勇気の剣

「おぉ……」



TRANCEを出ると、そこは木々が生い茂る森になっていた。

地上の木とは異なり、紫色の葉っぱを着飾っている。

木々のサイズはバラバラで、自分の身長とあまり変わらないものから、歴史を感じるたくましい幹も多く見られる。

驚いたことに、どこまで高いのか検討もつかないものもあった。

「ここの草木は太陽光の代わりに、この世界でできるクリスタルから、栄養を作り出しているんだ。それは宝石みたいにきれいで、なんと光源になるんだ!」

ジャックは得意げに語る。

「へえ」

と僕は短く返す。

「かめじいから教えてもらったんだ。クリスタルはこの世界の太陽の代わりになってる。昔、集めたものをみんなで協力して天上に嵌める、大規模な工事をしたんだ。お陰で地下でも明るいってワケ」

それを聞いて浮かんだ、

(地上へのお土産にしようかな…帰れたらの話ではあるんだけど…)

などというぼんやりとした僕の意識は、つかの間に飛んでいった。

「おい!お前人間だろ!」

突然どこからか少年のような声が聞こえた。

「え?」

と反射的に返事をした瞬間、バシッ!という鈍い音と共に、ヌメヌメしたなにかが顔にぶつかった。

「おい人間!おいらと戦え!」

とりあえずジャックに説明を求める。

「このモンスターは?」

「スライムだね。湿気が高いから、ここら辺に住処を置いている。あのサイズだと、かなり下っ端。言っちゃ悪いけど雑魚中の雑魚だね」

「おい!聞こえてんぞ!とにかく戦えよ!」

スライムは不満そうだ。

とりあえず雑魚と聞いたからにはと、遠慮なく、掛け声とともに攻撃を繰り出した。

「おりゃあ!」

ベチャ。

短すぎる戦闘だった。

そして僕達は、かめじいの言っていた「なにかに包まれる感覚」になった。おそらく、レベルが上がったのだろう。



「いてて…人間ってのはやっぱ強いんだな」

スライムが顔をしかめながら、そう呟いた。

「何かあったの?」

ジャックはそう問いかける。

「お前らに言ったところでどうしようもねえよ……」

と言いつつも、スライムは語り始めた。

「スライムは弱いモンスターなんだ。他の種族よりもずっと。

だから身を守るために群れで動くんだ。

その中でも大きくて強いスライムの王様はみんなをまとめる立場になる。

そいつの名前はファッティっつうんだ。

だけどファッティはゴミクズ以下のクソ野郎で、ほかのスライムに働かせて、自分はふんぞり返るだけだったんだ」

スライムは大きな目を釣り上げ、ぷるぷる震えている。

「おいらはそれが許せなかった。だけど王様はLv3。Lv1のおいらよりずっと強い。

だからお前でEXPを稼いで、おいらがあのクソニートをぶっ潰してやろうと思ったんだ」

襲われた自分たちからすればたまったものではないが、このスライムに不思議と怒りは感じず、むしろ理不尽に立ち向かう姿勢に尊敬の念を覚えた。

「どのみち人間はこの世界では生きていけない。悪人かもしれない。だから襲ったんだ」

この世界で人間に会うというのは、目の前に指名手配犯が現れるようなものだ。このスライムはだから襲ったと言うが、相当肝が座っていなければとても出来ることではない。

「アス、助けてあげようよ。これも何かの縁だ」

僕はジャックの提案に賛成した。

「そうだね。見捨てるわけにもいかないし」

「おいらたちを助けてくれんのか!ありがてぇ!お前らすっげぇ強かったしな!」

僕とジャックは思わず苦笑した。あれで強いと言われても…。



「ここが、おいらたちの住処だ」

透き通った湖のそばにそれなりに立派な城があり、その周りにはスライムが住むにはちょうど良さそうな家があった。

