落陽―IV

「最後の晩餐ってこんな感じだったのかな」


 言い得て妙だが、それにしては最後の食事がニコチン、タール、いくつもの有害物質を含んだ煙というのはあまりにも味気ないように思える。けれど、彼女がそうしたいなら私は黙ってその隣にいたい。

 でも、そのためにはどうしても一つだけはっきりさせておきたいことがあった。


「ミラ」


 改めて名前を呼ぶ。あと何回、呼べるだろう。彼女の目が私を捉える。それを前にすると、言葉が出なくなってしまう。拒絶、困惑、悲哀、様々な感情が想起されて、沈黙すべきだと囁いてくる。


「どうした、ファイ」


 彼女は優しく尋ねてくれる。私を待ってくれている。こういうことは直接言ったほうがいい、というのは人間じみた精神論だけれど、声に出すことに取り立てて労力が発生しなかったら、人はコミュニケーションについて真面目に考えたりしなかっただろう。


〔ごめん、ミラ。こっちで言わせて〕


 直接通信で彼女の内部に話しかけた。無論、席を共にしているデルタには会話の内容が分からないが、彼はすぐに私の意気地のなさを汲み取ってくれた。彼は立ち上がって、散歩のフリをした。


〔別にいいよ。どうした?〕


〔あの、ミラが言っていた……〕


 いわゆる心の声ですらも、上手く文字が組み立てられない。しかしここで訊いておかなければ、私達は誰ひとりとして前へ進めなくなる気がした。


を、私にも見せてほしいの〕


 それが真実であってほしいと願っているからこそ。

 それが虚構なのではないかと恐れているからこそ。

 私はその秘密を知っておかなければならないのだ。


〔……信じるか、信じないか。それだけじゃあ駄目か?〕


〔そうじゃないの。信じないわけじゃない……ただ、私も見たいの。貴方の知る景色を〕


 沈黙の中、瞳と瞳が交差するだけの時間が流れていた。あまりにも静かで、あまりにも冷たい風が吹いている。

 目覚めたばかりの海岸線であんなにも求めていた静寂が、今は鎌鼬のように全身を蝕む。


〔なら、一緒に見よう〕


 彼女はこめかみからケーブルを引っ張り出して私に差し出した。

 旧来の人間達は、こうやって外套やマフラーやイヤフォンや掌をお互いに絡ませて、一つの物に融けてゆく儀式をしていた。親友は、恋人は、そうやって一つになる事でお互いの愛情を確かめあっていた。

 私達も同じだ。あえて有線接続させ、肩と肩をくっつけ合い、頭を預けあって、目を閉じる。

 その行為そのものに取り立てた意味はない。けれどそうしたらきっと暖かな気持ちになれると、私もミラも信じたくなったのだろう。

 目を閉じて、彼女の中にある記憶へ意識を集中させる。さながらタイムマシンだ。

 すう、と幕が上がるようにして映し出されたのは、かつての日本――もはや懐かしさすら覚える、西暦ニ〇五〇年の街並みだった。

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