闘争―IV

〔古き物は不便かもしれないが、無価値ではない。監視者の使う通信機器はとにかく古い。ネットワークすらも必要ない、周波数を合わせて使うような古典的なモデルばかりだ〕


 そう、タロザの持っていたものも同じだった。ネットワークを必要としない、スタンドアローンの骨董品。ミラはそこへ侵入し、常時接続出来るモジュールを植え付けた。


〔人質に取られたのなら、まず本部への周波数は隠すだろう。デフォルト値にでもしておけばいい。しかしこれは真っ直ぐお前の元へ繋がった。人質と仲良くお喋りなど可笑しいだろう? ならば答えは一つだ〕


〔やめろ、その子は関係ない〕


〔タロザ、君は裏切り者なのだよ〕


 ガチン、という音。ハンドガンのスライドが引かれた時のものだ。タロザは今、音声の向こう側で銃口を突きつけられている。


〔待て、待ってくれ〕


 私達に彼を庇う理由はない。しかし見捨てる事も出来ない。彼はまだ偏った思想に染まり切っていない。人間とレプリカントの共存、最も理想的な選択を彼なら理解してくれるだろう。

 たった一人の少年を助けたところで直ちに変わるわけではないが、たった一人救えない限りはその可能性は芽生えない。


〔ふふ、言っただろう。私の元へ来るが良い〕


〔どこにいる!〕


〔東の海岸だ。赤子を生み出す自動販売機のある、奇妙な場所だ〕


 奇しくもそれは私の目覚めた場所。知ってか知らずか、ミラが最後に向かうことになったのは、全ての始まりの地点となった。


〔ミラ……あ、その、ミュウ……?〕


 恐る恐る内部通信を送る。私達はまだ島の中心部からやや北へ出た地点にいる。橋を渡るまではこの通信も保つだろう。


〔大丈夫だ、心配するな。私はミラだ。あんたの前でなら、私は


〔よく分からないけど……タロザを助けるの?〕


〔当たり前だ。救える命は救う。でなけりゃ煙草が不味くなる〕


 リボルバーに空いた一発分を装填し、ミラは走り出した。視界が揺れる。その速度は同じように走っている私とは比べ物にならない速さで、ますます彼女の素性がわからなくなる。

 彼女は一体何者なのか。ミラ、ミュウ、異なる名前にどんな秘密があるというのか。


〔いいかファイ、まず自分の事を考えろ。その子を連れて島を出て、どうやって身を隠すか答えを導くんだ。そうしている間に私は死ぬ。それで良いんだ〕


〔そんな、そんなの……辛いじゃない〕


〔それは私も同じだ。けれど宝島に行くには地図がいるだろう。私はさながらビリー・ボーンズさ〕


 財宝を宝島に隠し、片足の男から逃げ回っていた男の名だ。彼はとある出来事でショック死し、それをきっかけに主人公は宝の地図を手に入れた。

 その冒険は男の死から始まった。私の旅路も、ミラの死によって始まってしまうのか。嬉しくも何ともない。今なら彼女の気持ちがわかる。サンがもしも喋れたとして、私達とは違う道を歩みたいと言うのならラウラに明け渡していただろう。そして私は、ミラが息絶える瞬間まで側にい続けただろう。短い、しかし濃い三日間を反芻しながら見送りたかった。


 けれど、そうはならなかった。私達は今、背を向けあって逃げている。

 アセンションまで、あと三十分。

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