不器用なきょうだい達の話

雨宮羽依

空白

親子のような姉弟の話

「ふう……この想区にはいると思ったんですが。仕方ない、別のところに行きますか」


 ため息を吐いたのは不思議な衣服を身にまとった少女だった。

 何枚も同じような形態の服を身にまとい、紅い花の髪飾りを付けた彼女は、しかし少女とは言い難い雰囲気だった。

 見た目は確かに少女なのだが、もっと長い時間を過ぎているような、下手な大人より大人らしい、そんな少女だった。


「……やっぱり、姉御たちがいないとシェインは駄目みたいですよ」


 誰に言うでもなく呟いたその言葉は、誰に届くこともなく空へ吸い込まれた。


 いや、誰かに届いたかもしれない。


 自分のことをシェインと呼んだ少女は近くに人の気配を察し、ぐるっと辺りを見渡す。

 どこからか聞こえてくる小さな泣きじゃくる声を辿ると、そこには緑色の髪をしたまだ幼い男の子がいた。


「……どうしたんですか? 何をそんなに泣いているんです?」

「……っく、うぐ、ひっく」

「泣いているだけじゃ分かりませんよ。ほら、お姉さんに話してみてくれませんか」

「………__」

「――っ」


 たった一言だった。

 その男の子はなおも泣き続け、一言だけ言ったのだ。


 妹が、と。


 シェインの胸はそれだけで十分すぎるくらいに抉れた。

 古傷を引っ掻き回されたような嫌な感覚がシェインの胸に走り、昔のことを思い出す。


「……妹が、ルイーサが、連れていかれたんだ……。霧の向こうに……。俺が守れなかったから……、俺が逃げたから! 運命が書かれてれば、こんなこと……っ!」


(……駄目です。今は、シェインの過去より、この子の現在いまを考えなきゃ)


 目の前で泣く小さな男の子。

 どういう事情かは分からないけれど、妹をなくした男の子。

 それは昔の――いや、現在いまのシェインと重なって見えた。


「そうですか。妹さんが……なら」


 その言葉は考えるよりも先に出ていた。

 そうすることが当たり前であるように、そうすることが自然なことのように、シェインは何も考えずにその言葉を紡いだ。


「シェインと……わたしと、一緒に来ますか?」

「え……」

「知っていますか? 空白の書……なんの運命も与えられなかった者だけがいけるという、外の世界の話を。妹さんは、たぶん外の世界に連れていかれたのでしょう」

「でも、外の世界では迷ってしまうって……」


 小さな男の子にシェインは手を差し伸べた。


「……一人なら迷っても、二人で手でも繋いでいけば、少なくともはぐれることはありません」


(ですよね、タオ兄……)



 妹と離れ離れになったと悲しむ男の子に、シェインもまた離れ離れになってしまった愛しい兄を思い出す。




 かくして、鬼の娘シェインと妹をなくしたティムとの旅は始まったのである。

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