犠牲―III

 戦争。とても信じられない二文字だ。ゲームのような感覚で命のやり取りをしようとしている。何故ミラはそんな取引に応じたのか。そして何よりも、サイカにとってこれは何の利益があるのだろう。


「奴らの目的はサンだろう。何故そうなった?」


 デルタも同じ疑問を抱いていた。彼女は襟足を触りながら目を逸らす。


「さあな。でもタロザは解放したし、向こうはとにかく数が多い。私をさっさと殺してそっちに追いつくのも容易だと考えたのかもな」


 人質を解放させるために条件を飲んだ、と考えれば筋は通るが、しかし違和感は拭えない。物量で攻めるのならそもそも私達を自由に動かせる環境に置くべきではない。ミラがタロザと落ち合う以前に捕らえれば、そもそも人質作戦は取れなかった。

 そしてミラを殺した後に私達を捕らえるというのも非効率的だ。全員が脱出する事が本来の目的だったのだから、彼女がアセンションするまで私達はここを動けない。見捨てて脱出できるほど冷酷にはなれない。ならば拮抗状態を保ったまま日没を待てばいい。その後ゆっくりと私達を探せば済む話だ。


 あまりにも出来すぎている。ここまで来るとミラが最初からラウラと繋がっていて、今も私達を騙そうとしている……というのが一番自然だが、しかしこれまでの行動と整合性が取れなくなる。

 ならばついさっき初めて手を組んだとしたら? その方が可能性は高いけれど、レプリカントを殲滅しようとする集団がレプリカントと協力関係を結ぶだろうか。

 どうにも納得できない事が多すぎる。とても同意する事はできない。


〔ミラを信じてやれ〕


 そこへどこからともなく声がした。きょろきょろと辺りを見回して、ミラがトランシーバーを取り出していると気づいた。


〔あくまで私が譲歩したのだ〕


 タロザを解放したのなら、今はラウラの側にいるのだろう。彼の持っていたトランシーバーを借り、私達に通信を試みたのだ。


〔信じ難いのは当然だ。しかしお互い何の思惑もなく、ただ純粋に最期の意志を尊重する為にな〕


「いくら生命尊重とはいえ、みすみす目標を逃しても良いのか?」


 デルタが尋ねる。


〔勿論、首輪も付けずに逃げられるような事態は避けねばならない。正直に言うが、その為の事前準備バックアップはもう考えてある〕


「……なあ、ラウラ」


 デルタは彼女の名を呼び、一瞬言葉を躊躇したように見えた。しかし不自然な間を空けたりはせず、続けて言った。


「まだ諦めていないのか」


〔当然だ。その為にミラと取引をしたのだからな〕

 

 まただ。意味深な問いかけが生まれる。誰も彼も、私の預かり知らぬ世界で未知なる情報をやり取りする。その疎外感が、無知なる自分への羞恥心が重く苦しい。


〔ああそうだ。公平を期すために三人は徒歩で脱出しろ。橋を越えたらバイクを呼び寄せるなりして構わん〕


 あまりに一方的な公平だ。そもそも、島に閉じ込められている時点で私達はこの上なく不利だ。こんなものは互いの自己満足のぶつかり合いでしかない。

 とんだ茶番だ。だからこそ、こんな所で死にたくもない。


〔さて、それではそろそろ始めようか。あと五分程で十六時となる。それと同時に我々はミラを殺しに行く〕


「そいつは楽しみだ」


 そうして通信は切れた。あと五分。あと五分で私達は二手に分かれさせられる。それが最後の瞬間となる。ミラは一人ぼっちであの大群と戦う。私はただ走り続けるしかない。ミラに全てを押し付けて。

 それは……それは本当に正しい事だろうか。島を出られたとして、サンになんと言えばよいだろう。


「ねえ、あのお姉さんはどうしたの?」


 そんな無垢な問いを投げられたら、私はどんな顔をするだろう?

 視線が泳ぐ。手足が落ち着かない。なにか。なにかしなければ。

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