終わりと始まり
メーアの手を指差してみるが、いつのまにか元どおりになっていた。可愛くて小さい手だ。
「いつからそんな風に、手を変えれるようになったの?」
「手を変える?! あー、説明するのめんどくさいしそれでいいのよ。ずっーと前からかしらね」
メーアは何も答えてはくれなかった。少し悲しくなってそっぽを向くとプルートが私をじっと見つめていることに気がついた。
「プルート、どうしたの」
プルートが首を動かす。なんとなくだけど早く乗れという意味かなーなんて思ってしまう。
「いいの? 恐れ多いなー」
「ノ、ノア?」
「早く乗れだって」
メーアは何か賢いプルートに乗って、村まで向かう。風の加護は簡単にしかできなかったから、顔に風を少し受けてしまう。でもこの速さならすぐに着くんだろうな、なんて脳天気なことを考えていた。
*****
プルートから降りると異様な空気だった。まず目に入ったのは
――炎。
真っ赤な炎が目に入った。
大好きだった村が炎に飲み込まれていた。私はその光景を目の前に、動くことさえ忘れてしまう。
「聖騎士の奴らが火を放ったんだなっ!! ……クソ」
「あ、アレン。まって」
アレンは炎に向かって走っていってしまった。私は動くことさえできないというのに。アレンはもう見えなくなってしまった。
「……あぁ。八百屋のおじさん」
八百屋のおじさんが串刺しになっていた。おじさんの死に顔は、この世のものと思えないほどの苦しみを味わったような顔。その近くにはたくさんの死体。
「これはひどい」
メーアがポツリと呟いた。まるで、まるで他人事だ。
「ねぇ、メーア。フェイさん達は逃げられたかな?」
「死んでるのよ。……ほらあれは、サク「やめてよっ!! そんな冗談聞きたくないよ」
私は耳を塞ぎ、目を閉じた。メーアが言っている方向に死体があるのなら、私は絶対に見れないし、見ない。
私は震えているのだろう。無性にぬくもりが恋しくなった。
「……これからどうするのよ」
知らない、そんなのどうでもいい。
「あはははははっ、あひゃあははははははは、さっっっいこう〜〜!!! なんてすばらしい日なんだ!? あぁ、ぼくは、わたしはこの時を感謝いたします!! 聖女様っ」
どこかで聞いたことのある、無邪気な笑い声が遠くから聞こえる。あの時フェイさんと会っていた、白い髪の聖騎士が肉の塊に剣を突き刺していた。もうそれ以上、細かくなんてならないのに。
あれ? あの聖騎士が刻んでいる肉の塊。あれが着てるのって緑のエ…………ううん、ちがう。そんなわけない。うん、そうだ。見間違いなんだよね。全部!!
「……なんで? なん、で、こんなことに」
「ヒヒッ、はぁ、あはははは!! あぁ、楽しいなーーー」
その笑い声を聞いていたら、視界がボヤけ始めた。私は顔を背けたことを後悔した。チラリと視界の隅に見えたのは、ポムかもしれな「うあ……なんで、ああっ……うわああああ」ちがうちがう、ちがうポムじゃない、あの隣で倒れているのはだれ? 私の叫び声が私の思考を乱していく。
――サクラちゃん、どうして?
もう考えたくなかった。
こんなに叫んでいるのに、なぜか涙は出なかった。こんなに泣きたいのに、涙が瞳に溜まるだけで零れ落ちてくれない。ただ絶叫だけが辺りに響き渡っていた。今、起こっていることが頭で理解できているはずなのに、思考がかき混ぜられたようにぐちゃぐちゃになっていく。
このまま私も一緒に死ねたなら。
きっと隣にいるメーアが死ぬことを許さないだろう。私はこれから何の為に生きるのか。私の手を振り切って、炎の中飛び込んでいってしまった大切な人を思い浮かべた。
意識が戻る。しばらく放心していたんだと思う。油断していた私の後ろの方から、足音が聞こえる。ここは土の上なのにコツリコツリとまるで石の上を歩いているような音。その音が私に近づいてきている。
きっとその足音は、死神が迎えにきてくれたのだ。
死神なら私を殺してくれる。
私の背後でピタリと止まった死神に、私は勇気を出して振り返ってこう言った。
「あ、あなたは死神ですか?」と。
「俺が死神に見えるのか?」
その人は血まみれだった。赤く染められた洋服よりも、ギラギラとした瞳に魅入られる。
「ア……アレン?」
掠れた声で尋ねてみたものの、確証がなかった。アレンの履いていた、くつは底の部分が凍っていた。あまりにも血まみれで、あまりにも……別人に見えたから。
「他の誰に見えんだよっ!! ――ったくよ」
ガシガシと頭を掻き毟りにんまりと笑っていたアレンだが、苦しそうな声でポツリと呟いた。
「皆、死んでたよ」
「………………そっか」
みんな、しんでた。その言葉は、私の心に染み込んでいく。
生きてる人がいたら、アレンは助けたのだと思う。でもこの場所にはアレンと私以外の人はいない。
「アレンだけの確認だと心配だね!! 私もこれでも医者だし、行かなきゃね!!」
私は元気よくアレンにそう言ってみた。わかってる、わかってるんだよ? 本当はそんなことをしても無駄なんだって。でも少しでも希望があるならば、私はそれにすがりたい。立ち上がり、歩こうとする私にアレンの体が行く手を阻んだ。
「――やめたほうがいい。いや、いかないでくれ。頼むからっ、ダメだ。あんなの酷すぎる」
「…………まだ生きてるかも」
「もう皆、死んだんだよ。ノア」
「アレンの、この分からずやッ!!」
うるさいアレンに向かって、自分の最大限の魔力を身体にまとって威嚇する。久しぶりの解放に高揚とした気分になる。このまま全てをアレンにぶつけてしまいたい、そんな衝動に駆られる。
「私に近づいたら死ぬよ?」
「お前がそれで落ち着いてくれるなら、死んでもいいかな」
「は?」
アレンはやるせなさそうに笑う。私はアレンの言葉に動くことさえできないというか、力が抜けて魔力が、元の場所へと戻っていってしまった。何言ってるんだろう、アレンは。
「まあ、それよりも早く逃げようか。じゃないとノア、腐っちまうぞ?」
「……腐る?」
「人間としてって意味だよ」
まったくもって意味がわからない。
「とにかくここから逃げるのよ、今は家とかを焼いているけれど、森に火が移るのも時間の問題なのよ」
「あ、メーア。……なら、火を消さないとっ!!!」
いつのまにか背後にいたメーアは提案してくれるが、私は火を消したほうがいいと思う。
「もしかしたら聖騎士がたくさん来るかもしれないのよ?」
「なら、なおさらあの男を殺さなきゃッ!!」
メーアの瞳が大きく見開いた。そしてメーアは「めんどくさいのよ」と呟いた後、首の後ろに衝撃が走る。
焦るアレンの顔がやけに目に焼き付いた。そして私の意識は光など一切ない闇に、混ざりあって溶けていった。
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