透明睡蓮は眠りたい
ワラシ モカ
第1話 とうめいにんげん
うちのクラスには不登校のやつがいる。名前を「いろなしすいれん」といい、透明と書いて「いろなし」と読む。小鳥が遊ぶから「
まぁ、面白半分の冗談みたいな噂だったし、学校のイベントやらですっかり「いろなし」さんはクラスにおいてその存在ごと透明となってしまった。
机は教室の入ってすぐのところにずっと置いてある。「あ」で始まる人がいないから「いろなし」さんは出席番号では一番最初だ。7月の席替えを機に、僕は「いろなし」さんの一つ後ろの席になった。だからこそ今「いろなし」さんについてあれこれ考えているのだ。
「本庄、帰ろう」
「おう」
そう声をかけてきたのは友人の関戸だった。誰とでも仲良くなれるクラスの盛り上げ役だ。僕とは対照的な性格だが、小学校の頃からの付き合いなので自然とつるむことが多い。
「ぼーっとしてたけどもう夏バテか?」
「いや、この暑さはもうバテるだろ」
ここ最近は記録的な猛暑で連日ニュースになるほどだ。
「たしかにな、早いとこ避暑地に行きたい」
「今年の夏はどこに?」
「ハワイからの冬のオーストラリア」
こいつんちは金持ちだ。今回はしかも2本立てとは。
「お土産よろしく」
「はいよ。で、お前はどっか行くの?」
「どこも」
「そっか」
「あ、でも」
「?」
「とうめいにんげん探すかも」
「とうめい……? あぁ、いろなしさん?」
「まぁ冗談だけど」
「自由研究になりそう」
「なるかよ」
「いないものをいるものとする、みたいな?」
「それっぽくせんでええ」
などと他愛ない話を繰り返しながら僕らは家路へ向かった。
実際のところ、僕にはほんとうに夏休みの予定がほとんどない。せいぜい、図書館で涼みながら本を読むかゲームをするかしながら時折勉強を進めていくだけだ。なんなら、それは夏休みじゃなくてもやってることだ。
じゃあせっかくだし、一人で田舎のばあちゃんちにでも行ってみるか、などとインターネットでチケットを検索したり、そのままネットサーフィンを楽しんでいたらいつのまにか夜になっていた。父は今日は仕事が忙しいらしく、母は当直を変わっただとかでなにかコンビニで買って食べておいてくれない? という連絡が入っていた。
コンビニは家から15分ぐらい、正直面倒だ。ということでありあわせの料理でも作ろうと思ったが、冷蔵庫は驚くほど空っぽだった。僕はため息をついていそいそと支度をした。
それこそ馬鹿正直に行くと15分かかるが、バス通りの向かいにあるフェンスを越えて直進すればその時間は半減する。問題はフェンスの向こうが廃病院であることと、幽霊が出るという噂である。「とうめいにんげん」といい幽霊と言い、今日はありもしない存在について考えることが多いな。まあ、いるはずもないのだから、遠慮なくフェンスをよじ登るのだけど。
雑草が生い茂る道なき道を通り抜けると息をしていない建物が現れる。総合病院で昔は母も看護師として勤めていたらしい。まだ廃院になって7年ぐらいだから、あきらかな廃墟感はなく、花壇にはマリーゴールドが植えられている。
「は?」
いやいや、なんで咲いてるんだ? 一週間前にもここを通ったが花は咲いていなかった。急に冷や汗を掻きだした。そんな時、視界の端に白いものが見えた。そちらを見ると白いワンピースを着た少女がいた。手にはじょうろを持っている。僕は硬直して声を出せずにいた。
「……」
「……こんばんは」
透明感のある声で彼女はあいさつした。その声は聞いてるだけで涼しくなりそうだ。髪は闇夜に溶け込む艶やかな黒色で、白いワンピースに引けをとらないほど肌は真っ白だった。すらっとしていてはかなげな弱々しさをまとってこちらに近寄ってくる少女は僕より少し背が低かった。思わず見とれていた僕はようやく口を開くことができた。
「あなたが植えたんですか?」
「……そう」
「なんで植えているんですか?」
