稲庭順二郎の超恐怖怪談

東京廃墟

2年前の昨日

 …昨日の事なんですがね、電話がね、掛かってきたんですよ。

電話のディスプレイには懐かしい男の名前が表示されてまして、うわーモラだ、懐かしいなあって電話に出たんですよ、「いよお、久し振りじゃないか」ってねえ、モラってのは、私が最初の本を出版した時の担当者だった奴でして、なぜかウマが合いましてねえよく酒を飲みましたよ、ググゥってビールみたいにブランデーのロックを飲むような豪快な奴でしたよ。

でもね、そんなモラが黙ってるんですよ、昔だったら「飲んでる? 抱いてる? どうなの稲ちゃん」ってもしもしの代わりに言ってたんですけどねえ、黙っているんですよ。

「どうしたんだよモラらしくねえな」って私が言ったら、ぼそりと私の名前を呼ぶんですよ「稲庭さん」って、稲ちゃんじゃないんですねえ、かしこまってるんですよねえ、あーなんかあったんだなあって、鞄からメモ帳を取り出しましたね、彼には前にもネタを提供してもらいましたからね。ええ

「稲庭さん、とにかく俺の話を聞いてくれないか」

ペンを握りましたね、私。

モラは、怪奇雑誌の編集をしていたくせに心霊を信じていなくて、むしろ馬鹿にするような奴でして、見下してましたねえ。

酒の席でモラが私に言ったことをおもいだすなあ、こう言ったんですよ

「稲ちゃん、俺達みたいな怪奇雑誌の編集者は読者を怖がらせなきゃいけないんだよ、つまり、俺達が恐怖の対象であるお化けを信じちゃいけねえのよ、一緒に怖がっちゃただの電波記事しか書けねえ、俺たちはお化けを創らなきゃいけねえのさ、口裂け女に人面犬、俺達、カストリ雑誌の三流編集者が生んだようなもんだぜ、ざまあみやがれってんだ」

それが、彼の誇りだったんですね、恐怖を創り、それに怯える読者を肴に酒を飲むのが好きだとも言ってたなあ。

だからね、心霊スポットなんてへっちゃらですよ、むしろ、恐怖の材料がよりどりみどりの宝の山みたいなもんなんでしょうね、モラにとって。

で、モラが語りだした話ってのは、その心霊スポットで起きた出来事でして…

常磐ハワイアンセンターって知ってますか?ええ、フラガールっていう映画で有名ですよね、炭鉱が閉山してしまった炭鉱町のサクセスストーリーですよねえ。

その二匹目のドジョウを狙ったある炭鉱町がありまして、まあ、派手に失敗してしまうんですけどね、モラが行ったのは、その町に残されたホテルの廃墟なんですけど、なんでも、ダイナマイトを抱えて心中したオーナー家族の霊が出るらしくて、ちょっとした有名スポットなんですよねえ、そこに行ったわけですよ。

私も以前、違う場所なんですけど一緒に行った事があるんですがね、モラは昔の映画に出てくる探検隊のような恰好なんですね、おかしいですよね、私なんかジャージを着てるのに、だからね、笑ったんですよ、「なんだ、モラ、ここにはツチノコなんていないぜ」って、そしたらモラは真顔で言うんですよ。廃墟は危険がいっぱいだってね。

「危険だって言っても、お化けじゃないぜ、廃墟そのものさ。腐った床、かしいだ柱に病院なんかじゃどんな劇薬が転がっているか分かったもんじゃない。それにね、廃墟にはこの世から弾かれたヤバい人間どもが集まるのさ、だから、稲ちゃん見てみ、ごっついだろ?」

 そうやって、腰のホルスターから取り出したのはね、ずっしりと大きなバッテリーをくっつけた改造スタンガンですよ。青白い閃光をチカチカさせてね、ニヤついたわけです。

「なんだよ、お前がヤバい人間なんじゃねえか」って私言ったら、違いねえって、無邪気に笑いましたねえ。

その時も、改造スタンガンを腰にぶら下げて、探検隊の姿で行ったんでしょうね。運転手の後輩に別れを告げてずんずん廃ホテルに向かった。後輩は言わば、見張り役でね、廃墟といっても、所有者はいるわけで不法侵入なわけで違法行為ですからね。

だから、モラはいつも、一人を外に置いて、中に入るのは彼だけなんですよ。

でもね、今回は違ったんです。モラの他に三人いたんです。男女のカップルと女が一人、そのカップルは、イチャイチャしてるわけですね、服も薄着で渋谷にいそうなバカップルって感じだよってモラは言ってましたね。完全武装のモラにとっちゃ、心中穏やかなわけがない。