僕達は王がいると思われる城に歩いていった。



早速入口で門番に止められた。

「はいはい、ここは子供は通れないんだ。お家に帰りなさい」

「いいから通せ!こいつらはファッティをぶっ潰しに来たんだ。お前を倒してでも通らせてもらうぞ!」

これを聞いて、門番はちょっと考えたと思ったらあっけらかんとこう答えた。

「まあいいや、入れよ。どうせ俺の仕事、ここにいるだけだから」

僕とジャックは

「どうもすいません…」

と頭を下げた。

「気にすんな。どうせこんな役回りだと思ってたから」

さらに申し訳ない気分になった。

「お疲れさまです…」

小声で彼に声をかけながら、僕達は難なく侵入を遂げた。

城内を進んでいく。沢山のスライムが忙しなく動いている。スライムの身に合わない大きい城だ、掃除も大変なことだろう。

「ファッティはここに1人で住んでるんだ。無駄にでかい城作って、おいら達に雑用を押し付けてきやがんだ。ったくほんっとにふざけたやつだ!」

ライムは顔を熱で赤らめながら、ぴょんぴょん跳ねて進んでいく。

無駄に長い廊下。きらびやかな装飾に、重そうな石像。中々見応えがあった。

しかしすぐに飽き、特に大したイベントもなく、ひたすら廊下を進んでは、階段を上っていく…その繰り返しに思わずため息をつきたくなる。しかもだんだん足が痛くなってきた。この城の大きさを甘く見ていたようだ。

「ライムにまだつかないの?」

と尋ねたところ、

「知るかよ……そういや、この城のどこかに、武器が隠されてるって話を昔、前の王様に聞いたな。ついでにそれを探してみるってのはどうだ?」

と返答が来た。言ってみるものだなあ、としみじみ思う。

「ファッティと戦うことになった時に役に立つね。探してみようよ」

ジャックに賛成して、宝探しを開始した。

階段裏、石像の裏、食堂の暖炉など、手探りで探していく。しかし、見つかったのはお菓子やお金などで、大したものは見つからなかった。

そうこうしているうちに、目的地に近づいていく。

何度目かの階段を登り終え、廊下を進む中でふと、大きなスライムの肖像画を見つけた。僕はなんとなくライムにその前に立つよう促した。怪訝な顔をしながら、ライムが絵の前に立つ。保護色になって、ライムの顔が浮き出ていた。

「ぶふっ」

吹き出した。

「何笑ってんだてめえ」

ライムはすかさず僕に反撃をいれるべく突進し、お互いにわちゃわちゃとじゃれ合った。ジャックはあまりの緊張感のなさに呆れた表情を浮かべた。

「やれやれ…ん?これは……あ!アス、ここになにかある!」

しかたなく僕はライムとのほっぺたのつねりあいをひとまず中断することにして、ジャックが指さすところに視線を投げた。

「ここ、スライムの顔のほっぺたの所にドアノブがあるんだ」

水色のドアノブ。

「これは気づかないよなぁ…」

ライムがため息混じりにそう呟いた。

それを開けた先には階段があった。暗い空洞にロウソクが揺れる。下には案の定、宝箱があった。

「よし、開けるよ…」

しかし、空っぽのすっからかん。

「おっかしいな…」

「待ってアスフ、これを」

ジャックはロウソクの炎をかざした。

見事な剣があった。驚くほど透明で、炎の光を反射している。この部屋を作ったモンスターは、保護色で隠すのが好きらしい。

「壁になにか書いてある」

ジャックはロウソクの火を頼りに、それを声に出して読んだ。


<ポッキリの剣 目的は不明だが、昔、ポッキリ族というモンスターが鍛え上げた剣かもしれないと、私の父は言っていた。斬れ味が良く、見た目も美しいが、なんと1回の使用で壊れてしまう。使い道が分からないが、いつか誰かの力になるかもしれない。ここを見つけた物好きに、この剣を託す。拾い物だし。

