愛に守られて

 ドアが完全に閉まり、静寂が辺りを包んだ。私は自分の肩にかなり力が入っていたらしく。「はぁ……」とため息をつき、力を抜いた。



「よし、行こうか!!」



 待ってくれているであろうアレン達の元へと走っていった。






「おまたせー」


「遅いのよ、ノア」


「……ん。待ってた」



 アレンを見ていると、顔の力が抜けてふにゃふにゃになりそうだ。



「うわっ、凄い顔だな。丸めた紙みたいだぞっ!!」


 いやいや、どんな顔だよ。もっと可愛いと思うんだけどな。



「変な顔なのはノアだけじゃないのよ」


「ノアだけじゃないって……って俺じゃねーかよ!! メーーアーー」


 メーアの冗談? に怒ったアレンはメーアのこめかみにグーの形の手を押し当てる。あぁ、グリグリ攻撃だ。



「おらおらおらおらーー!!」


「いでててー! 痛いッ! 痛いのよー、馬鹿アレン」







 村の人達からの視線がすごい。とにかくジロジロと見られている。


「……うっ」


 私は今まで経験のないほどの注目と人の目に晒されて、アレンの背後に幽霊のように張り付きながら歩いた。メーアはさほど気にしてないようだが、アレンは少し動きが固くなった。ロボットみたいな歩き方をしている。


 不思議に思って顔を上げると、アレンは耳まで真っ赤になってしまっている。どこか具合でも悪いのかな?



「アレン、どうしたの」


「あー、ノア。少しアレンから離れるのよ。歩きづらそうなのよ」


「へっ!?」


 メーアに指摘され、私はパッと素早く飛び退いた。身体をアレンにぴったりと押し付けていたみたいだ。アレンが動きづらそうにしてるのも頷ける。



「ご、ごめんね。アレン」


「い、いや。平気だ、気にすんな」



 やっぱりアレンの顔は赤かったけど、照れ隠しに頭を掻く姿に可愛いなーという感情が浮かんでいることに気づく。



 まるで年下の子どもに対する考え。



「アレンっていくつだっけ?」


「は? ノアと同じだよ」


「そうだっけ」


「なんで……そんなこと聞くんだよ」


 一瞬アレンの瞳に影が見え隠れした気がした。


「アレンが年下に見えた」


「はぁああ?!」


 そのあと私はアレンのグリグリ攻撃を受けた。





「ノアお姉ちゃーーん!!!」


 聞き覚えのある声が、大きな声で私を読んでいる。声の聞こえる方へ身体を動かすと、一生懸命に手を振っている姿が見える。


「サークラちゃあああん!!」


 私もたまらず手を振り返した。


「いーま、行くよー」


「はーーい」



「ほら、ポム。ノアお姉ちゃんにお礼」


「ありがとう、ノアお姉ちゃんっ」


 サクラちゃんに促され、にっこりといい笑顔でお礼を言ってくれる。


「よかった、次は気をつけるんだよ? ノアお姉ちゃんはちょっとお出かけするから、その間は怪我しないようにね」


「ちょっとじゃなく「わかってるよねー! ポム。サクラと約束したもんねー!!」


「え、うん。怪我しないよ?」


 ポムの言葉をいつも通り遮るサクラちゃん。ちょっとくらい言わせてあげてもいい気がするけど。



「よかったなーポム」


「うん! アレンお兄ちゃん」


「うわっ、きゃあああああー!! すごいー、すごいよ、お兄ちゃん」


 二人はそう言って笑いあうと、アレンがポムを抱えグルグルと回りだす。




「サクラはここに残るの?」


「うん! ……サクラが決めたことだから、メーアちゃんにも文句は言わせないよ」


「別に。言わないのよ」





 メーアと話していたサクラちゃんが、こっちにきて話しかけてきた。


「ノアお姉ちゃんは行っちゃうの?」


「うん、誰から聞いたの?」



 出かけること、誰に聞いたんだろう?



「……パパとママ」



 予想外の人物だった。どうやら村中に広がってるらしい。たった三日出かけるだけなのにな。


「そうなんだ」



「……お姉ちゃん。ポムみたいに困ってる子がいたら助けてあげてね?」


「もちろん!! 困ってるコがいたら助けるよ。私はドール医師だからねっ」






 それからサクラちゃんと離れてから数分後。二人組の男女に話しかけられた。


「サクラを連れて行ってくれませんか?」


「はい? すいません、もう一度お願いします」


「サクラを……一緒に連れて行ってッ!! お願いします」


 空耳かと思って聞き返したが、何も変わらなかった。二人の男女は、サクラちゃんのお父さんお母さんだ。サクラちゃんのお母さんが足下に縋り付いてくる。なんで、そんなに必死なんだろう?