「おい、気をつけろよ、離れるなよ」

注意しても、全然聞いちゃいない。それどころか、ふざけて廃ホテルまでおいかけっこだって走って行っちゃった。

もう勝手にしろって、モラは外観を写真に収めてからゆっくり入っていった。

シーン…としてるわけですよ、廃墟ってね、隙間だらけなのに外の音が聞こえないんですよ。麻痺しちゃうんですね、圧倒的な残留思念に魅せられてしまってね、行った事もないのに在りし日の光景が頭の中にグワーっと広がりましてね、切ない感情が胸を圧迫するんですね、毎回そうなんですね。

でも、行き慣れたモラは「バカップル、あんなに騒いでたのに声も聞こえねえ、青姦、いや廃姦ちゅうかな」とか下品な事を考えていたのかもしれませんねえ。

さて、宝探しの始まりです。恐怖のピースをつなげる作業です。

カツーン、カツーンと安全靴の固いソールを踏み鳴らして、入念に物色する。

受付カウンターに残された、腐った雨水が溜まった花瓶。

首がもげたフラダンスのお人形。

壁にスプレーで書かれた「助けて!!」

一枚、一枚、パシャっと丁寧に写真に収めていった。

中でも、真っ黒に焦げた客室は涎ものだったようですよ。

きっと、肝試しにきた連中が花火でもして小火を出したんでしょうが、これをダイナマイト心中の現場と捏造するわけですよ、そうすると、不思議な事にその客室での心霊目撃談が多数報告されるわけなんだなあ、面白いですよねえ。

あらかた、一階の探索が終了して、さて後は二階、三階だなあと思った時に、

ゴロゴロゴロゴロー!…というもの凄い音がしたんです。天井にぶら下がったシャンデリアが小刻みにゆらゆら揺れまして、ああ、これは二階だな。あいつら、悪ふざけしてんのかなあ、ってその時のモラはその程度にしか思っていなかったようですよ。

2階は階段登ってすぐに食堂がありまして、後は客間でして、長い廊下を挟んで、ズラーッと並んでる。廊下の先は闇に沈んで終わりが見えない。

おーい、おーい、おーい…こだまするだけで返事がない。ホテルといってもそんな広いわけがない、返事が来てもいいはずなんですけどねえ。

懐中電灯で闇を照らすと、人影が見えたんですね、「なんだよ、いるんじゃねえか」ってモラは一歩、近づく、その時、矛盾に気付いたんですね。

ライトで照らされているというのに、人影は人影のまま、真っ黒だったと言うんです。

初めて、背筋が凍る感覚を覚えたとモラは言ってましたね。

出した足を戻した時、カツカツカツと足音がした。ハイヒールをはいた女の足音だって分かったと言うんですねえ。なんででしょうね。

カツカツカツ、どんどん近付いてくる、カツカツカツ、あいつか? いやあいつはスニーカーだったじゃないか、カツカツカツ、誰だ誰だ誰だ誰だ、カツカッ、真後ろで止まった。

首筋に生暖かい吐息がかかる。ヒーヒーフー、ラマーズ法のような規則正しい吐息。

「誰だ!」

モラが振り返っても誰もいない。

カツカツカツ、足音が遠ざかる。誰もいないのに足音だけ聞こえる。階段をゆっくり、カツン、カツ、カツンとのぼり、消えた。

はぁぁぁぁ、なのに吐息はモラの首筋をくすぐる。

「流石に腰が抜けたよ、心霊現象を体験してしまったって、なぜか笑いが込み上げてきてさ、でも喉がカラカラで笑えなかったよ…逃げ出した?…とんでもない」

恐怖より好奇心が勝ったと言うんですねえ。

モラは、ホルスターからスタンガンを取り出し、抜けた腰にビビビビって電流を走らせて気合いを入れたそうですよ。

今でも、彼の腰にはその時の痣がね、残ってるんですよ。実際、見ましたけど、大きな赤黒い痣ですよ。

泣き声がする、猫の声だ。発情期の猫の声だ。盛りあがりやがって肛門にスタンガンをぶち込んでやる。

そうやって、モラは、自分を騙して、階段を昇ったそうです。

「でもね、稲ちゃん、俺は気づいていたんだよ。こいつは赤ん坊の泣き声だってさ」

階段を一段あがるたびに、泣き声が大きくなっていく。

登った先は、満点の星空だった。本来、そこは植物園になっていて、全面ガラス張りだったんですけど、年数が経って、全てのガラスは割れ落ちて、南国の植物達も枯れ、僅かに腐葉土の臭いがするだけなんですね。

中央に噴水がありまして、もちろん水なんてもう出ていないんですけどね、でもね、地面が濡れているんですよ。雨なんて降っていない、懐中電灯で足元を照らすと、真っ赤なんですね。

