフなんじゃないか?という事は、ここのマスターさんもエルフなのか。


 リナと呼ばれた少女は、陽名菊に抱きついたままこちらを不思議そうに眺めていた。


「陽名菊ちゃん、いつのまにか彼氏作ってたんだ…」


「彼氏じゃないですよ?」


「じゃあ貰っていい?」


「それはダメです」


 変わらず俺の事をじっと見つめながら、ガールズトークを始める二人。


 リナは一向に俺から目を離さない。警戒されているのだろうか?


「初めまして、佐渡真也です」


「は、はじめまして…リナ・エルルード…です……」


 陽名菊の時とは全然違う、おどおどした態度で自己紹介をしてくるリナさん。


「すいません真也さん。リナ、少しだけ男の人が苦手なんです」


「え、そうなの?」


 苦手なのにさっき貰うとか言ってたの?


 まあいいや、取り敢えず謝ろう。


「ああ、その…ごめんな?」


「ぁ…いえ、その…大丈夫、です!とりゃっ!」


 俺が謝ると、リナさんは目をギュッと閉じ、何を思ったのか俺に抱きついて来た。


 押し付けられる双丘の魅了になんとか耐え、やっとの思いで口を開く。


「えっと、これは…?」


「あ、その…まずはスキンシップからかなーって思いまして…嫌、でしたでしょうか?」


「いえ、まったく。ご馳走様です」


「?」


 柔らく、そしてたゆんたゆんなモノを堪能させて頂いたのに、嫌なわけがない。


 しばらくこの状況に浸かっていたいが、そろそろ話題転換をしよう。


 今にも許容限界を超えそうな陽名菊に、刹那の一閃をされてしまう。そしてそのまま頂かれる。さすがに、全部食われたら再生も聞かないだろう。


 それにさっきから陽名菊が、チラチラと袖の中の小太刀を覗かせている。


 どうやら俺を脅して、マウントを取りに来ているようだ。


「あの、リナさん。そろそろ離れて貰っても…」


「あ…すいません!思いのほか居心地が良くて」


「はは、お熱いね〜二人とも。真也君、どうだい?内の娘貰ってく?」


「ちょっ、お父さん!」


 先程まで、ただこちらを傍観しているだけだったマスターがリナさんをからかう。そして、逃げるように店の奥に去っていった。


 マスターさんが残した地雷発言が、俺とリナさんの間に気まずい空間を作り上げる。


 申し訳なさそうに、俺に視線を送り、そしてすぐ目を逸らす。気まずい…


「コホン!リナ、部屋の予約を取りたいのですが良いでしょうか?」


「え?あ、そうだね!えっと真也くんもいますし、2部屋ですよね?」


「一部屋です」


「…へ?」


 わざとらしく咳払いをしながら、俺とリナさんの間に入ってきた陽名菊。


 部屋の予約を確認していたリナさんだが、陽名菊の思いもよらない一言に、呆気に取られていた。


 これはあれだ、放置しすぎて相手の機嫌損ねたパターンだ。おそらく、野宿を言い渡されるだろう。


 よし、逃げよ。


「真也さんと相部屋です」


「…おうん?」


「あ、相部屋?」


 ああ、陽名菊が変な事言うからリナさんが怪訝そうな顔してる…


「陽名菊、俺野宿じゃないの?」


「それも考えましたけど、そしたら逃げますよね。というか、1人部屋にしても隙をついて逃げますよね?」


 どうやら俺の事も視野に入れた判断だったらしい。


 でもそうか、1人部屋なら逃げる機会もあるのか…よし、いつか来るチャンスを待とう。


 まあ、逃げたとしてもすぐ見つかりそうだけど。


「という訳なのでリナ、和室をお願いします」


「は、はあ…陽名菊ちゃんがそう言うなら……」


 陽名菊は財布からお札のようなものを1枚を渡し、部屋の鍵を貰っていた。


 この世界、どうやら札があるようだ。


 異世界物と言えば、お金の最高価値が金貨止まりなのをよく見るが、ここは違うらしい。


 毎度お馴染み、リリスの日本模倣がここまで響いてるとは。


「陽名菊、何となく気になったんだけどさ、1エイルで何が買えるんだ?」


「1エイルですか?それでは何も出来ませんね…あ、でも10エイルなら、お菓子が1個買えますよ。私が知っている限り1番安いです」


「なるほど、ありがとう」


 やっぱり1エル=1円と見て良さそうだ。


 あの女神、変な所で現実を入れてくる。そろそろ魔法陣を使った魔法とかがみたい。


 俺がそんな事を思っていると、リナさんが肩をつついてくる。


「真也くん、陽名菊ちゃん行っちゃいましたよ?」


「え、嘘?えっと何号室?」


「401号室、最上階です」


 寄りによって最上階、窓から逃走出来ないじゃん。


 どうやら陽名菊は、俺の逃走経路を片っ端から潰しに来るようだ。


 いや、逆に考えよう。それだけ俺の肉は陽名菊に愛されている。


 そう思えば少しは気が楽になる……


「わけないよなぁ…」


 というか、俺の命が危ない事を本格的に自覚してしまった。折角いままで目を背けてたのに。


「仕方ないか…じゃあ、逝ってきます…」


「あ、えと…行ってらっしゃい?」


 小首を傾げ、リナさんは見送ってくれる。


 この子はしばらく癒し要員としてお世話になりそうだ。


 俺は覚悟を決め、階段を一段一段踏みしめる。


 4階に到着し、401号室のドアを開ける。そこには、正座で待機していた。


「真也さん、少しお話をしましょうか♡」


「…はい」


 よくよく考えれば、陽名菊は今日会ったばかりの人なんだよな。


 まさかそんな人に説教される日が来るとは……いや、そもそも食料…家畜同然だし、説教ではなく躾になるのでは?


「……ん?」


 いや、違う。もっと根元から考え直そう。


 俺、悪い事してなくね?


 陽名菊はただただ俺の肉が好きなだけで、俺の事が好きなわけじゃない。


 リナさんは乙πの件を除けば普通に話しただけ。もしかしたら放置されたのが本当に寂しかったのかは知らないが、こいつが機嫌を損ねる理由にはならない筈だ。


 まったく、危ない危ない…変な勘違いを起こすところだった。中学2年の黒歴史を再来させてはいけない。


 兎に角、俺の無実は証明されたわけだ。では、陽名菊の目的は…ああ、俺の肉に決まってるか。


「…なあ、陽名菊?」


「……その顔、気づいちゃいましたか。指の1本ぐらい貰えるかなって思ったんですけど…ぶー」


「お前性格悪いなー…」


 ここに来るまでに話した気持ちが微妙という基盤から、恋愛要素と食料要素をあやふやにさせ、蓮華に来てからリナさんを利用し、俺に非があるように偽装。問いただして説教して、詫びの肉GETと。


 汚い本当に汚い。


「策士と言ってください。これでも元王家専属騎士隊でしたから」


「まさかの新事実」


 どうしよう、こいつから逃げれる気がしない。


 

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