第2話
まだ朝露の残る森の中を軽い足取りで歩く。
見上げれば木の葉の隙間から青い空がチラチラと。
その葉は日に照らせれ透けて見え、日が淵から零れる様は輝いて――以下略。
と、森林浴を詩人風に楽しみながら歩き、目線を前に向ければ左右一体ずつ歩く重厚な出で立ちの騎士然とした背が目に入る。
それから周囲を見渡せば黒い毛の狼が三匹。三方向に散った形でついて来ている。
護衛の使い魔さんたちを召喚しました。
一人で危険地帯うろつくなどするわけがない。
いくら、住み慣れた森だろうが、何があっても己の力でどうとでも出来るとしても、単独行動は絶対にしない。
普通なら護衛など雇うか、目的地まで向かう商人などと交渉し一緒に行動するか、などと一人で行動することを避けると思う。
だが、そういうのはメンドイし、自前で用意できるのならそれに越したことはない。
さらにだ、『それだけの金を持ってる、しかも女。』とか思われたら何されるか簡単に想像できる。
ちなみに名称は黒い狼が、影狼。騎士は、ナイトドール。
ゲームでは簡単な命令しか出せなくて、行動も単調で肉壁要員だったが、この世界に来てから魔法で召喚した存在は人と同じように学習し、経験を己の物とした。
今じゃ完璧な自律行動が可能だ。しかも一体でも学習すれば、それを同種と共有できる。
あと召喚した使い魔の感覚を共有することができるので、使い道の幅が驚くほど広がった。
影狼はその名の通り、影の中を移動したり、潜って隠れたりもできる。索敵能力も高く、外に出る時は必ず一体は召喚している。
あと、これはこちらに来てからできるようになったのだが、味方を自身の体に収納できるようにもなった。召喚した使い魔だけなのか、味方判定した者だけなのかはまだ確認してないのでわからないが。
ナイトドールはまさに守護騎士と言った感じで耐久力が高く、少々の事では壊れない。
仮に壊れても、周囲の魔力を利用して自己修復するぐらいだ。あと武器の形状なども変えられる。
ちなみに形状の種類は接近武器系のみ。
ナイト――騎士――と名前に含まれるだけあって技量も申し分ない。
なにせ接近戦の鍛錬相手はもっぱらナイトドールたちだ。
乱戦に個人戦、いろいろ鍛錬してるうちに、接近戦でナイトドールたちから一本取るのにかなり苦労するようになった。油断するとこちらが取られそうになるので頼もしい限りである。
あと、使い魔として召喚されるモノたちは知能と言えばいいのか? これが物凄く高くなった。
ちょっと曖昧の命令を出しても、出さなくても目的さえ理解していれば、俺の望んだ結果に限りなく近い成果をあげるほどにだ。
そのおかげか知らないが、会話もできるようになった。
基本使い魔は念話だが、中には普通に喋れる種類もいるので、そういった連中とは、なるべく声で会話するようにしている。
そんな感じなので、森の道中では使い魔たちと話しながら歩いているので出口まであっと言う間だ。
森の中で声を出して不用心だと思うだろうが、万が一、魔獣や魔物と遭遇してもナイトドールの場合だと閣下! お下がりください! と――
「閣下! お下がりください!」
……と。まぁ、俺を背に隠すように庇ってくれるのだが……今まさに、て感じだ。こいつら、デカいから目の前立たれるとまったく前が見えんな。
「何事ですか?」
先行している影狼から俺を含め、彼らにも情報は送られてきているのだが。
あえて、お嬢様風に、状況確認。すると俺を庇っていたナイトドールがこちらに体を向ける。
「……閣下。ゴブリンの群れです。それと聞かずともお分かりでしょうに」
「ええ、もちろんわかっているわ。でも、今日は貴方達とお話がしたい気分なの。数は? そして武装は? さぁ報告しなさいな」
「閣下……その口調、うすら寒く感じるのですが」
騎士っぽいくせに遠慮のないこいつの所為で素に戻ってしまう
「……おい、この見た目にむかってなんてこと言う。零れ日を浴びて輝く、精霊のような姿に向かって!」
「はぁ。見た目はそうなんでしょうが……中身を知ってる身としては」
「まて! お前らより
そんな言い草にカチンときたので、鎧をひん剥いて中身を見てやろうと掴みかかったがひょいと避けられた。くそっ!
