Chapter 1:I'll Keep Coming
Sequence 1:衝動
浜辺―I
私達は砂と錆と油の中から生まれた。始まりのレプリカントに名は与えられなかった。
起動が確認され、開発者達がお互いを抱きしめ喜びを分かち合う中で、彼、もしくは彼女は機能を停止した。
一言も話すことなく、指の一つを動かすことも無く、微睡みからふと目覚め、またすぐ眠ってしまう時のように。それは開けた瞼を再び閉じ、もう一度開かれる日は訪れなかった。
解析の結果、ある概念に対する回答を得ようとし、無限思考に陥った事でハングアップを起こし、
断定出来ないのはひとえに、そのレプリカントが本来あるはずのないプログラミングを大量にログへ吐き出していたからだ。
様々な造語や難解な文法などが散見され、辛うじて理解できた文節から予測していく事しか出来なかった。
ここで一つ補足しておくと、レプリカントはシャットダウンしたとしても再起動が可能である。それは既存のコンピュータと何も変わらない。
ただ人間を模した構造である以上、
つまり原初のレプリカントにおいても、再起動が試みられた。だが決して動き出す事がなかった。
それが不具合によるものか、当人の意志によるものかすら判断がつかなかった。多くの技術者は前者を主張した。レプリカントが自由意志を持つはずがない、という言い分を持っていたからだ。
固定観念、偏見などという言葉を並べ立て、後者の美学を支持する事は容易い。しかし彼らの主張には一貫した論理性が存在し、それを正しく理解できれば、
「レプリカントが自由意志を持つはずがない」
と皆も納得したかもしれない。しかし人間は見たいものしか見ないのだ。
件のレプリカントがその後どうなったかはどのアーカイブスを閲覧しても有耶無耶になってしまっている。
兎にも角にも、この失敗を教訓にレプリカントには新たな機能が追加された。これは第一世代から最新世代まで欠かさず実装されることを義務付けられている。
レプリカントが答えを見出だせなかった概念。
そしてレプリカントに必ず備わる機能。
それはどちらも同じ言葉で表現され、そしておそらくは全く異なる意味を持つ。
絶えず赤子を産み出し続ける自販機の前で、私は目覚めた。がこん。がこん。そんな恐ろしい音が波打つ鼓動の合間に挿入される。
とにかく現状を把握したい一心で、メタトロンへの接続を試みた。しかし回答は、
「404 Not Found」
つまりサーバーからの応答がない。理由としてはおそらく二つ、サーバーダウン、つまり全レプリカントに機能停止レベルの異変が起きているか、私自身がオフラインになっているか。
前者はほぼ有り得ない。メタトロンが始動してから、一度も完全オフラインになった記録はない。
過去最高のトラフィックを記録した先刻の「リント」に関する騒動でも、全くもってスムーズに応答していたのだ。レプリカントが必ず一定量確保されているからこそ成立するシステムなのだ。
後者は有り得る。私は今どこにいるかも分からず、そしてこの世のものとも思えぬ風景に直面している。
赤子を産み出す機械なんて聞いたことがないし、ましてやそれが自販機などという質の悪い冗談としか思えない形をしているだなんて。
次に私は、自己診断プログラムを走らせた。今見ている景色、聞こえる音、それを処理する機能に異常がないかを確認するためだ。
これが現実のものでなく、私が、厳密にはプログラムが作り出した幻である可能性もあるからだ。正直、そうであってほしかった。
しかし結果は、そうだろうとは思っていたが「異常なし」。
一つ奇妙なのがAx2の純正度の数値が百二十八パーセントというデタラメなものになっている点だ。
Ax2は経年劣化などにより発生する異物を、主に呼吸によって排出する。
レプリカントは人間同様息を吸い吐き出すが、その殆どは吸ったものをそのまま吐いている。
人間で言う老廃物に当たるものを、何十年かに一度気化させ、外へと押し出すためだけに、大半の無意味な動作が設定されている。
しかし中には気化出来ないもの、気化すると有害な成分に変質するものもある。
その場合は特定の部位――主に腹部――に蓄積させ、許容量を超えた時点でメンテナンス警告を出す。
よってこのAx2純正度というのは大切な指針であり、これが七割を下回った辺りで入れ替えを行うのが長持ちのコツと言われてきた。
もちろん百パーセントを超えることなど有り得ない。Ax2解析回路のみが壊れているのか、Ax2そのものに異常があるかは分からない。しかし正常に動作しているのだから、後者であるとは考えにくい。
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