「血だよ、一面血だらけなんだよ、相変わらず、赤ん坊の泣き声は聞こえるし、悲鳴あげちゃったよ、女みたいにキャアってな、その血は、噴水から流れてくるんだよな」

モラは、じりじりと噴水に近づく、もう、好奇心なんかどっかいっちゃっているって言うのに、足が勝手に動く。「見なくては見なくては」という自分の声が頭に響く。

「…くれ …や…め…れ」

ぼそりぼそりと男の声が聞こえる。鼓膜を破られるんじゃないかと思うくらいの赤ん坊の泣き声を縫うようにその声が聞こえる。

ナンダナンダナンダナンダナンダナンダ。

モラはそーっと噴水に懐中電灯を照らした。

血で汚れた男の背中が暗闇に浮かんだ。

一緒にきた男だった。

振り上げたナイフがキラリ光る。

「やめてくれ!」

男が叫ぶ。

男は恋人に跨っていたそうです。

女は裸でね、ビクンビクンと痙攣している。ぽかりと開けた口から血を、皮肉にも噴水のように吐き続けながら、「ごめんなさいごめんなさい」とお経のように唱えている。

「男がナイフで彼女の腹を刺すんだけど、もう腹って言う状態じゃなかったな、何度も切り刻まれてズタズタの肉塊になってたよ、ユッケとかそんな感じ、でも、女は生きているんだよ、ちょっと笑ったような顔してさ」

そのユッケのような腹をズチャリと縦に裂くとね、丸い白いものが覗いたんですって

…赤ん坊の頭ですよ。赤ん坊は一声オギャーーと泣くと自分から這い出てきたそうです。

赤ん坊はね、実は一人だけじゃないんですよ、彼氏の横にね、赤ちゃんの山が蠢いていたそうです。

カランカラン、彼氏がナイフを投げ捨て、ぼそりと「これで、最後」と呟き、彼女に覆いかぶさるように倒れると、数十人の赤ちゃんが彼氏と彼女に群がったところで、モラはうわーって逃げ出したそうです。

「咀嚼音が聞こえたよ、ぐちゃりぐちゃりって、赤ん坊のくせに歯が生え揃ってやがった、赤ん坊じゃねえ、赤ん坊のようなもんだよ」

必死で命からがら、車まで戻って、見張り役の後輩に早く車を出すように訴えたんですって、後輩もモラの蒼白した顔に驚いて、すぐに車を出した。

「お前ヤバいよ、ヤバい目にあっちゃったよー…」ってすべて、後輩に話したら、そいつはぎゃはははって笑うんですよ、「そりゃ怖い、最高ですね」

後輩は、モラのことをよく知ってるわけで、彼の作り話だと思ったんですね、仕方ないですよねえ。だって、さっきまで心霊を否定してたんだもん。

「バカ野郎、マジだって、あいつら死んじまったんだぞ! 笑ってる場合じゃないだろ!」

「あいつらって、誰ですか?」

「バカ野郎、一緒に来たじゃねえか、ほら、ほら!」

モラは気づいてしまったんですね、あのカップルの名前を知らない事に、そして、乗っている車がツーシーターだと言う事に…

一体、あの二人は誰だったんでしょうね…


と、いう話だったんですがね、実は、この話、2年前に聞いているんですよね。

本にも載せましたし、ライブで何回も話していますし、なにより、これをきっかけにモラがライターを辞めたのでよく覚えているんですよ。

その事を、モラに言ったんですよ。

そしたら、モラは「続きがあったんだよ」と答えたんですよね。

「新聞はあるかい? …ああ、朝刊じゃ載ってないかもな…テレビを点けてよ、丁度やっているから」

パッとテレビを点けましたらね、ちょうどニュースがやってまして、若い男女の写真が映っている。画面が切り替わった瞬間、ゾーッと鳥肌が立ちましたね。映ったのは、例の廃ホテルなんですよ。

どうやら、一週間前から行方不明だった男女のバラバラ死体が廃ホテルで発見されたらしいんですねえ。

「俺が見たのはこいつらだよ、やっと名前がわかったよ」

モラの、笑いを含んだ声が私の耳をくすぐりましたね。

モラが体験したのは2年前でカップルが行方不明になったのは一週間前で発見されたのは昨日だと、どう考えても時間が合わない、あの廃ホテルは時空を超越するなにかがあるんですかねえ…

それだけじゃないんです。まだ疑問がひとつ残っているんです。2年前聞きそびれていた事を私は聞いたんです。

「モラ、最初の女はどこに行ったんだ」

そうなんですね、モラは最初にこう言ったんですよね、【男女のカップルと女が一人】って、でも、女なんて話の中に一度も出てきやしないんですよね、だから、ライブでこの話をする時は、その女のことは省いていたわけなんですけど…モラは少し黙った後、「実は、カップルの事で連絡したんじゃないんだ、その事で電話したんだよね」と言ったんですね。

「稲庭さんにお願いしたくてね、女がいたってそこはちゃんと伝えてくれ、そうしないと、俺の嫁さんが怒るから…」

ガチャーン…そこで電話が切れてしまいまして、さっきから何度もモラに電話をかけているんですが…あの呼吸しか聞こえてこないんですよ…


ヒーヒーフー

ヒーヒーフー

ヒーヒー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る