ポッキリの剣ではいいづらいので、誰も知らない、ということから、忘却の剣と名付けた>


「1回で壊れちまうのか!?つっかえねえなこの剣!なんでこんなの作ったんだよ!」

期待外れの性能にライムが憤慨した。本来剣とは攻守一体の者であるが、防ぐも切るもワンチャンスなら剣をメインに戦うことはまず無理だ。近距離を想定したものゆえに一撃必殺を狙うことは不可能ではないにしろ、あまり現実的とは言えない。僕も大いにがっかりな得物だと思う。

「まあ、切れ味はいいみたいだし、無いよりマシだよ」

それでもジャックがライムをなだめながら、進行を再開した。

隠れ部屋を出て、右折する。その先にはとても大きい、白い扉があった。スライムが使うにはあまりにも大きすぎるサイズだ。まさにボス部屋と言ったところだろうか。

城のゴールであることを理解し、覚悟を決めた。三人はお互いを見やり、頷き、ボス部屋のドアを力任せに押し開けた。



そこには、椅子があるだけのだだっ広い空間の中で、窓を眺める人の形をしたスライムがいた。こちらに気づいて振り返る。

「なんだキサマらは」

ライムが前に出た。

「ファッティ!みんなの苦しみ、王様の無念、今こそ晴らさせてもらう!お前はここで終わりだ!」

それに対してファッティは、邪悪な笑みを浮かべてこう言う。

「……そうかそうか、ついに反乱分子が我が城にやってきたか。…弱者が強者に楯突いた結果、どうなったかは知っているようだが?」

「うるせえ!王様を何のためらいもなく殺しやがって!この……このサディストが!」

そう叫んだライムの体が、怒りで赤くなっていった。

「フン、なんとでも言うがいい。愚民どもはキサマらの死体を目にし、恐怖に誰もこの俺に歯向かうことはなくなる。そして俺の圧政は更に強化される。お前はマゾヒスト代表だな?」

