第5話命と夕餉

 宿屋に着いてから、荒ただしかったせいで今まで出来なかった荷物整理を始めた。ちなみに陽名菊は、用事があると言い出ていったので今は1人。逃げるチャンスかとも思ったが、金がない上見つかったら怖いので、大人しくする事を選んだ。


 陽名菊に持たせられた大きめの麻布の袋から、俺がここに来た時に着ていた服を取り出す。


 ジーパンのポケットの中を探ってみるが、俺が死ぬ前に持ってた財布とスマホが消えていた。


 体と服は再現してくれたが、小物まではさすがにダメだったようだ。


 しかし、その変わりと言うべきかなんと言うか、後ろのポケットに何か紙切れと封筒が入っていた。


『真也さんへ。少ないですがお使いください。あなたの異世界生活が、良きものになることを祈ってます。 創造神リリスより 』


「リリス…」


 目頭が熱くなって来た。どうやらリリスが気を使ってくれたようだ。


 あのロリ女神、粋なことをしてくれる。俺がこういうの弱い事を知っていたのだろうか?


 俺は手紙を読み終えた後、もう1つの封筒を開ける。


「なんだこれ…」


 中の物を見て、俺は困惑した。


 そこから出てきたのは、左上に10000と表記されたお札のような紙。おそらく、お金なのだろう。


 しかし、今重要なのはそこじゃない。


 何故かは知らないが、お札にリリスが写っているのだ。しかも、お札の中心を大々的に使い、笑顔でダブルピースをキメている。


 そして裏面には、『世界☆平和』と書かれた文字が、たくさんの星マークを背景に印刷されていた。


 最早プリクラ状態。


「真也さん、ただいま戻りました」


「おう、おかえり陽名菊」


「…逃げなかったんですね。逃がしませんけど」


 少し驚いたように陽名菊は言ってきた。


 正直言うと、そろそろアクションを起こそうと思っていたが、間一髪だったもよう。本当危なかった。


 まあ、逃げるとしてもせめて陽名菊に何か礼をしてからにするがな。


 宿や服以前に、助けて貰った礼もまだしてないし。


「怖い怖い。それで、陽名菊は何してたんだ?」


「ちょっとした買い物です。真也さんは何をしていたんですか?」


「荷物整理だ。ポケットを漁ってたらリリスが書かれた紙が出てきた。なんなんだこれ?」


 陽名菊が買い物の荷物を部屋の隅に置いたのを確認し、先程出てきた紙切れを陽名菊に渡す。それを見た陽名菊は、何故か顔を怪訝そうにする。


「…真也さん、お金持ってたんですね」


「え、それ本当にお金なの?」


「お金なの?って、真也さん、その年でお金解らないって……いえ、そもそも真也さんの種族って何なんですか?」


 恐怖…とまではいかないが、俺が何者か分からない。そんな気味悪さを抱えたように陽名菊は聞いて来る。


 人間…そう答えても良いのだが、こっちの世界だとそもそもその種族がいないため、「何それ美味しいの?」が素で返ってくるだろう。


 陽名菊の場合だとそのまま食いついてきそう。


「んー、正直に言っても大丈夫なんだろうか…いや、転生者は千年に一度って言ってたし、少しぐらいなら伝わってる可能性も…」


「し、真也さん、転生者なんですか?」


「ああ、まあそうだな。こっちでも少しくらいなら伝わってるか?」


「え、ええ一応。でも、そうですか…転生者ですか……」


 先程とは打って変わって、今度は気まずそうに俺から目を逸らす陽名菊。


 一体どうしたのだろうか…もしかして、過去の人達が何かやらかしていたりするのか?


「どうしたんだ?」


「いえ…あの、私も小耳に挟んだ程度なんですけど、過去の転生者の方々はこっちに来てから数日の間で頭がイカれるそうです」


「待って何それ怖い」


 陽名菊の言葉に身震いがした。そして、背中から急に変な汗が流れてくる。


 そんな呪いの話しなど俺は聞いていない。しかし、リリスはこれを知ってて俺を送ったはず。


 もしかして俺ハメられた?何故?何か悪いことをした覚えはないし、というか死ぬ直前は天国直行出来るぐらいの善行したよ?


 やっぱりこの世界厳しくない?


