クレイジーでサイコなやつら

ますくばろん

第1話

 懐かしい夢を見たなと思いながら、まだ覚め切らない頭を掻く。

 ついでとばかりに服の下に手を入れ腹も掻く。別に痒いわけじゃなんだが、自然と掻くよね。頭と腹。


 なんとなく下げた目線の先に映る自分の胸を見る。男では作り出せない双丘と谷間。

 確かめるように双丘の一つを掴んで揉んでみる。

 普段ならこんなことはしないが、先ほど見た夢のせいで揉んでみたくなったのだ。


 程よい弾力。

 調和のとれた硬さと柔らかさ。

 吸いつくような肌触り。されど、絹のような滑らかさがあり、その甘美な矛盾に永遠と酔いしれたく―-以下略。

 自分の語彙力と表現力に、ないわー、とうんざりしながら寝床から離れ風呂場に向かう。


 風呂場に着いて寝間着という下着姿からぱぱっと全裸になり、脱いだ下着を洗濯籠に放り込む。

 ペタペタと足音を鳴らしながら浴槽に近づき、で水が湧く様にして、湯張りする。

 お湯につかる前に、再度魔法を使う。

 今度は湧かせるのではなく、頭上から雨のように降らせ、体についたホコリなどを洗い流す。

 そして、ゆっくりと浴槽に体を沈める――ジンとくるいい温度だ。

 一度、肩まで浸かって体をほぐしながら息を吐きだす。

 浴槽のふちに頭の乗せ、湯気の所為でやや霞んで見える天井をぼんやりと見ながら――まだ余韻の残る夢を思い出して懐かしむ。












 俺は、今いるこの世界を知らない。


『俺が知っている世界とは違う』と言えばいいのか?


 俺が知ってる世界にまず、なんてモノは無かった。あっても物語の中で、ぐらいだ。


『――実際には在り得ないが、だけどもし、それを再現出来たら?』


 そう考え、それに挑戦し続けた偉人たちのおかげで、様々な技術が生まれ、発達し、付随する形で文化や文明も進んでいた。文明や文化が進んだから様々な技術が生まれ、発達した。と述べる人もいるだろう。


 そんな世界で俺は日本と呼ばれる国で生活していた。

 歳は四十の大台に片足を乗せたおっさんで、尚且つアニメ、漫画、ゲームなど画面や紙媒体の向こう側に広がる空想世界を愛してやまない大馬鹿野郎だった。

家族は親父、ママン、年の離れた妹、そして俺の嫁。

 俺が二十歳を迎えようか、としてた時期にVRと呼ばれる技術が急成長し始め、そろそろ三十路か。と思いはじめた頃に『電脳空間で作り出した仮想世界に意識を移す。または共有する』というVR技術が現実のものになった。


 そんな中、最新のVR技術を使ったMMORPGの制作が発表され、それと同時にテストプレイヤーの募集も告知されていた。しかも、募集内容に『上級ライセンス取得者は優先的に採用します』と書かれていたので、上級ライセンスを取得していた俺は即座にその募集に応募。数日後には採用通知と説明会の案内が届くことになった。


 それからしばらくしてβテストが開始されたが、すぐに『アバターの自由性に欠けるのでは?』といった声が多く上がり、大規模修正がなされた。

 ちなみに、修正された自由度の高さは、アバターの外観プログラムを構築する技術があれば好きにでき、既存の生物は勿論の事、ゲーム内で生物と判断されているものならなんでもありだった。

 そこで俺は『どうせなら女性アバターにしよう』と思い、ここぞとばかりに自分の理想を詰めるだけ詰めてみた。結果、そのアバターを見た嫁に鼻で笑われる結果となるが、今でも後悔も反省もしていない。


 その後大きな問題もなくβテスト終え、正式稼働し様々な事においての自由度の高さを売りに、試行錯誤を繰り返し十年近く稼働し続けた。

 その間、俺はいろんな奴と出会ったり、別れたり、時には初心者の調教もとい育成? いや世話をしたりと目まぐるしくて飽きない日々を満喫した。

 そして、βテストから遊び続けていた俺は『長い事このゲームで遊んでいるそこのキミ! 新設されたサーバーへ、移転しないか? 今なら特典もあるよ!』みたいな内容の連絡を運営から貰い、見事特典エサに釣られそれに応じた。



 その結果、この世界に来てしまったのである――自分の理想を詰め込んだ女性アバターの姿のままで。




 最初は驚いた。

 だって俺の股に在った聖剣が抜かれ、台座のみ残す姿になったのだ! 驚きもするだろう!

 約四十年、苦楽を共にしてきた聖剣をを失った悲しみは深いものだったが、その中で燦然と輝くこの姿のおかげで立ち直るのは早かった。

 無くなったモノはしょうがない。

 ならばと思い、新しく得たモノを存分に味わいつくすことにした。

 そして、この世界に来て二日ぐらいして、ここはゲームの世界ではないと思った。

 一瞬、え? 異世界にまさかの転移、もしくは転生!? と狂気乱舞しかけたが、その考えはすぐに捨てた。


 じゃここはなんだと?