煽りに耐えかねたライムは、熱で真っ赤になった体をファッティにぶつけた。

しかしファッティは何のこともないように拳を奮った。

あの時のように、小さい体は吹き飛んだ。

「ライム!クソッ、やはり戦うしかない!」

早速ジャックと僕は奴と間合いを詰めながら、攻撃体制に入った。二人で左右からパンチを繰り出す。

奴は少し体制をかがめ、ジャックと僕の拳を両手で受け止め、更に僕を殴り飛ばした。

そのスキをみて、ジャックはファッティの腹に蹴りを見舞おうとした。

その時、奴の空いた手から、飛沫をあげながら拳が飛び出した。ジャックは驚愕に目を見開き、拳を腹に受けた。

「ジャック!」

僕は焦って叫ぶ。倒れたジャックは、腹を抑えながら、ゆっくり立ち上がった。

「ほう、この俺のハイドロナックルを受けて立っていられるとは、なかなかタフじゃないか。普通はアバラが折れる」

ファッティは意外そうに、そして楽しそうにそう呟く。

「大……丈夫だ」

ジャックの言葉にほっとしたのも束の間、僕の元にいつの間にかファッティが迫ってきていた。

咄嗟に回避をとるが間に合わず、頬に重いパンチを受けた。衝撃に目が眩み、口の中に血の味が広がる。リアクションを取る暇も与えられず、腹に膝打ちをくらった。

肺から息が抜け、痛みに思考が停止する。思わず腹を抑えて後ずさりしながら激痛に身を捩り、喘ぐ。

「この程度で俺を倒す気だったのか。フッ……笑わせるな、雑魚どもが」

王はいつでも煽りを忘れない。

「うおぉぉおおお!」

それに反応するように、ジャックが怒りの形相でファッティに迫る。だが、頭を捕まれ、地面に叩きつけられた。

首をつかまれ、小さい獣の体は宙に浮いた。

「ゲームオーバーだ」

ジャックが殺される。これまでに無い焦燥感が襲う。まるで自分にナイフが突き立てられているようだ。

助けに行かなければ。しかし、体は激痛で動けない。無力な自分に絶望し、歯を食いしばった。

「ふっざけんなぁああ!」

ライムが突進した。しかし、肘で撃ち落とされ、さらに足で踏み潰されてしまった。

容赦の無い攻撃。助けを求めて揺れる二人の瞳は、急速に光を失っていった。

痛みと思考が吹き飛んだ。



魔王でいるのは楽しくて仕方がない。

勇者と自分のあまりの力の差に、限りない優越感と全能感に満たされる。

背徳行為は俺に快楽をもたらすのだ。

だが、力の差がありすぎる故に、この時間はとても短い。

ならば、全力で潰してやるのが彼らへの礼儀であり、感謝だ。終わりにしよう。

魔王は右手に力を込めた。

その瞬間

右手が宙を舞った

目の前に

剣を握った少年がいた

剣は細かい粒子となって、この空間の一部となった

それは、この空間の支配者が変わったことを意味する。

ターンエンド。そしてそのターンは戻らない。



僕は、本能の従うままに、剣を奮った

奴の右手が吹き飛んだ

何かが僕に流れ込んでくる

肉体と精神が乖離し、思考がトリップする。

素晴らしい夢を見ているようだ。

体は発熱し、身体の重さと軽さの、相反する二つのモノが、次元を超えて統合する。

右に拳を振るい、重心を傾けて足を回す。

望み通り、目の前の玩具は楽しげに揺れる。

攻撃を繰り返すほど、攻撃は重く、鋭くなる。

瞳は炎のように激しい深紅に染まり、発熱しているかのように発光し、さらに瞳孔は極端に大きく拡大されていた。

加速感と快楽。爽快感と滾る熱さ。

これは…



魔王は恐怖を覚えた

人間の力ではなく。

これは…あの「殺意」なのか。

痛みは既に忘れ、急速に恐怖に飲まれていく。

モンスターたちの命を、本能のままに虐殺で塗り替える悪魔。

(こいつもなのかッ…!)



ファッティは元々、ただの1匹のスライムだったが、殺意の出現場所にいて生き残ったモンスターでもあった。

彼はEXPを得ることで、身体能力を上げ、少しでも自分が生き残る可能性を増やすためにモンスターを殺した、通称「モンスター殺し」。

そうして自らの魂を引き裂いて得たEXPにより、自らのレベルを上昇させた副産物として、自分の形を変えることができるようになった。

やがて殺意の脅威が過ぎ去った後、彼は人間の姿になり、王を殺し、スライムたちを恐怖で圧政し、支配し続けた。

そこで人間の姿を選んだのは、モンスターを怖がらせる他に、もう一つの理由があった。

人間は、強いから。



そう思っていたことが、間違いだったことに、たった今気づいた。

人間が、怖くて仕方がないから。

人間になれば、人間になった気になれる。

人間を、恐れずにいられるから。

人間が、怖いから。



魔王は、屈辱を知った。

恐怖を怒りに変えて、立ち向かった。

「調子に乗るんじゃねえええぇぇぇえええ!!!!!!!!!!!!!」

勇気を振り絞り、宿命に抗った。

左手を剣に変え、人間に斬りかかった。

旗から見れば、その姿はもはや魔王ではなく、巨人を引っ掻く小人であった。

だが、その一瞬は、勇者のように勇敢でもあった。

魔王は表情を変えずに、上体を逸らしてそれを避けた。

また、赤い目と、あの拳が迫ってくる。

彼は、勇者から、ただのスライムに…いや、臆病者に戻った。

「や め て く れ !!!」

咄嗟に魔法を放った

苦し紛れの抵抗が、その拳を遠ざけた。



「うー……ん?」

(あれ、ここどこだっけ……身体中が痛い……そうだ、確かファッティと戦っていて……あ、そうだ!ジャック、ライムが危ない!)

その思考にたどり着くや否や、ばっ!と勢いよく体を持ち上げ、ジャックとライムの様子を確認する。

良かった、無事だ。

「アス……フ…なの?」

ジャックは地面に両手をつけた体制のまま、怪訝な顔で僕を見ていた。

「大丈夫……なのか?あ、目が元に戻ってるな……」

ライムも似たような反応をしている。

(一体…?)

