第1話「お約束?」
月曜の朝。
何度もためらいながら、ゴミ袋を集積所に置く。もう3袋目だ。中身は、10年以上かけて集めたドール用品や小物。
ほとんどの子は里子に出したけど、辛い。
ため息が出る。
3○歳、独身。内田安奈。ちょっと(?)太めのOLさんだ。収入の大半を趣味に使ってきたけど、このままじゃ貴腐人。さすがに危機感感じて始めた婚活。髪切った。服買った。やっと手応えありそうな感じ。ちょっと丸くて、趣味も腐りかけのわたしにも、やっと春が来そう。そのためにも、涙を呑んで社会復帰しなきゃ。
後ろ髪引かれる思いで、アパートに引き返す。と、パンツの裾が、クイクイっと引っ張られる。太ももがきついのは、公然の秘密だ。
足元には、田中さん家のわんこ。名前つけたらいいのに。わんこと言っても、わたしが20代の頃からいるから、もうかなりの老齢。おまけに、どう見ても犬じゃない。しわくちゃの古だぬき。
田中さんのお爺ちゃんが山で拾ってきたらしいけど、今では、というより昔からたぬきにしか見えない。時々おやつあげるせいか、わたしに妙になついてる。
ここ最近はなんだか縮んで歯も抜けて、立派なお爺ちゃんだけど。
それより、なんで引っ張るの?おやつほしいの?わかんないけど時間がない。今日も仕事なのだ。
わんこをくっつけたまま、アパートを目指す。
もう一袋出さなきゃ。生活精算して、幸せ掴まなきゃ。せっかく始めた婚活、頑張れわたし。
バラ色の新生活を妄想していたら、不意に、わんこが引っ張る力が強くなった。
え、なに?って思った時は、すでに炎と爆音に包まれていた。
最後の記憶は、炎上するアパート。
(ああ、証拠隠滅できなかった)
最後に浮かんだのがそれって、やっぱりわたしだめだわ。わんこ、ごめんね。巻き込んじゃったかな?
そこで、意識が飛んだ。
気がついたら、知らない場所だ。あ、これ死んだな、わたし。こういうのって、白い壁の部屋が定番だと思うけど、なに、これ?
夕陽の挿す広い部屋。並んだスチールデスク。木造の壁と窓枠窓枠。窓口奥の初老の男性は、白髪で少し着古したスーツ姿。手には書類の束。まるで昭和の村役場。
「土田安奈さん?」
「あ、はい。」
書類を持った男性から、不意に名前を呼ばれる。
「手続き済ますから、必要事項記入して。」
一昔前のお役所のような、事務的な感じ。とりあえず返事しとこう。
「え、あ、はい。」
書類には、名前、年齢、出身地の記入欄。その下に、本人希望事項。最後に印鑑だ。なにこれ?
「書きながら聞いてくれたらいいけど、君の事故死は予定外だったんだよ。だからこの窓口で希望を聞いて、しかるべき場所に生まれ変わってもらうことになった。」
あ、やっぱり死んだんだ、わたし。仕方ない。腹括ってお約束のチート要求するか。
「希望欄は、やってたオンラインゲームの能力を得るって可能ですか?あと、あなたは神さまですか?」
うん、転生の基本はこれだね。能力チートなら、どんな場所でも大丈夫かも。
「すまんがオンラインゲームというのがよく分からん。なにせ窓口業務は50年振りなので、今の現世には疎いんだよ。それと、私は神さまなんて上級職じゃなくて、ここ転生課の主幹だよ。」
何それ?50年振りって高度成長期ごろ?それじゃ話が通じないわ。お約束のチートが手に入らないよ。
それに主幹って、役所の課長級じゃない。しかも転生課って。なんだかロマンのない転生だわ。
「すいません、係の人、呼んでもらませんか?」
この人じゃ話にならない。さっきから時計チラ見してるし。4時55分。5時ダッシュする気だわ。
「あー、山田くんならね、最近疲れてて休ませてるんだよ。日本からの転生者が無茶ばかり言ってね。夜も眠れないらしいから。」
それってどうなの?転生者、迷惑掛けすぎ。人のこと言えないけど。
「あ、あと5分で書いて。もうすぐここ閉めるから。」
んー、どんだけお役所仕事なの?今どきの公務員さん、もっと親切だよ。
一か八か、ダメもと。なるようになれ。
「じゃあ、遠距離の通信能力と、わたしの部屋にあるドールハウスと、ドール用品を実体化する能力ってできますか?」
「ドールハウスって、ミカちゃんとかのあれだね。そんなもので良いの?」
主幹さんは少し考えてから、書類に判を押してくれた。
「あと、君の身体はバラバラになったから、部屋にあった一番思いの強い人形に宿して人化させるよ。実体化させる品物は多すぎるみたいだから、あとから購入できるようにしとくよ。」
主幹さん、やっぱり常識人だわ。平成日本の非常識さが判ってないね。
「時間だから行ってもらうけど、転生先の希望が書いてないからランダムで送るよ。細かいことは冊子を読むように。じゃあ、妖魔にやられないようにね。」
時計の針が5時を指し、サイレンが響く。やっぱり村役場じゃない。徐々に意識が薄れる中、なんだか最後に重要なこと言われたような気がした。
第2話予告
異世界に降り立った安奈を待っていたのはまた、残念なお知らせだった。昭和のノスタルジーに彩られた、装備と異能。時代遅れの管理者が与えた、チート。期待と幻滅、昭和と異世界とを遠心分離機にかけてぶちまけたここは、漆黒の森ネーレ。
第2話『残念感』。次回も、安奈の落胆に付き合ってもらう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます