億と劫

岸田解

1ノ1

 録画していた『白昼夢』を観終わり、そろそろ眠ろうかと思っていた。午前11時近かった。雨の音が幽かに聞こえ、窓からは殆ど光も射していなかった。ずっと閉じたままのカーテンのせいだ。天井の小さなナツメ球だけ点けていた。

 結局、一度も会うことはなかったが、あきらと云う名前の伯父がいたそうだ。数年前、亡くなったと云う話を風の噂で聞いたのが最後だ。しかし、そんなことを私に伝える人物は、もう一人しか思いつかない。三親等以内で唯一存命の伯母しかいない。彼女にも、私は一度しか会ったことはないのだけれど。

 今年の6月から日記を書き始めたのは、私小説を書こうと思っていたからだ。今でもそのつもりはあるが、とにかく私の日常にはちょっとした出来事すら起こらない、と云うことがはっきりしただけだ。或いは、意識的に何かを起こそうと云う気がないせいか、実際には起こっている何かを私がスルーしてしまっているだけなのか。

 あの日の話を少ししよう。当時、私は長野の寮に住んでいて、自室のテレビで『ウソコイ』の最終回を観ていた。途中で何度か報道の映像に切り替わったのと、友人から「とんでもないことが起こっている」と云うような電話がかかってきたのと、どちらが先だっただろうか。その辺りは定かでない。とにかく、その友人と電話で喋りながらWTCが崩壊している様を目撃したことは間違いない。二十歳になって二月と少し経った、9月11日の夜のことだ。

 端的に云えば、とても幸福な生活と云うことだろう。出来る限りのことをやり、出来ないことはやらずに済んでいるのだから。

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億と劫 岸田解 @belacqua

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