活路―II

 そこまで言われたら仕方ない。思考を遮断した。疑心暗鬼は一見有効に見えるが、視野を狭め選択肢を誘導する非効率的な機能だ。そう教えてくれたのは誰だったか。


「まあ、疑われるのも無理はない。しかし、すまないが現状について教えてくれないか」


 ここまで来て彼を疑っていてもしょうがない。私はミラに対し頷いた。彼女は外枠の落ちた窓へ招き、煙草に火をつけた。

 デルタが隣で同じく煙草を取り出し、二人仲良く煙を吐き出した。私はその後方で地べたに座り込んだ。

 基本的にはミラが説明した。私は目覚めた時のことを補足しただけで、あとは彼女の視点で話を取りまとめていた。

 サンの発見、隠れ家、監視者、メモリーチップ、そしてタロザのこと。


「タロザというのは幼名だろう。守護文字を含んだ命名だ」


 守護文字はこの地で独自に生まれた、あるいは生き残った文化だという。例えばタロザであれば恐らくは太郎佐という字で、この場合「太」が守護文字と見られる。

 守護文字には太、優、堅など外敵から身を守る為の強さや力を表す文字が使われる。本来は郎佐ローザという命名であるが、守護文字「太」が授けられ、太郎佐タロザと名乗る事になる。そして成人を迎えると自らの力で身を守れる者と見なされ、文字を除外されて本来の名前へと戻る。

 ミラは笑っていたが、確かに変な名付けだとは感じた。だがきちんとした理由があったのだ。


「そうなると、タロザという少年を殺したのはお前達だと思われているわけか」


「違うけどな」


「分かってるさ」


「いや、そうじゃない」


 私もデルタも、彼女の言葉の意味するところを見つけられなかった。私達が犯人ではない。間違いなくそうだ。何が違うというのか、思考を巡らせる。


「うーん、まあそろそろいいか」


 彼女は袖をめくり上げ、腕を顕にした。

 ――私はある謎に行き着いていた。タロザと出会ったときのことを。

 腕のレイヤーが解かれ、外骨格の隙間にねじ込まれたものを取り出している。四角くて少し縦長だ。

 ――タロザの横を通り抜け、外の様子を確認した。唐突な行動だと感じたが、その目的が何なのかそのときには気付かなかった。

 それはトランシーバーだった。最小限の帯域しか使わない分、ジャミングの影響を受けにくい。その為、ニ〇五〇年も戦争時に置いてのみ現役だった。

 ――あの行動が、外を見る事でなくタロザに近づく事を目的としていたら。もっと言えば、タロザのトランシーバーが目的だったなら。


 ミラはあの時、タロザからトランシーバーを掠め取り、外を見るフリをしてから元の位置に戻った。そして帰り際にあたかも置き忘れていたという体でそれを返した。その間に、細工を施していたとしたら。

 例えば、彼女が今取り出したトランシーバーと繋がるようにチャンネルをいじった、とか。


「聞こえるか、タロザ」


「おう、ようやくご指名かい」


 スピーカーから流れるノイズ混じりの声は、紛れもなくタロザその人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る