活路―III

「タロザはこちら側に付いてくれた」


 ミラはあのときの事を説明してくれた。



 まず、私の推察通りタロザのトランシーバーに細工をした。接続先を監視者からミラの持つ方へと切り替えさせた。

 その後、彼の帰り際に通信を行った。彼女のトランシーバーは有線接続によりレプリカント同士の内部通信同様、声に出さずとも言葉を届けられた。戦争行為にレプリカントの使用が認められていないように、武器たちに置いても先進テクノロジーの使用は禁止されている。それ故無線規格を搭載しておらず、有線で内部パーツに接触するしか方法が無かったのだと言う。


 とにかく、彼女は私と変わらず会話をしながらも、こっそりとタロザに話しかけていた。


「なあ、お前は監視者たちが本当に正しいと信じているか?」


 彼女らしい、こちらの意思を揺らがせる直線的な物言いだ。タロザは私達をこの目で見て初めて、監視者のレプリカント排除運動に疑念を抱いていた。

 それに対しミラは、


「もしその答えを知りたいっていうなら、少しだけ協力してくんねえかな」


 トランシーバーの位置情報から、彼の足取りをミラは完璧に把握していた。


「立ち止まって耳をふさいでくれ」


 言われたとおりにすると、通りの前方で何かが爆ぜた。置き去りにされていた自販機かタウン・ポータルかが爆発したのだ、と彼は悟った。


「大丈夫か、結構距離は取ったつもりなんだけど」


 これでお前は。そう言ってミラは、タロザにしばらく身を隠すよう支持した。彼は活発な子供であるが為に、狭い場所や大人が登るには手こずる高所にするすると入り込める。実際、そういった場所には調査という名目でよく探検をしていた。隠れ場所は山程知っていた。

 そこでミラの隠し持ったトランシーバー越しに、事の顛末を全て聞いていた。今は爆発地点から十キロほど離れた場所まで進めたらしい――。


「タロザは今回の騒動を見て、監視者からの離脱を決意してくれた」


「どうして隠していたの」


 私は少しだけ怒っていた。ほんの一瞬でもミラを疑ったことを恥じているし、隠し事をされていた点も納得出来なかった。


「悪かったよ、サンの事で頭が一杯かなと思ったからさ」


「だがこれで現地からの情報が得られる。メリットは大きい」


 デルタはトランシーバーに向かって口元を近づけた。


「タロザ、そっちの状況を教えてくれるか?」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 ザザ、とノイズが走る。とんとんと軽やかな足音が響く。高所へと登っているのだろうか。


「あんた達が逃げたあと、例のゲームセンターの捜索を行っていた。俺もそっちへ向かおうとしていたんだけど、道中奴らの姿は見なかったし、今も国道付近にそれらしい人影は見えない」


 その言葉に安堵した。見失ったというわけだ。これでしばらくはここで作戦を練られる。


「そうなると、やはり橋の検問を強化する方向に切り替えたんだろう。ドローンも見つかるかもしれないし、あとは彼に任せて一旦引っ込めた方が――」


 唐突に言葉を止めたデルタへ、二人の視線が移る。彼は虚空を見つめたまま静止している。ドローンからの映像で何かを見つけたのか。


「嘘だろ、何であいつが!」


 立ち上がり、彼は右往左往と部屋の中をうろうろしだした。何かをしなければ、しかし何から手を付ければ。そんな感情が見て取れる。


「どうした、何があった」


 ミラの問いかけに、デルタは眉間に皺を寄せる。しばらく目を伏せてから、意を決したように口を開いた――が、彼の声は届かなかった。

 けたたましいサイレンが響き渡る。海岸線で聞いたものとは音色が異なる。


「何だ何だ、タロザ! これ何の音だ?」


「お、俺も初めて聞く!」


 トランシーバーでのやり取りが辛うじて聞こえるか、というほどにその音量は大きい。

 十秒ほどでややボリュームが下がり、今度は人の声がひび割れる寸前の大きさで鳴り響いた。


「『信者』現着! 信者現着! これより最上位厳戒態勢へ移る!」


 その声が話し終えても、サイレンは未だ鳴り続いている。


「デルタ、何を見たの? 何が起きているの」


 彼の身体を揺さぶると、我に返ったようにこちらを見た。


「奴らが来たんだ……『サイカ統一宗派』、その信者共が」


「なに、それ」


「レプリカントの、だ」


 サイレンがうるさく鳴り響く。私の恐怖を逆撫でするように。

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