第4話 哲学へコルドバ

      1


 自称依頼主の名は、阿邊アベルシユ。生徒手帳にそうあった。

 身長のせいか幼い印象を受ける。高校3年とのことだ。

 生徒手帳が偽造でない限りは。

 移次未知生より年上とは思えない。人形のようだ。腕と脚が人工的に細い。白粉が塗りたくられた能面に、力づくでガラス玉の眼球が埋め込まれている。そんな顔面。

 僕らのような大人を貪り喰ってやろうという小生意気さ。

 本人の言い分によれば、自分は○○予備校に通っており、このたびの夏季強化合宿に参加していた。

「講師三名を殺害するために」

 忍び込んだ。という可能性も含めて。

「天罰じゃない?教え子に手出したりとか」少女が言う。「逮捕する?」

 課長はすべてを知っていたのだ。この連鎖殺人は、祝多出張サービスによるものだと。

 天罰。否、復讐だ。

 小児性愛歯科医。

 淫行美術教諭。

 痴漢盗撮市職員。

 セクハラプロデューサ。

 そして、集団輪姦の予備校講師。

「逮捕しないの?」

「戻ったほうがいい」部屋に。もし部屋があるなら。「君がいないと心配する人が出てくるよ」

「それでもケーサツ?」阿邊ルシユは不満そうに。「始末書じゃ済まないんじゃない?」スリッパを引きずりつつ部屋を出て行った。

 ここで少女を捕まえてもこれは止まらない。

 では誰を捕まえれば止まるのか。課長?スーザちゃん?

 いや、無駄だろう。

 イブンシェルタも、文葦学園も。瀬勿関先生でさえも。

 大きな力動の小さな一端でしかない。

 行方知れずの祝多さんの存在が、

 彼女とダブってならない。悪の巣窟。

 シャワーを浴びた女装男が(現在は女装ではないが)、タオルで髪の毛を拭いながら。「帰しちゃったの?」素っ裸で。

「なにか着てくれませんか」

「あれしか持ってきてないよ」文葦学園制服。いろいろな意味で使用済み。例によって床に脱ぎ散らかしてある。

「どうやって帰ろうとしてたんですか」体液まみれで。

「やることやって即撤収だからね。着替えるとかないない。これもさ」女装。「オプションだし。やらないほうが多いよ」

 趣味かと思った。

「シュミかと思った?」

 どうせ帰ったところで、明日ここに呼び戻されることは眼に見えている。旅館に頼んで一室用意してもらった。飛び込みなので無理は言えない。一室だ。

「名前を伺っても」

 女装男が常に女装だとは限らないと判明したため。

「君は?新人くん」

「徒村です。対策課の」手帳を見せるべきか迷ったが。

 裸眼だから見えまい。この距離では。あのレンズの屈折具合じゃ相当の度入り。

「あんれ?え、新人じゃないの?」

「新人ですけど」対策課。

「見張りの欠員じゃないんだ。あちゃー」彼は大げさに失態のポーズをして。「ヤバいね。スーザちゃんに見つかった日にゃ」

「どうなるんですか」

「どーにでもしてほしいよね。対策課ってことは、あーそっか。そっちの欠員」彼はふむふむと頷いてメガネを掛ける。「死んじゃったらしいね、前任者」

「知ってるんですか」

「そりゃね。祝多出張サービス営業部派遣店員の胡子栗茫えびすりトールくんとしてはね」彼は身体を何かで覆う気配を一向に見せないまま、窓際の椅子に腰掛ける。僕の視界から逸れてくれたのだろう。

 と、なんでも都合よく捉えるところが僕の悪い癖だそうだが。

 彼女談。

「派遣なんですか」

「あのビル。いろんな店舗が入ってるよね。あすこで働いてるのはぜーんぶ、祝多んとこの手足だからさ。小銭稼ぎつつゆーじに備えてるわけね。店主から直々にお呼びが掛かるまで」

 有事。とは物々しい。

「前の店主。祝多さんはどこ行ったんですかね」

 胡子栗が窓を開ける。「涼しいね」

「全裸丸見えですよ」

「落ち着いてるね。若いのに」

 時刻確認。

 丑三つ時。

「ふつーけっそー変えてトンボ帰んない?ハンザイのカタボー担がされてたわけだから」

 僕は、誰を捕まえればいいのか。

 彼女を捕まえるなという脅迫は受け取ったのだが。

 彼女を捕まえたい一心で警察という組織にしがみついている僕なんかを、下半身脳の性犯罪者に復讐代行としての殺害を黙認どころか推進している対策課に送り込んだ意図は。

 課長の娘はもういない。

「悪いのは誰なんですか」

 胡子栗が僕の隣に膝をつく。「ムダ君どーてい?」

「浴衣とかあるんじゃないですか」温泉旅館。

「あっついし。うっとーしーし」

「僕に隠していることはありませんか」座布団で胡子栗の暑苦しくて鬱陶しい猛攻を防ぐ。「例えば、どうしても浴衣を取り出せない事情があるだとか」

「着たら脱がしてくれる?」

「どうせ脱ぐから意味がないと」

「ねえ、ムダ君やっぱどーて」い、がかき消えた。

 クローゼットが開く。

 浴衣の一斉放射を浴びる。帯の塊が脳天に命中。

「ふつー抵抗しませんこと?」スーザちゃんが。「これだからムダさんなのですわよ。まったく節操のない」マゼンタのワンピース。

「阿邊ルシユの?」依頼でここにいる。

「訊きたいのはそのようなことですの?」

 すべてを訊きたい半面。

 なにも聞きたくない。聞いたら戻れなくなる。

 僕はまだこちら側にいたい。

 そちら側に、

 彼女の側に行きたくない。悪の巣窟。

「課長の娘さんは」課長を復讐に駆り立てている。

「わたくしに訊きたいことを伺いますわ」スーザちゃんは押し入れから布団を引っ張り出して。

 胡子栗がす巻きに。「未遂だって」

「未遂でよろしくてよ」そこに跨る。「事後でしたら今度こそお命はございませんでしたわよ。そのつまらないお命が永らえています理由をいま一度噛み締めるとよろしいのですわ」

「わかってんだけどさ。ホント人のもんは美味そうに」顔面が座布団によって封印された。「わースーザちゃん窒息プレイ?首絞めながら掘ってずぼずぼ」

「夜明けまでお黙りくださいまし」

 課長から着信がないことを確認して。「邪魔?」

「どうしてそのようなことを仰いますの?」

「いや、邪魔かと」スーザちゃんと胡子栗がそうゆう関係なら。「ごめん。疲れたみたい」布団敷きたいから。「退いてもらっていい?」

「追及されませんの?わたくしがやらせていたのかもしれませんのよ?」復讐としての殺人。

「やらせてたの?」復讐としての輪姦。

「ええ。依頼を受けましたもの」

 少女らの言葉で言う、搾取をされた胸の内を。

 イブンシェルタでぶちまけて。

 受け止めた代表が。文字通り少女らの代表となって、

 祝多出張サービスに依頼する。

 復讐としての強姦殺人。

 眼には眼を。歯には歯を。

 そうゆう単純な図式なら世話はないが。

 布団にもぐり込む。「ごめん。明日にしてもらっていい?」

「およろしいの?すべての元凶はわたくしが」

「おやすみ」眼を瞑る。

 スーザちゃんがやったとは思えなかった。

 思いたくないという希望ではなく、

 思えない。証拠もないし。

 強烈に彼女を思い出したせいか、成果。

 彼女の夢を見た。

 黒髪の。

 白い肌。

 すらりと長い四肢。

 レンズ越しの鋭い眼差し。臙脂の唇が満ち欠けて。

 砂浜も岩場もない波打ち際に立っている。

 僕は泳いでそこまで辿り着こうともがくが。

 彼女は僕に告げる。自分を追うのはやめろと。

 命が惜しいなら。

 それは単なる脅しとしての決まり文句ではなかった。

 僕にその海は深すぎる。

 彼女は言う。自分を追うのは無駄だと。

 どうして。僕は尋ねる。海水を飲もうが厭わずに。

 彼女は答える。

 アチはここの世におりゃせん。

 そこで眼が覚める。僕は泣いている。

 夢にしては酷い。

 しかし、泣いていた本当の理由が判明する。

 胡子栗が顔を出した。どうゆうわけか僕の布団から。「凄いねムダ君。朝からもの凄い」

「手をどかしてくれませんか」

 なんつーところをまさぐっているのだ。

 心なしかすーすーするのだが。まさか、

 まさかまさか。

「スーザちゃんは?」す巻きの重しをしてくれてたんじゃ。

「さーね。温泉じゃない?てゆうかさ、気持ちよすぎてぼろ泣きしてくれちゃってる?」胡子栗がべろりと舌を。

 布団ごと変質者を跳ねのけて。着衣を直しつつ。

 地下の多目的ホールへ。

 人だかりの生徒たちを掻き分けて。

 ぼんやりと立ち尽くしているスーザちゃんの後ろ姿の。

 さらに向こう。

 揺れる。

 揺れている。僕じゃなくて。地震でもなくて。

 乱雑に倒された机や椅子や椅子や机。その合間に、

 一体全体。二体。

 三体。

 四体。

「どうして」スーザちゃんが呟く。

 どうしてもこうしても。

 祝多出張サービスの業務では?ないのか。

 ないのだ。

 依頼内容は三体まで。

 もう一体。

 依頼されるはずのない遺体が、一体。

 揺れる。

 揺らされる。

 スーザちゃんが歩み寄る。手を伸ばす。

 野次馬の生徒たちがしんと。

 僕も思わず動けなくなる。警察の僕が真っ先に動かなければいけないのに。真っ先に動けなくなる。

 それでもケーサツ?

 そうだ。

 始末書じゃ済まないんじゃない?

 そうだろう。

 スーザちゃんが、机によじ登って。

 首に触れる。

 首を振る。

 僕を見る。「課長さまを」

 逮捕する?

 するべきだった。阿邊ルシユは、

 死んでいる。

「早く」

 一応は僕も対策課なのだが。


     2


 課長は来なかった。

 現場に寝泊りしていたにも関わらず、自称被疑者を死なさせてしまった言い訳をしに出向けということだろう。加害者かつ被害者四人の予備校講師のことは棚に上げて。

 そそくさと現場を後にする僕らを尻目に意気揚々と捜査を始めた一課の連中が、とりわけて僕に無言の非難を浴びせなかったのは、事件の顛末を把握していなかったからではない。

 瀬勿関先生が、僕らを回収に来てくれていたからで。「もっとムダムダ落ち込んでるのかと思ったが」本日も美しいおみ足で。

 アスファルトにへばり付く僕の影を釘づけにする。「先生も課長側なんですね?」対策課を正当化する立場。

「祝多側だ」

「どう違うんですか」

「出たな。よーかい露出狂女」胡子栗がシャツを羽織りながら。瀬勿関先生が親切にも持ってきてくれた着替えだが。「ドーテイを誑かそうたってそうはいかない。ムダ君は僕が戴くよ」

「まだ生かしといたのか」瀬勿関先生がスーザちゃんに言う。「いつうちに寄越してくれるんだ。眼障りだろうに、私が」

 瀬勿関先生が運転してきた車は、どことなく薬品の匂いがした。誰がどこに座るかで若干どころか相当揉めたが(主語は僕と先生以外)、店主という権力を振りかざしたスーザちゃんが。

 僕を助手席に座らせ、自分はその真後ろを陣取った。

 視線が痛すぎる。

「僕らでムダ君をサンドイッチすればいいだけのことじゃん」胡子栗が雇い主に不平不満をこぼす。「この際ムダ君のバックはあげるから前のほうを」

「研究所寄って後ろの甘味料降ろしていいか」瀬勿関先生がバックミラーを見ながら言う。「朱咲スザキ。祝多は死んだのか」

「先生がそう思われるのならばそうなのでしょう。わたくしの誕生日を丸無視だなんて」

「聞き方を間違えた。お前が消した。違うか」

 瀬勿関先生のようにバックミラーをのぞく勇気がなかったので、サイドミラーを見る。

 スーザちゃんは特に表情を変えず。「ムダさんの前でそれを言わせたいだけではなくて?先生」

「昨日からの5件。どれがお前の仕業だ?」

「おわかりになりませんの?先生ともあろうお方が」

 車は、カーブの多い山道を下る。ヘアピンではないはずなのだが、瀬勿関先生のステアリング捌きの荒さに気持ちが悪くなる。降ろしてくれとも言えないが、話題の内容的に降りたい気満々だった。

「聞いてるか、ムダ君」瀬勿関先生が流し眼で僕を睨む。「君のために訊いてやってるんだこっちは。なんなら代わりに喋るか」

「スーザちゃんのところに依頼された業務が混ざっているということですか」連続殺人事件。

「スーザちゃんへのバースデイプレゼントとか?」胡子栗がとんでもないことを言う。

「実力行使で二代目になった朱咲への非難だ。多少は対抗心もあっただろうが」瀬勿関先生が言う。「甘味料は寝たふりをしてくれていい」

「起きたらセンセの研究所、とかじゃなければ」と言って、胡子栗は眼を瞑る。「寝たよ?寝たからね俺、ムダ君とむにゃむにゃ」

 寝言に紛れてとんでもない妄言を放ったが。

「事実か?」瀬勿関先生が同情の眼差しをくれる。

「根も葉もありません」

「代表の方が命じられたのではなくて?」スーザちゃんが言う。

 すべての事件の被疑者は、確かにイブンシェルタを利用していたようだが。

「そんな話はしてない」瀬勿関先生が突っぱねる。「私は、朱咲お前がやらせた殺人はどれかと訊いている」

「本当におわかりにならなくて?」スーザちゃんが、子どもに本を読み聞かせるような口調で言う。「それともわたくしの口から言わせたいだけなのでしょうか」

 道の中央で蛇が死んでいた。

 目敏く見つける僕も僕だが。

「先生のお考えを是非とも賜りたいものですわ」スーザちゃんが笑顔で言う。

 瀬勿関先生がテレビを点ける。僕に目配せして適当にサッピングをさせる。

 どの局も朝のニュース番組をやっていたが。

「気づいたか」瀬勿関先生がひときわ低い声で言う。

「報道協定じゃないんですね?」

 どの局も、一昨日からの連続殺人事件についてなんの特集も組んでいない。特集どころか報道自体がない。高校野球の結果だとか、お盆の渋滞予測だとか、夏休みの行楽情報だとか、そうゆう平和な話題を平和的に垂れ流していた。

 カーナビなんかいじったので余計に気持ちが悪い。

「課長の力ですか」

「祝多の力だ。四分の一は私の」瀬勿関先生がテレビを消す。「なにせ殺人事件じゃないからな」

 復讐としての強姦。

 強姦致死は、殺人ではない。そうゆう屁理屈か。

「いままでなら一課が出向く必要はなかったんだ。屁理屈を言ってるんじゃない。死んでいなかったんだ、いままでは」瀬勿関先生がバックミラーに眼を遣る。「祝多がいなくなるまでは」

「まあ、まるでわたくしがママの方針を捻じ曲げて殺し始めたみたいな」

「捻じ曲げて殺し始めたんだろうに」

「どなたを?」

 瀬勿関先生は答えない。

「どなたを殺しましたの?わたくしに殺された殿方は一体どなたですの?どうぞ?先生のお考えを」

 カーブが終わり視界が拓ける。

 僕の視界は拓けない。「先生」

「先生?」スーザちゃんが言う。「お考えを」

「祝多を殺した理由をここで言えるか」瀬勿関先生が言う。

「話が捻じ曲がっていましてよ。先生?殺していませんでしょう。少なくともわたくしの手では」

「なぜ下っ端のムダ君に運転を任せなかったかわかるか」

「さあ。見当もつきませんわ。小娘のわたくしにはとても」スーザちゃんが言う。「ただ、わたくしが誰ひとりとして殿方を殺していないことはおわかり戴けたものと期待しますわ。高尚なお考えをお持ちのセナセキ先生ですもの」