 なんかもうどうでも良いや…精神崩壊を起こす程の事があるんだったら、今のうちに陽名菊に食われておこう。


「あの…真也さん、げ、元気だしてください!」


「陽名菊、俺実はこの後逃げようと思ってたっまけどさ、もう逃げるのやめるわ。今から食ってくんない?」


 俺はどんな顔をしていたのだろう。あの陽名菊が懸命に俺を励ましてくれているではないか。


「え、えっと…真也さんは、それでいいんですか?私は、その…嫌ですよ?」


「冗談だ。まあ、心は潰れても体は残るから食料として使ってくれ」


「そ、そんなの貰っても嬉しくないです。寂しいじゃないですか…」


 自分の着物をキュッと握り、悔しさと悲しさを合わせた表情を見せる陽名菊。


 正直に言うと、俺も少し悔しい。


 これからたくさん冒険して、ハーレムを作る予定だったのだが。


 物語の始まりの始まりでゲーム終了とか、クソすぎるだろ。誰がやるんだこんなの。


 余命数日。別に死ぬ訳じゃないが、この体なら精神崩壊の方が死に近いだろう。まあ、そうなったら陽名菊に、再生不可能になるぐらい食い荒らして貰う予定だからどの道死ぬ。


 別に、死ぬこと自体はなんとも思ってない。1回死んでるし。


 ただやるせないだけなのだ。取り敢えず、あの世に行ったらリリスを殴る。


 幼女…女の子を殴るのは俺の中でタブーだが、あいつは女神だからよし。これは決定事項。


 それより、目の前で悲しそうな顔で、今にも泣きだしそうな陽名菊をなんとかしよう。


「うまい飯食って、クエスト1回くらいはやっておきたいな。まあそれより、腹減ったからなんか食べたい」


「……あ、そろそろ夕食時ですね。メニューは予約してあるので1階で夕飯にしましょう、今日はムースゲラーダのステーキです!お肉です!」


 目を輝かせながら両手を合わせ、肉への愛を溢れ出る涎で表現してくれる。


 陽名菊は呆れるほど肉好きだが、そのおかげで先程までの沈んだ雰囲気が一気に活気づいた。本当、陽名菊は食欲旺盛だな。自然と微笑ましい気持ちになる。


 ムースゲラーダがどんな生き物か知らないが、宿で出すものだしそこまで酷い味ではないだろう。多分。


 俺はそんな事を考えながら、上機嫌な陽名菊の後ろをついて言った。


 


 


「マスター、ご飯ください!」


「わかったわかった、準備は出来てるから席を見つけて来なさい。相変わらず陽名菊ちゃんは食欲がすごいね…」


「食欲は三大欲求の1つですから!」


 そう言い終えると、陽名菊は鼻歌を歌いながら小走りで店の窓際に向かっていった。


 表情が明るいのは良い事で微笑ましいのだが、さっきまで俺が死ぬ話しで暗かった顔のに食事一つでここまで変わってしまうと、少し悔しい気持ちにもなる。


 でも、やっぱりあれが陽名菊らしいと思う。


「すいませんマスターさん。陽名菊のやつが」


「いいさ、それに何時もより嬉しそうだしね。いつも1人で食事を取っていたから誰かと一緒の食事に心が踊ってるのかな」


「え、あいついつも1人なんですか?」


「まあ、陽名菊ちゃんはエンフェタズマだから…中々近寄る人がいないんだ。元々単独行動に慣れてるって言うのもあるんだけど」


 驚愕、陽名菊はぼっちだった。


 中学3年間の俺みた……この話はやめよう、黒歴史は掘り返すものじゃない。


 それより、エンフェタズマとは何だろうか?


 人が寄ってこないというのも気になる。そこら辺は本人に聞くとしよう。


「真也君も早く行ってきなさい。もうすぐリナが料理を持っていくから」


「わかりました……あ、そう言えばマスターさんの名前ってなんて言うんですか?聞くの忘れてて気になってたんです」


「そう言えば言ってなかったね。私の名はリーク・エルルードだ。出来れば今まで通り、マスターのままがいいかな」


「わかりました」


 


 マスターさんに促され、陽名菊のいる席まで向かう。


 陽名菊の行った方に向かうと、窓際の2人用の席で暗くなった夕暮れの空を見ていた。


 その光景に一瞬儚さを憶えるが、口の端からはみ出る水滴を見て、いつも通りという安心感を憶える。


 俺が来たのを確認すると、口元の涎を拭きニコリと笑い出迎えてくれる陽名菊。


「真也さん、マスターと何話してたんですか?」


「陽名菊の事。楽しそうだなーって」


「…楽しそう、ですか。確かに…食欲の昂りとは違うものを感じます。きっと真也さんがいるからですね。だから、これからも一緒にご飯が食べたいです」


「…そうだな」


 お互いに黙り込む。


 陽名菊が言うのは、きっとこれからもそばにいて欲しいという意味だろう。1日で随分と気に入られたものだ。


 しかしどうしようか?俗に言う、お通夜モードと言う物になってしまった。もっと他愛ない話しをする予定だったのだが。


 


「お待たせしました!ムースゲラーダのステーキです!」


「おお!」


「ありがとうございます、リナさん」


「はい!では、ごゆっくりどうぞ」


 陽名菊との間に嫌な沈黙が流れていたが、リナさんが料理と共にそれを壊してくれる。


 厚さ2cm、幅30cm程のステーキがテーブルの上に置かれる。見た目も匂いも牛のステーキそのもの。


 料理を届けたあと、リナさんは厨房へと消えていった。


 陽名菊は1人食事の挨拶をすると、その肉をナイフを使わずに食べ始めた。


 女の子がはしたない、と思う人もいるかもしれないが、その食べっぷりは見ていてとても気持ちがいい。それにとても幸せそうだ。


 自然と微笑んでしまう、相変わらず食欲が絡んだ時の切り替えの速さが凄まじい。


「美味しいか?」


「はい!」


 俺は思った。


 転生早々だが、俺は死んでしまう。だから、俺の肉を欲している陽名菊に食べて貰おうと思っていた。


 けれど、この陽名菊の幸せを感じている顔がまだ見られるなら、ギリギリまで生きるのもいいかも知れない。


 そんな事を考えながら、俺はステーキを食べる陽名菊を見ていた。

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