「私は別にいいけど。メーアは?」


「…………サクラはそれを望んでないのよ。それを決める権利などアンタ達にはないのよ? 決めるのはサクラ」


「私達はあの子の親ですッ! いいからあの子を連れて行って……お、おねがいします」



 私は構わないよとメーアの方を見つめるが、メーアは厳しい表情でサクラちゃんのお母さん、お父さんを睨みつけていた。



「お父さん、お母さん」


 蚊の鳴くような声が聞こえた。声の方を見てみると金色の髪でオーバーオールを着ているポムだった。



「お父さん、お母さん。サクラが呼んでるよ? 行かないの?」


「ポム……あっちに行ってなさい」


「ポム、サクラと一緒にこの人達と旅に出なさい」


 お父さんは優しく、お母さんは命令口調で旅に出ろとか言う。


「サクラが呼んでるよ、行かないの」


 ポムは壊れたように、それしか呟かない。


「どうして……命令よ? ポム、お願い」


「サクラはそれを望んでないから。ぼくは今だけはサクラの命令しか聞かない。サクラが呼んでる。早く、早く来て。……あの子、泣いてる。一人は嫌だって、サクラだって怖いんだ」



 ポムの辛そうな表情にサクラちゃんのお母さんは泣き崩れ、お父さんはお母さんの肩を抱いている。



「すまないね、三人とも。……よい旅を」


 サクラちゃんのお父さんはそう言って手で涙を拭った。そしてそのまま二人と一体は、サクラちゃんの元へと足早に去っていった。





 *****





 村の人に適当に挨拶した後。私たちは村を抜け近くの森を歩いていた。



「よし、結構歩いたな。お昼にするか」


「やったーー! お昼だああ」


 近くにある倒木に座ったら、お昼の時間だ。お昼お昼お昼お昼。たべたい、お腹すいたー!!




「実は、俺が作ったんだぜッ! 凄いだろー」


「食べれるものなのかしらね?」


「味見したから平気に決まってるだろ」


「味見じゃなくて毒味なのね」


「メーア、なんで揚げ足を取ろうとするんだよ」



 なんか二人の会話のペースが早い。お昼、お昼。わたし、あさごはん、食べてないから。お昼お昼、たべたい。



「ノアに点数稼ぎをしようとしているのかもしれないけれど、ノアは今お昼のことしか考えてないのよ。……ププププ。残念なのね」


「殴るぞッ!!」


「ノアが悲しむのよ……ププ」


「…………クソ」







「お昼、お昼お昼お昼お昼。ま〜だ〜?」


「……早くするのよ」



 私の限界に気づいたメーアがアレンに指示を出してくれる。メーア大好きだよ。



「ほら、ドラゴン焼きのサンドウィッチだ」



 パカっと開けられたお弁当箱に正気が戻る。



「お昼お昼お昼。おひっ、え……ドラゴンなんか食べれないよ」


「ノアは馬鹿なのよ。別にドラゴンを焼いたわけではないのよ」


「まぁ、簡単に言うとなドラゴンの炎のような火力で焼いた鳥の……ボーボー鳥の肉ってことだ」



 ボーボー鳥っていうのは、体毛がボーボーと生えているからボーボー鳥。確か別名があったはずだけど、覚えてないな。



「食べていい?」


「どうぞ」


 アレンにオーケーをもらって、私は勢いよくボーボー鳥のサンドウィッチにかじりつく。


「……ッッ!」


 口に入れるとまず舌先に味わったのは、じわじわと広がる肉汁。何時間も前に作られたものなのに、焼きたてのように熱い肉。そして肉汁とダンスを踊るように絡み合う甘いソース。



「うまい! 美味しいーよ。モグモグッ。なんで熱いの?」


「うまいなら良かったよ。あ? まあ、ドラゴン焼きだからな」


「そっか?」



 アレンはモゴモゴと答えてくれた。よくわかんない答えが返ってきたけど、恐らくはドラゴンが口から出す炎に触れるとしばらく炎は消えない。うーん、多分それを上手く利用して、うん。



「アレンは料理の天才なんだね」


「……ッ!? 美味しいだろう? 良かったよ、本当にさ」


 素直に褒めると、アレンは今まで見たことのないほどの笑顔を向けてくれた。ただ、それだけのことなのに。私の顔に熱が篭るのを感じた。

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