その時、怒れる王の咆哮を聞いた。

「キサマ……キサマは絶対に許さんぞ!指1本残さず、切り刻んでやる!」

ファッティが肩を震わせながら、青い牙をむき出しにして、剣を構えてこちらに進撃してくる。

「よく分かんないけど、そんな場合じゃない!戦わないと!」

迫る剣を、ギリギリの所で躱した。これでは近づけない。

(どうしたら…!)

「くたばれぇ!」

すぐ横にいたジャックが水の拳で吹き飛ばされた。モタモタしていられない!

「アスフ!!!!おいらに考えがある!!!おいらが武器になるんだ!お前とおいらで!奴を倒すぞ!!!」

それに対し、大振りの攻撃をギリギリでかわしながら、

「できるのか!」と吠える。

「とにかくやるしかねえだろ!!!お前に体当たりするから!!しっかり受け取れ!!!」

しかし、無理な体制にでの回避により、膝をついたところを、憤怒の形相のファッティが容赦なく剣を叩き込まんとしていた。

その一瞬、両手がショートソードを掴み、激しい衝撃とともに、金属音が鳴り響いた。

「いくぞ!ファッティ!てめえを斬るのはおいらだぜ!」

喋る心強い武器を手に、反撃を開始する。

手加減の全くない本気を感じさせる、鈍く重い音が響く。絶え間なく火花を散らす、激しい斬り合いが始まった。

相手は何故かあまり攻めに出てこない、攻めるなら今と、思いっきり踏み込んで全身に集中させたエネルギーを、突進と斜め切りに変換する。

ファッティの体制が崩れた。

緩んだ防御の隙間から、相手の体に傷をつけていく。その度に、何かが頭に流れ込んできた。

急に体が軽くなり、己の攻撃も重くなった。

意識と体の接続が徐々に切り離され、加速感が増していく。

無意識に笑みが浮かんだ

「オラァ!ぼーっとしてんじゃねえぞ!お前は殺意じゃねえ!お前はアスフ・ルートだろうがぁあああ!!!」

剣の姿のままのライムが叫んだ己の本名が、アスフの耳に届いた。激しく燃え盛っていた紅は、元の落ち着いた茶褐色の自分の姿を思い出した。そのまま眦を釣り上げ、勇者の剣で、討つべき敵に、最後の一撃を放った。



声も無く、無様に震えながら、臆病者は、崩れ落ちた。



彼の剣は腕に戻り、床に手をついた。そして、人間の姿が、太ったスライムに戻った。

それを見ていた僕らを、「何か」が包み込みながら、激闘は終幕を迎えた。



「殺さないでくれ……たのむ……」

さっきまでの戦闘が嘘のように静寂に包まれ、この太ったスライムは縮こまっている。

ほっと息をつき、ジャックとライムの相談が始まる。

「ライム、こいつをどうするつもりだったんだ?」

腰に手を当てながら、僕は横目でライムに言った。

「え?それはまあ、ぶっ飛ばす?」

「考えてなかったんだね……」

とぼけた返事にジャックが呆れた。

「とりあえず縛っとくか?」

「うん、それからここのスライムたちにどうして欲しいか聞いてみようよ」



城を出た。縛られたファッティに城内や見張りのスライム達は罵声を浴びせていた。

村の中央にファッティを縛り付け、全てのスライムを集めた。裁きの時だ。

取り仕切るのは、ライム。

「みんな!俺とこいつらで、ファッティを懲らしめた!これからは、前の王様みたいな、優しくて威厳のある王様にまた治めてもらおうと思うんだが、異論はねえな!」

これを聞いたスライム達は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら「おーー!」と大声で民意を示した。泣いて喜んでいる者もいた。