「我々の中身は秘密です! それよりも報告です。敵は総勢、五。内、弓が二。残りは剣が二。槍が一」
「乙女じゃあるまいし、秘密ってなんだよ……で、どうしたい?」
「殲滅ですね」
「んー……そうだな。やり過ごして、後で見つかったってよりはその方がいいかぁ。んじゃそうしよう。作戦とか任せるから。安全第一に、よろしく!」
で現在、ポツンと佇む美女もとい俺は着ていた外套を脱がされ、少し開けた場所に一人立たされてるわけだが……。
「なぁ? 任せると言ったからにはお前らの作戦に従うが……護衛対象を一人に、しかも囮に使うってどーなの?」
と疑問を声に出してみると、声ではなく念話で返答が返ってくる。もちろん、姿を隠してる護衛騎士様からだ。
【どう、と言われましても……今召喚されてる使い魔の総意だとしか……それに『みんなで仲良く!』『使えるモノはなんでも使え』と日頃からおっしゃってるのは閣下ですよ? 我々はそれを忠実に守っているだけです】
「うん……まぁ……そうなんだが……」
【勿論、全部相手しろとは言いませんよ。二体は既に影狼たちが処理してます。残り三体が追われる形でこちらに向かってきてますので、それらの注意を引き付けて頂けたら我々が二体処理しますので】
「……ねぇ? それだと一匹余ってるんだけど」
【それは閣下の取り分です】
「…………」
ちなみにその総意、とやらは。
ゴブリンを追い回したい影狼たち、その内の二体が噛み殺したいと主張。
残りの一体は追い回すだけでいいらしい。
でナイトドール二体は共に、思いっ切り叩き斬りたいと主張。
だが、それだと俺だけ何もせずというのはいかがなものか? となり囮役に任命。
付け加えて、ただ囮役だけってのも可哀そうだし、最後の一匹は俺に、となった。との事。
なお、俺の主張は含まれてはいない。というか聞かれもしなかったからな!!
「てか、俺がへましたりとかそーゆうのは考えてないわけ?」
【え? そんなヘマするんですか? 閣下ともあろうお方が? へぇー】
万が一の事を聞けば、ニヤニヤと言った感じで尚且つ挑発的な思念が届く。
…………ほぅ。
とまぁ、そんなやり取りをしている内に、前方に茂みから物音がしたのでそちらに意識を向ける。
その茂みをかき分け、ゴブリンが三匹姿を現す。
皆一様に焦りと安堵の表情を受けべ周囲を警戒してるようだ。
やがて、その中の一匹が俺の存在に気付いて仲間の肩を叩き、それを知らせると六つの視線が俺に集まる。
先程まで、浮かべた表情や警戒があっけなく消え去り、ただでさえ醜悪な顔を下卑た表情で更に醜く歪め、俺の姿を上から下まで嘗め回すように見る。
まさに『視姦する』とはこの事だなと言った風だ。
なんとも下半身に忠実な奴らで……まぁその習性というかなんというか、それを利用した結果、俺が囮役なんだが……ホントバカだよな。
と呆れつつ見ていると、槍を手にした他二匹と比べるとやや大きめのゴブリンがこちらに近づいてくる。
剣を手にしたゴブリンたちも遅れた形でそれに続く――手にした武器を構える事もせずに、だ。
きっと俺をどう嬲るか、もしくは脳内でもう嬲ってる姿でも想像しているのだろう。
その証拠に腰に巻いたぼろ布がテントを張っている。
その事に苛立ち、舌打ちしながらゴブリンたちを睨みつける。
左右に立っているゴブリンたちの影が後方に伸びつつ広がっていく。
ある程度広がるとその影から大剣を振り上げた二体の騎士が現れ、そしてそれを、勢い良く振り下ろした。
影狼のスキル――影移動を使った背後からの奇襲。
残されたゴブリンは鳴り響いた生々しい音に驚き、振り返る。
そして、俺の目に晒される背中。
今から襲うと思ってた相手に背を向けるとはね……流石ゴブリン。
一気に間合いを詰める。
勢いそのまま、すれ違いざまに斬る。狙いは首。
確かな手ごたえを感じた。
すぐに敵の姿を確認できるようにそちらに体を向ける。
斬った相手を見ると、体は前に、頭は後ろにと分かれながら崩れ落ちていく。
地面に
地面に落ちた頭と倒れた胴体を目にし、剣を鞘に納め作戦終了とした。
その後、影狼たちに周囲の警戒を任せて死体を処理してる時、ふと自分が斬った死体が目に留まる。
綺麗に斬ったと言う表現がぴったりな切断面、骨に至っては砕けもしてない。
それを目にして改めて思う――それを現実にしてしまうこの体は人の形をした
そんなこんなで、ゴブリンとの殲滅戦はあっけなく終わり、もうじき森の出口が見える位置に着こうかとしていた。
今日はなんだか再認識することが多い気がする。
もう長い事こちらで生きてきたので最近では忘れがちだったのだが……まぁいいや。
さて、気を取り直してここからは森の外に出るわけだが、その前に――使い魔たちの変更だ。
基本、使い魔たちは人目のつかないようにしてる。目立つと碌な事にならないからだ。
特に権力者に目を付けられたら、それもう、メンドクサイ!!
よって人目の多くなる場所に行く際は目立たず、騒がず、静かに、を徹底している。
あと情報収集。これ大事。
てなわけで、ナイトドールは影狼の影の中で待機させ【マリオネットアサシン】という使い魔を二体召喚する。
それから影狼を二体追加。
アサシンって聞けばおおよそ察しがつくと思うが、この使い魔は影狼と同様、影に潜伏、移動が可能。
相手に気取られず殺すなんてのはもちろんの事で、情報収集などと言った諜報活動もお手の物だ。
「じゃ、マリオネットアサシン一号、二号。おまえらは前回同様、町に先行してくれ。目的は、町で俺と接点がありそうで、尚且つ、めんどくさそうな事が起きてないか、だ。いつものやつね。俺が作った
イベントリーから取り出した手に収まる程の袋を一号二号に渡す。
意外な事だがこいつら町で買い食いとか、小物買ったり見たりするのが好きなのだ。特に甘味に目が無い様だ。
しかもばっちり違和感のない町娘風に化けて……。
共有スキルでその場面を見たときに女子か!? って思わずツッコんでしまった。
それを知った時から、町に行く際はこいつらにお小遣いを渡すようにしている。
ハイ。と言いつつ手渡してると、ナイトドールから『名前が一号、二号ってのはどうかと……』と念話が届く。
それを聞き、確かに一号二号って呼び名はどうかと思う。
さて、どうしたものかと名前を考え、黒ずくめの二体を見つめる。
「えー。只今、呼び名についてクレームが入ったので変更しようと思います。おまえら女子力高いからな…………よし! おまえがオリヴィア! で隣がソフィア!」
俺から見て右がオリヴィア、左がソフィア、と命名。
てか全身黒い布で巻かれたミイラ男って感じで見分けつかないんだけど。
後でわかりやすく装飾品でも作って渡そうと考えていると――。
「……見つけた」
「……ええ。やっと見つけたわ」
と、可愛らしい声が聞えた。
驚いてその声の聞こえた方向――オリヴィアとソフィアの顔を凝視する。
「え? は? 今の声、お前ら?」
聞いてみるが返事はなく。代わりに隙間なく黒い布で覆われた姿に、変化が起きる。
布がゆっくりと解け、擦れる音が静かに響く。
擦れ落ちる布は地面に触れる前に霧散し消える。
やがて全身を包んでいた布が全て解けると、そこにはお揃いの黒いゴシックドレスに身を包んだ少女が二人、はにかみながら――
「「やっと、また会えました! お姉様!」」
と声を揃え、嬉しそうに笑顔で両手を目一杯広げ――――俺に飛びついてきた。
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