 瀬勿関先生は答えない。おそらくはわざと。

 思考停止の僕の脳に波紋を生じさせてくれている。

 胡子栗は胡子栗で、寝たふりだかなんだか知らないが。

 知っていることがあるなら言えよ。

 サイドミラーで視線が交わる。スーザちゃんが微笑む。

「ムダさんは信じて戴けますわよね?わたくし、誰も殺してなどいませんのよ」

 ブラックホールの眼球に呑み込まれる前に視線を逸らす。

 スーザちゃんなのだろうか。スーザちゃんが?

 どうして。

 なぜ。

 瀬勿関先生がやり場のない怒りを感じているのは確かで。「ルシュドを殺したのはお前だ。朱咲」

「自殺でしょう?」スーザちゃんが言う。「強烈な達成感のあとの激烈な虚無感に耐えられなかったのではございませんの?その末の首吊りですわ」

「じゃあなぜルシュド以外が生きている?」瀬勿関先生が声を荒げる。「フィルナスは?ミチオは?バットゥータは?死んでないだろう?違うか」

「課長さまのご手腕では?」

 保護されているからか。逮捕して。

 自殺しないように見張っているから。

 課長が。

「課長が」やらせたと。

 僕にはそれが気になってならない。イブンシェルタは娘のようなものだという、課長の発言の真意。

「なんですの?ムダさん」スーザちゃんが首を傾げる。

「課長の個人的な復讐てことはないのかな。守れなかった娘をイブンシェルタに重ねて。娘を死に追いやった性犯罪者たちに制裁を加える。その実行犯のリーダが祝多さんであり、スーザちゃ」

 車が止まる。

 なんと、

 イブンシェルタ横付け。

「行くといい」瀬勿関先生が言う。

「いやその、次はないと釘を刺されてまして」

「祝多と課長の両方を連れて来いと、無理難題を突き付けられてないか」

「ああ、はい」どちらにせよ入れない。

 ここには祝多さんも、

 課長もいない。

「祝多には二度と会えないかもしれないが、課長は違う」瀬勿関先生が後ろを振り返る。後部座席に眼を落して。「寝たふりはいい。死んだふりももういい。所長の私に黙って生かされてた分のツケを払ってこい。暴君課長」

 はい?

 誰が。誰の。

 課長?「え」

「え、じゃないよ。ムダ君」胡子栗が前髪を掻き上げて。「上司の命令は絶対だよ?じゃなきゃ殉職にされちゃうからね。本人知らぬ間に死んでた前任者みたいにさあ」

「あの、前任者てのは」課長の部下では。

「俺」

「殉職したんじゃ」課長によって。

「だから、店主の怒りを買ったせいで死んだことにされちゃったわけよ。もちろん初代ね。イワンのほう」

 ええっと、だから。「殉職した前任者てのは」

 前課長のことか?

 いま僕のいる平のポジションでなく。

「え、じゃあ課長は」課長じゃなくて。

「トロツキ?そっちはこっちの」胡子栗が指を差す。脳天。「解剖ご専門のシゲルセンセに丸投げしちゃいたい」

「潜入捜査しか能がないんだ」瀬勿関先生が知らん顔で言う。「そいつを取ったらセックス依存しか残らない」

 では、潜入捜査の得意な殉職した前任者というのは。

 胡子栗で。結論。

 しかも本当の課長。僕の上司。

「ど?課長って呼んで」胡子栗がにやりと笑う。


     3


 9時を回ったところだったが、イブンシェルタはばっちり開いていた。受付のハルドさんは、胡子栗を見ると一も二もなく代表を呼んでくれた。あまりの変質者オーラに恐れをなしただけかもしれない。

「見つかったのですか」相変わらず特大の代表が尋ねる。

「こちらで保護してます」胡子栗が答える。馬鹿に真面目に。「殺人の容疑で」

 なんのことだ?