「じゃあ、王様は後で決めるぞ!このクソッタレを、みんなはどうしたい!」

静まり返った。おずおずと、少女のスライムが挙手をした。

ライムが中央に来るよう促した。

少女は語り始めた。

「あの……王様、私のお父さん……は、このスライムに、殺されてしまいました。絶対……許せないです」

それが引き金となり、罵声が飛び交った。殺せコールも始まった。

「でも!殺しても、お父さんは喜ばないだろうし、その……殺したら、このスライムとおんなじ……だと、思います。

だから、この人は、また悪さしないように、この村を出ていってもらいたいです!!!」

また、拍手が飛び交った。それでは納得いかないというスライムもいたものの、最後は村の追放で決まったようだ。

ファッティはシールドに連行され、刑務所にぶち込まれたらしい。(この間、村のスライムは僕のことを黙ってくれていた)

僕らはスライムのみんなから手厚い歓迎を受けた。

ぷにぷにの体から丸っこい手のようなものをうにょーんと伸ばして、握手を求めてくるスライムたち。ぴょんぴょん跳ねて喜びを表現しながら、「ありがとー!」「かっこいー!」「俺見えないんだけどー!」と、激闘を終え、満身創痍の僕達にお構い無しにわとゃわちゃと集まってくる。

苦笑しながらやっとこさ抜け出して、少女のスライムに案内してもらい、スライム用の宿にお邪魔することになった。

文句無しのいい宿ではあったのだが、ひとつ小言を言わせてもらうとしたらご飯がやっぱりサラダだったことだろうか。

それから、食後の紅茶を飲みながら二人と少しお喋りをした。

「そういえば、アスのお兄さんはどんな人なの?」

「そうだなぁ…いっつも僕のことをからかったり、バカにしたりするけど、転んだら手を差し伸べてくれる…そんな感じかな」

語りながら蘇るあの時の景色。冗談が好きで、明るくて、森の動物や、植物とか、僕が知らないことをみんな知ってる。それに、いっつも僕の先にいるくせに、どんなときも僕を一人にしないで、なんだかんだ待っててくれて…思い返せば、僕は兄にベッタリだった。

「いいなぁ…僕にも兄弟がいたら良かったのにぃ!」

ジャックがむっとテーブルに載せた顎を突き出しながら、不機嫌そうに文句を並べる。

「親に頼んでみればいいんじゃねえか?」

ライムは紅茶を自分の頭に垂れ流しながら、突拍子もない提案をぶっ込んでくる。

「頼んだら出てくるもんなの?」

僕は紅茶を頭で飲んでいる(?

)ことよりも、そっちの方が気になって尋ねた。

「さあ…でもおいらの友達はそれで出来たらしい」

ジャックはというと、帰ったら頼んでみよう…みたいな顔をしながらうんうんと頷いていた。

「そういや、アスにも父さんと母さんはいるんでしょ?どんな人なの?」

僕は持ち上げた紅茶を元に戻したながら僕は言った。

「母さん…僕、知らないんだ」

「それって…」

「物心ついた時からノスと父さんの3人だけ。その生活が普通だったんだ。聞いたら、母さんは病気で死んじゃったから、もういないって言われた」

ちょっと空気が重くなったのを感じて、慌てて繰り返す。

「そろそろ寝ない?みんなもう眠いだろうし」

二人は頷き、一緒に紅茶を飲み干し、上がった体温が誘う眠気に身を委ね、睡眠前の挨拶をおばちゃんスライムにふわふわと告げてから、三人で布団に倒れ込んだ。

(そういえば、父さんも質問のあと、誤魔化してなんかの昔話をしてくれたっけ。なんだったかな…確か生き物…大きくて…強そうな…)



ちょっと父さん、ねえ

なんだい、二人して、今日は外で遊ばないのかい?

今日は雨が降ってるんだよ、だから暇なんだ

そうそう

地下に本が沢山あるだろう?それを読みなさい

やだよ、もう飽きた、字ばっかり見たって面白くない

僕も字は苦手

そういえばさ、気になったことがあるんだ、この前読んだ本に、「子供を作る」って書いてあったんだけど、どう作るのか教えてくれよ!

僕も知りたい!