 俺が出した答えは――現実世界の俺が狂ってしまった。

 簡単に言えば、実際の俺は病院の、または自室のベットの上でアーウーとよだれを垂らして見ている夢が『今なんだ』と思ったわけだ。

 夢にして現実感があり過ぎるとは思ったが、異世界に来た! と思うよりは現実的だろう。 


 遂に行くとこまで行ったか……椿ちゃんごめんね。オムツとか変えてくれてるのかな? そうだったらホントごめんね。と当時よく思ったものだ。まぁオムツ云々は今でも思うが……。


 まぁそんな事に不安を抱きながらも、なったものはしょうがない。夢なら夢で楽しもうと割り切りこちらでの日々を重ねた。


 よく割り切れるな? と思うだろうが、なったものはしょうがないのだよ。

 絶望したり、泣いたりしてもどうにもならないのだから。

 なんつーか、年取るといろんな事が気にならなくなるもんだよ!


 夢かなって思いも、こちらに来て一年の経てば『これ夢じゃなくね?』と思うわけで。

 そして、ああこれ夢じゃなわ。と確信したのが、俺の愛するケモ耳娘たち――こちらでは獣人種――がよくわからんクソガキとか、そいつらが所属する国とかに虐げられてたので、それらにオレツエーーとばかりに無双した際、頬に掠った一撃だった。



 今でも覚えてる。

 圧倒的にこちらが有利だった。

 そいつらは脅威ではなかった。

 全てにおいて圧倒していた。


 だから、無意識のうちに油断してたのだろう。


 あまりにも遅い攻撃。完全に見切ってかわした、はずだった。

 頬に痛みを感じ、自分の血を見て、ゾッとした。

 こいつがヤバいのか? それとも武器か? 

 全身に冷や水をぶっ掛けられたようだった。

 そして沸き上がった恐怖を振り払うように、全力で高威力の攻撃魔法をぶっ放した。


 その時思ったね。

 頬の痛み、血の匂いに温かさ。それと同時に湧き上がる感情。恐怖、不安、焦り。

 夢でこれほどまで複雑なモノがあふれ出すものなのか? と。



 そして、現在こちらに来て約五十年ほど経ったが未だ夢は覚めず、俺はこの世界を理想の女ので楽しんでいる。

 

 









 



 体も温まり目が覚めてきたところで風呂から上がり、体を拭いて下着を穿く。

 流石に、魔物やら盗賊やらが蔓延る世界で下着一枚歩き回るのは危険なので、それ相応の格好する。

 イベントリーから服と装備を引っ張り出しそれらを着ていく。


 自分の支度が済んだのでイベントリーを呼び出し――


「依頼された付与魔法で加工した装飾品に……。あと魔法薬が――――数もばっちし!問題なし!」


 声に出して確認を済ませ、それらをイベントリーに放り込む。

 イベントリーとは物を収納するMMORPGにはなくてはならない定番の機能。よく異世界に転移、転生を題材にした小説などに登場するあれだ。

 実際、そういった身の上になって実感したが超便利である。

 収納した物は劣化とかしないし、腐りもしない。入れた時のまま保存される。あと勝手に種類に仕分けされると言ったご都合機能も搭載。

 ちなみに『ステータス』と念じれば、ゲームのように表示される。ただ、自身の強さレベルや能力値など数値化されたものは表示されない……おぅ忘れるとこだった。


「食料、量共によし!」


 と、身支度が終わり部屋を出ようとして、扉の近くに置いてある大きめの鏡に自分が写ったので目線をそちらに向けた。


 そこには、二十歳前後女性が皮と金属で作られた胸甲と手甲といった軽装備姿でこちらを見ていた。

 長い髪は灰色で、瞳の虹彩も同じ色。だが、髪も虹彩も不思議と青みを帯びてるように見え、それが作り物めいた顔立ちと相成って人間味を薄くしているように思えた―――まぁ映ってるのは俺なんですがね!


 改めて思うが、長いこと女の体で生きてれば中身もとい精神面とか女に変化しそうな気がするんだが……今のところは変化なし。十年近くあのゲームに夢中だった所為でのか? それとも見た目がこれだからか? とあれやこれや思う事はあるが、一番の理由は慣れか? 


 などと考えながら外に出て白み始めた空に向かって、ぐっと背伸びをしながら思考を切り替える。

 今日から往復で約十日間の旅をしないといけないからだ。

 目的地は貿易都市リンデ。ここから北西に位置する大きな町だ。

 冒険者と呼ばれる人たちに人気のだったりもする。

 今回は依頼品を直接、納品する事になったので、依頼人が住んでいるリンデまで行く羽目になった。

 人が多い場所になるべく行きたくない俺としては憂鬱な案件だが、その分報酬がいいので我慢することにした。


 距離は、ここから徒歩三日ほどで着く。

 行程は今住んでいる場所であるこの森を出て、リンデに続く街道を目指す。森を出るのに半日はかかるので初日はその付近で野営。それから、途中立ち寄る町で一泊してから、朝リンデに向かう馬車を捉まえる事ができ、尚且つ相乗りさせてもらえれば日暮れぎりぎりで到着できる。リンデには二日ほど滞在予定。

 もし、町からリンデまで馬車が捉まらずに徒歩でとなると、途中でまた野営する羽目になる。


 ここで注意すべき点は――野営だ。


 この世界には盗賊とか追剥が当たり前のように存在する。

 女一人で野営などすれば、盗賊クズ追剥バカが羽虫のように群がってくる。町の中ですら女の一人歩きは危険視される世界だ。野営など正気の沙汰ではないだろう。

 それにちょっと町から離れれば魔物とか魔獣がわんさかいて、それらもここぞとばかりに襲ってくる。弱肉強食と言ったものが、物凄くはっきりしているのだ。




 よって、野営は非常に危険――普通の『女』ならね。

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