「長引かせたくないの」代表が言う。

「わかってます」胡子栗が言う。

 椅子を用意できないということだ。

 乱暴に言い換えると、さっさと帰れ。

「あなたを逮捕したくないんです」胡子栗が言う。「即刻やめさせてください。なぜに祝多が殺さなかったか。代表と名乗ってる割にわかってないようですので」

「やめさせるだなんて」代表が言う。「私はなにも」

「とぼけているのか。気づいていないのか」胡子栗が言う。「あなたがやっていることは、祝多の目指していたことと真逆だ。死んでないんですよ。誰一人。揉み消していたと思ってました?」

 やっぱり僕は付いてきた価値がなかったように。ハブ。

「わたくしの誕生日に四人の殿方を彼岸へお送りになったのは」スーザちゃんが歩きながら言う。僕らとは一緒に降りなかったが、結局付いてきたのか。「わたくしへのバースディプレゼントではないのでしょう? ママがわたくしを二代目にしたから、それに異を唱えるおつもりで」

「イワタ様はどうしてこんな小娘を」代表が眉をひそめる。「イワタ様の所在が知れないのですが。後釜を狙う小娘に亡きものにされたという専らの噂ですよ」

「行方不明ですわ」

「された、のでは?」

 祝多出張サービス二代目店主の座を巡る権力争い。

 にしては人が死にすぎている。4プラス3も。

 7だ。

 イブンスセブンも7で。

「代表」もしかしたら。「もう誰も死なないのではないですか。復讐はすでに完了して」

 代表が僕を見る。

 僕は代表を見れない。スーザちゃんに阻まれて。

「徒村さんと言いましたね」代表が言う。表情はわからない。

 スーザちゃんに阻まれて。

「ええ。登呂築とろつきの部下の徒村です」

「えー俺だよ」胡子栗が反論する。「トロツキは俺を殉職させてまんまと椅子を分捕ったわけだからね」

「そうですか。登呂築が」代表が受付に眼を遣る。「ごめんなさい?席を外してもらえるかしら」

 ハルドさんは、頷きもせずにいなくなった。

 またもジャングルのカフェテリアへ。僕が腰掛けた両隣をほぼ同時に胡子栗とスーザちゃんが陣取る。代表は少し離れて座った。視線の交わらない方向に。

「登呂築は私の父です」代表が言う。おそらく、事情のまったく呑み込めていない僕だけに。「ただ、登呂築というのは本名ではありませんが」

「課長は娘のためにここを作ったと言っていましたが」イブンシェルタ。

「罪滅ぼしのつもりなのでしょうね。そんなことしなくていいから、死んでくれたらよかったのに」

「憎んでいるのですか」我ながら無意味な質問だとは思ったが。

 胡子栗もスーザちゃんも何も言わないものだから。

 僕が何か言わないと。

 何も言う必要なかったのかもしれないが。

「父は、私の姉を殺しました。だからイワタ様に頼んで同じ目に遭わせてもらったはずなのに。どうして?生きているのでしょうね。祝多出張サービスはそこまでやってくださらないと、わかっていましたので」代表が言う。「そこから先をやっただけのことです。私のイブンシェルタで」


     EVEn4


「殺してくれるんじゃなかったの?」

 A.殺しはしません

「なんで?だってこいつらは」

 ※少女4 口籠る

「わたしだけのためじゃないの。みんなの。みーんなのためにわたしは」

 A.殺しはしません

「話が違う。これじゃデリ○○と変わんないじゃない」

 A.出張サービスですので

 ※少女4 突如走り出し床に転がる予備校講師を

「そっちがやってくんないんならわたしがやるまで」

 A.それでいいのですか

「どうゆう意味?」

 A.そのクズどもを殺してしまったらあなたの気は晴れるかもしれない。ですが

「なに?気を晴らしちゃいけない?」

 A.そのあと何が残りますか

「言ってる意味わかんないんだけど」

 A.虚しいですよ

「いまのほうがよっぽど虚しいんだけど」

 ※少女4 予備校講師を殺害する

 Q.気は晴れましたか

「疲れた」

 ※少女4 その場に座り込む

「終わっちゃった」

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