「……302号室の子が、花が見たいって」
彼女が指さす方向は廃病院の三階だ。彼女は微笑みながら手を振っているが僕には何も見えない。
「……ええと」
「あなたは……迷い込んできたの?」
「いや、コンビニに」
「えっ?」
「え?」
彼女は少し目を丸くしていた。意味がよくわからず思わず僕も聞き返してしまった。
「……幽霊じゃないの?」
「……はい、幽霊じゃないです」
彼女は少しうつむいて言葉を探しているようだった。
「……ここにいる人たち、みんなこっちに残っている人たちだったから。ごめんなさい」
深々と謝られる。
「いやいや、それはいいんだけど、あなたは見える人なの?」
「そう」
「そうなんですね」
会話が続かない。
「ええと、本庄湊といいます」
「……私、
「えっ?」
今度は僕が目を丸くした。彼女は小首をかしげていた。
「公立第三高校1年6組の透明睡蓮さん?」
「……そういえば、そうだったかも」
ほんとうになんというべきか。というか、同い年には見えなかった。同世代の、というかクラスの女子はどちらかというとにぎやかで華やかな感じで、透明さんは対照的で、なによりも美人だった。
「実は、同じクラスなんです」
「……そうなんだ」
「なんで、学校に来ないんですか?」
「……寝てるから?」
自問。なぜか。
「なんで寝てるんですか?」
「……眠いから」
「……それはこの時間に起きて幽霊を相手にしているからってこと?」
「……」
透明さんは口に手を当てて考え込んでいた。
「……起きてはいない」
「……?」
「私の本体は今も自室で寝てる」
「設定盛りすぎだろ……」
ついそんな言葉が漏れてしまった。
「私、幽体離脱してるの」
「うーん」
僕は頭をポリポリ掻いた。にわかには信じがたい。
「じゃあずっと寝てるってこと?」
「……毎日20時ごろに幽体離脱して、朝の5時ごろに戻ってくるの、体の疲労はそのあと本体にそのまま戻るから、疲れて寝ちゃう」
「なるほどね」
その理屈だと本体はいわゆる仮死状態のようだ。
「……幽体離脱自体は、自分じゃ制御できないから、こうやって幽霊さんたちに相手になってもらっているの」
「そ、そうなんだ」
相手にしているのではなく、相手にしてもらっている、らしい。
「じゃあもし、透明さんが幽体離脱をしなくなれば、学校に来れるようになるってこと?」
「……まあ……でも」
仮に幽体離脱をおこさなくてももう行く気になれないと言いたげなようすだ。
「この夏休みの間に、僕が君の幽体離脱を治すってのはどうかな?」
透明さんはあっけにとられたような顔をする。
「……治せるものかわからないけど」
「一人でやるより二人でいろいろやってみた方がなにか見つかるよ」
「……どうして、そこまでしようとしてくれるの?」
彼女が引っかかっているのはそこらしい。確かに、彼女が美人だからお近づきになりたい、と言うのはある。だがそれよりも、設定マシマシな透明さんと一緒にいれば、夏休みは暇はしなさそうだ。
「自由研究? みたいな」
僕は冗談交じりにそう言った。彼女は苦笑いした。
「幽体離脱中はいつもここにいるの?」
「う、うん」
「じゃあさ、明日も22時ごろにここに集まっていろいろ考えよう」
「わかった……寝坊したら、ごめんね」
彼女は少しニコリとした。んーと、なんだ、幽体離脱ジョークか?
とりあえず笑っておきながらそれじゃあと僕は別れを告げ、病院を後にした。彼女はその後水やりをして幽霊とおしゃべりでもするのだろうか。
幽体離脱中にモノに触れるのか、など疑問と興味は尽きない。僕はコンビニの雑誌コーナーの『怪奇現象』モノを一冊つい買ってしまった。食欲はもうピークを通り越したからか、あまりなかったし、それよりも眠気がすごかったので、僕はすぐに家へと戻りベッドへと倒れこんだのだった。
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