ええと、それは…あ!そうだ、久しぶりに父さんが昔話をしてやろう

ごほん

ある日、少女は大きくて、強そうな生き物に出会いました。真っ白で、鋭い牙と爪を持っています。その生き物は言いました。

「私は神の使い。世界の管理者の代理として、貴様に頼みがある」

「なあに?」

「?ちょっと待って、誰かこっち見てる」

やば、アス、逃げるぞ

ちょ、ちょっと待って

ぷつん………



無事ですか!?

タルト…みんなはどうなったの?

彼らはあなたを逃がすために、必死で抵抗しています!しかし、全滅は時間の問題です!

ガロンを放つ許可を下さい!その隙にあなただけでも…

その言葉を聞いて、少女は目の前の亜人の頬を自らの小さな手で包んだ。

小さなモンスターははっと目を見開き、一瞬の抵抗の後に、彼の意識は少しずつ、穏やかに瞼のカーテンで閉じていった

そしてその光景は光に包まれ、、 、やがてフッという音と共に闇に覆われた。



はっ…

僕は勢いよく目覚めた。

夢にしては随分とリアリティがあって、内容もはっきり覚えていた。

(ジャックの家の時も似たような夢を…)

すると、ジャックも困惑した顔で上半身を持ち上げているのに気がついた。

顔を見合わせ、ジャックが言った。

「変な夢見ちゃった…」

僕は少しの間固まってしまったが、おばちゃんの朝食の合図に

「はっ!」

の一声とともに体全体を覚醒させ、ライムを起こしつつ食堂へと向かった。

やはりサラダだったことは言うまでもない。



朝食後の身支度を済ませ、宿を出てから、森の中のスライムの村を改めて見渡す。青いぷにぷにが勢揃いだ。どうやらスライムたちは僕達を見送ってくれるらしい。スライムたちに感謝と挨拶をしていると、昨日のスライムの少女がぴょんぴょんしながらやってきた。

「あ、スライムさん、昨日はありがとね」

ジャックの言葉に、体全体をふるふるさせながら、

「いえいえ!こちらこそなんとお礼を言ったらいいか…!そうだ、お礼を…渡しに来たんだった」

そういいながら、彼女は頭の上に乗っている小さなハコを僕に手渡した。

中身は、小さな銀色の鈴。

「私の祖父が、死の前日に私に持たせたものです。何かあった時は、これを使いなさいと…ですが、もう私たちには必要のないものです。どうせなら、皆さんが使って下さい」

ここは有難く受け取っておくべきだろう。僕は鈴をハコに収め、ポケットに突っ込んだ。

「ありがとう。頑張るよ。…あ、一つ気になったことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「なんで僕は人間なのに、みんなこんなに親切なの?」

それを聞いて、クスッと笑った後に、

「スライムは単純なんですよ!」

と、後ろでこちらの様子を伺う小さなスライムに笑いかけた。

それを見た彼は目をぱっと開きながら、ポーっと湯気を出しながら頬を赤らめさせた。

それから、その様子を見てニヤニヤしている僕達に、渾身の体当たりをぶちかました。



「そろそろ行こうか」

このままだと動けなくなってしまうので、行動開始の合図を出した。

「行っちまうんだな……」

初めて見た寂しそうな表情に、なんだか少し胸が苦しくなった。

「ライム、また会おうね。今度は悪いのに支配されないように、もっと強くなってね」

「おう!いつか、またお前らに恩返しができるように、もっと強くなる!この恩は一生忘れねえ!楽しかったぜ!」

「ライムのおかげで助かった。勇者みたいだった」

「茶化すんじゃねーえよ!ジャック、今度こいつがああなったら、お前が何とかしてやれよ。こいつの子守り、よろしく頼むぜ!」

「なんだとー?」

と僕はライムのほっぺたをつねった。やめろやめろと言っているけど、彼は眩しい笑顔で輝いていた。

しつこくつねってたら本気で突き飛ばされた。



こうして、僕とジャックは共に戦ったライムという友と別れることになった。


しかし、またすぐに再開を果たすことを、僕はまだ、知らない。



第2部 勇者の剣 終














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