闘争―V
淡路島、もとい灰島は縦に長い。南北に約五十キロ、東西には約二十キロの面積だ。故に北上する私達よりも東へ向かったミラの方が早く到着するのは仕方のない事だった。
砂浜には幾人かのサイカ信徒と、頭部を両手で抱えたラウラが――その分身が立っていた。タロザはエウクスと呼ばれていた老兵により銃口をこめかみへ突きつけられている。
〔存外、早かったな。そんなにこの子供が大切なのか?〕
胸元に抱きかかえられた頭部がちかちかと光る。頸部からは太いワイヤーが何本もむき出しになっていて、その野暮ったい
〔向こうに立て〕
言われるがまま、ミラは波打ち際まで歩かされた。信徒たちはミラが自動販売機のある方へと進んでから、彼女を囲うように陣形を組んで銃を構えた。
その中には、橋で私達を一番最初に視認していた若い信徒も含まれていた。
〔さて、このまま引き金を引かせればこの少年もお前も天国へ逝ける。しかしそれでは張り合いが無いだろう。そこでお前達に選択肢を与えよう〕
遠くから聞こえる車の音に、ミラは視線を奥の車道へと移した。ちょうどジープが止まり、中から出てきた信徒が何かを投げた。
そちらにピントを合わせるや否や、ミラは身を投げた。ごおん。大きな音に身体が跳ねる。
一回転した視界が再び水平に保たれると、今度は自動販売機を見た。死体が転がっている。仰向けにさせると、見覚えのある顔があった。先程殺した監視者達の中で、一番最後まで生き残っていた男だ。
つまり信徒は二手に分かれ、片方は海岸へ、もう片方は監視者の遺体を回収してから海岸へ合流、遺体の一つを投げ渡したというわけだ。たまたま自販機にぶつかったとはいえ、投げて寄越すなんて乱暴極まりない。
〔うむ、贈り物も無事届いた。ではゲームを始めよう〕
〔何がゲームだ、命を
〔ほう、
くすくす、と笑う声は上品ではあるが、それ故に不愉快な感情を掻き立てる。それはミラも同じようで、舌打ちをしてホルスターから銃を取り出した。
信徒達に緊張が走る。西部劇で見るようなシングル・アクションのリボルバーなら、撃鉄を起こさない限り発砲はされない。なので構えただけの彼女をすぐさま蜂の巣にするような事態にはならなかった。
〔魂の質量か、知ってるよ。十八.四四グラムさ〕
〔……それは野球の数字だろう。マウンドからホームベースまでの距離だ〕
〔ああ間違えた。百八グラムだ〕
〔ゴルフカップの直径か〕
人形に表情はないが、怪訝そうな表情をしているであろうことは声色から想像できた。
〔はは、よく知っているな〕
〔からかうのはよせ。どちらに
〔私が言いたかったのは、そんなものに意味なんて無いって事さ。投本間が十八.四四メートルという半端な数字になったのは、当時の製図者が六十.〇フィートと書かれた図面を六十.六フィートと読み違えたからだ。百八ミリのカップは適当な土管を地面に埋めていた過程で決められた。どちらも偶然の産物だ〕
〔お茶うけには丁度いい
〔数字なんてどうでも良いのさ。必要なのはそこに辿り着くまでの物語の方だ。たとえ二十一グラムの魂が科学的に否定されようと、人々はその逸話を何度でも語り継ぐ〕
〔なるほど、それがお前の哲学か。全く同感だ。私達は物語の中でしか生きられない〕
だから、と続ける声の隙間で、ちゃぷん、と波の跳ねる音が聞こえた。自販機にぶつかる自然な波の音ではない。赤子はもう吐き出されていない。別の何かが動いた音だ。
〔私もお前達に
じゅる、じゅる、じゅる。何かを啜る音。
ぱき、ぱき、ぱき。何かを齧る音。
ミラはゆっくりと後方を振り返った。ぼとり、と海に落ちる赤子の腕を見た。
先刻投げ込まれた死体は、よつん這いになって赤子を食い散らかしていた。食えば食うだけ、身体に空いた穴はふさがり、失われた血が蘇る。
〔我々は人間のあるべき姿を取り戻す為に戦っている。その本質が分かるか……支配だ〕
ぬらりと立ち上がった男は、ゾンビのようにふらふらと歩を進め、ミラの眼前に立った。
〔どんな物であれ利用し尽くす。それが例え、敵であるレプリカントであってもな〕
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