恋とクッキー

黒宮涼

恋とクッキー

 ずっと思い描いていたのは、大好きな先輩との甘い時間。

 行きつけの喫茶店カフェで二人で紅茶を飲むの。

 珈琲コーヒーはまだ苦くて飲めないけれど、先輩が飲むならどんなに苦くたって笑顔で飲むわ。

 そうして二人で甘いスイーツを食べたりするの。

 きっと夢のような時間が過ごせるわ。

 だから今日こそ私、先輩に告白するの。

 この先輩のために作ったクッキーを渡して。

 勇気を出すのよ、私。


 ***


「ごめん。付き合っている人がいるんだ」

 一世一代の告白に、先輩は申し訳なさそうにそう答えた。

 正直な先輩。

 私のこと、傷つけないように一生懸命に言葉を選んでくれた。

 私は手作りクッキーを持ったまま、その場に立ち尽くしていた。

 先輩はとっくに去っていったのに、私は動けない。

 不意に、人の気配がして思わず振り向いた。

 もしかしてこの私のまぬけな姿が、誰かに見られた?

「なーんか、いい匂いがすると思ったら、いいもの発見」

「な、なに?」

「それ、君が作ったの」

 男の子だった。おそらく同じ学年だろう。制服についた名札に入った線が私と同じ色だったから。

「それって、クッキーのこと?」

 少年の視線は私の手元に注がれていた。

「そう。やっぱクッキーか。そうじゃないかと思った。それ、食べないなら俺にちょーだい」

「は? こ、これはあげられないわよ」

 私はあわててクッキーを後ろ手に隠す。

「何で」

「何でって。これは先輩にあげるもので……」

 そこまで言って私は気づいた。

 これはもう必要のないものだ。先輩にプレゼントするはずだったもの。

 ふられた今は、行き場のないクッキー。

 目の前で首をかしげている少年。

「あ、わかった。それ、さっきの先輩にあげるやつだったんだ。でもふられたから受け取ってもらえなかったのかー。かわいそうに」

 やはり見られていたらしい。私の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「な、な、な。なんなのよ。そーですよ。私はかわいそうな奴ですよ。だからもうこんなものいらないんですよ」

 私は恥ずかしくて、やけになってクッキーを放り投げようとした。

 その時だった。

 腕を掴まれた。

「おっと。もったいないことするなって」

 指から体温が伝わってくる。

 握られた腕があつい。

「いらないならそのクッキー。俺がもらう」

 その瞬間。私の心ごとクッキーを持っていかれたような気がした。

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恋とクッキー 黒宮涼 @kr_andante

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