イヴクロテクス
伏潮朱遺
第1話 医学はペルシア
0
お父さんが行方不明になったらしい。
ざまあみろ。
あんなインチキ歯医者つぶれちゃえばいい。
「悪には天罰が下るのよ」スイナさんは女神みたいに微笑む。「よくいままで耐えましたね。あなたを搾取するものはこの世から消えました」
うれしくってソウコちゃんに報告に行く。ソウコちゃんはわたしのルームメイト。きっと自分のことのように喜んでくれる。
「ソウコちゃん?」
は留守だった。そういえば朝から出かけるってゆってたっけ。どこに行くくらいは教えといてくれたっていいのに。
わたしたち、
友だちでしょ?
でもその日、夜になっても消灯時間を過ぎてもソウコちゃんは戻ってこなかった。
心配になって何度も何度も電話をかけたけどつながらない。メールも返信が来ない。嫌味な留守電がわたしとソウコちゃんを引き離す。
ソウコちゃん、どうか。
無事でいて。
困りに困って、それでももしかするとと思って次の日まで待ってみたけどやっぱりソウコちゃんは帰ってこなくて、どうしようもなくなったわたしは、
同質の7人を訪ねた。
内3人は留守だったけど。朝早くにもかかわらず、
スイナさんは嫌な顔一つせずにわたしの話を聞いてくれた。
トウタさんはソウコちゃんの行きそうなところを一緒に考えてくれた。
ハルドさんは全部の部屋に緊急通達を駆け廻らせてくれた。
だけどルシユさんは何もせずくすくす笑ってた。
「どうして笑ってるんですか?」こんなにも困ってるのに。
「お父さんがいなくなった日とカブってない? そゆこと」
「違います」
「違わない。知らない? 虫歯の治療してた」
「してたとしてもあんなとこ」してたのだろうか。知らない。
わたしにも内緒で?
わたしだから内緒に?なんで。
わたしたち、
友だちじゃ。
「憶測でモノを言わないでね」スイナさんが諫めてくれる。「いずれにせよ姿が見えないのは事実よ。でも安心して? 手はあります」
その日のうちにケーサツが来た。
第1章 医学はペルシア
1
駅から徒歩5分圏内。メインの大通りを一本裏に入っただけでこうも景色が変わる。
入ったことをひどく後悔する。すぐに引き返したく。なるが、
引き返したところであとがない。
僕にはもうこの道をゆくほか。
地上3フロア、地下2フロア。
目的のビルはすぐに見つかった。
寂れた雑居ビル。ここいら界隈によく馴染む。
ぎらぎらと眩しい看板によれば、下から。
○○劇場。
○○倶楽部。
○○バー。
○○。つまりはテナント募集中。
そして、最上階。そこに用事があるのだが。
課長がくれた殴り書きのメモと一致している。
時刻は9時。
夜行性の街では営業時間外だが、営業時間外でないと会えないらしい。営業時間内には外回りに出てしまう。
ビルの出入り口に、客引きスーツの男と見張り門番の男がいる。その両方の間をこじ開ける手段を僕は持っている。
手帳を見せる。
凝視ののちあっさり。
無視された。
初めての反応で戸惑ったが、彼らの関心外だったのだろう。客でもなければ敵でもない。
たぶん味方だ。
僕は、ここに仲間になりにきた。
エレベータで3階へ。
吐き気がするほど有毒な煙に満ち満ちた箱に乗って。到着まで息を止める。
殺風景なドアにプレートがあった。祝多出張サービス。
呼び出しブザを押す。
しばらく間があって声がした。「どうぞ? 中でお待ちくださいな。ちょっといま手が離せませんの」女の子の声だった。
女の子?
部屋内は香が立ち込めていた。甘いようなたるいような。
頭がぼんやりする。
避難訓練よろしく鼻を押さえる。姿勢を低く。
赤のワンピースが強烈に眼に飛び込んでくる。
「ですからわたくしは。どうぞ? お掛けになって」赤茶色。肩に懸かる長さの外ハネの女の子は電話をしていたが、
奇異行動中の僕に気がついてソファを勧める。
ごめんなさいね、という意味の目配せをして再び電話口に。「突然そのようなことを仰られましても。ええ、自信がないわけではございませんの。そうですわ、わたくしは」女の子が僕に視線をくれる。「ええ、はい。いらしてますわ。はい。はい?」
僕を上から下まで見て。
下から上まで見た。通信機器を耳から離して。「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしくて?」
言おうとしたら遮られた。
「わかりましたわ。いえ、わかりませんけれど」女の子は電話をデスクに置く。「嫌ですわよ、わたくしは。協力などと」
なにも言っていないうちから決裂。
僕だって反対だ。民間委託なんか。
しかも、こんな女の子に。
課長は何を考えてるんだ。
「前任者のことはご存じ?」女の子は僕の向かいに腰掛ける。
「先週配属が決まったばかりなので」
「左遷ですわね」
僕の過去がだだ漏れている確固たる予感。
「わたくしもつい今しがたそのように指示がございまして。本日付けで二代目を拝命いたしましたの」女の子は億劫そうに髪を掻き上げる。「急に全権を任されましても。長らくママには師事しておりましたが、右も左もわからない赤子同然。そのようなわたくしに一体何ができますの?」
「潜入捜査が得意だと聞いてますが」課長談。
「それはわたくしではありませんわね」
来客用のソファセットと、仕事用デスクと椅子のペア。
家具の数は簡素だったが、質が豪華そうだった。ぱっと見はなんてことないけれど、実際に使った人だけがわかる。
クッションの座り心地がよすぎてうっかり瞼が重く。香のせいかもしれない。
この煙にもしその手の作用があったら。
なんという危機管理のなさ。女の子ということで完全に油断していた。
「随分とお疲れのご様子ですわね」女の子がふふふと笑う。「諦めていないということでしょうか。新たな手駒を寄越したとなれば」
「知ってるんですか」課長を。前任者とやらを。
そして、僕が飛ばされたこのよくわからない課を。
「知ってるも何も、そちらの課長さまがうちのママを巻き込んで始めた実験的事業ですもの。前任者が殉職されて当然立ち消えたものと思っていましたわ」
「殉職ですか」それは穏やかじゃない。
「ええ。ママも一週間ほど前から行方知れずですし。それがつい先ほどお電話で」二代目を云々。「悪いことは言いませんわ。殉職なさるご予定がないのでしたら速やかに辞表を提出されることをお勧めします。わたくしもあの事業には疑問を持っておりますのよ」
そうしたいのは山々なのだが。殉職だってしたくないのだが。
「協力してはもらえませんか」
「前任者が殉職なされたのがママのせいだとしましても?」
「あなたも僕を見殺しにするということですか」
「そうですわね。そのような局面が来ましたら」即答だった。「お帰りくださいな。依頼主の方と面会ですの」
食い下がっても無駄そうだった。でも、
ここで食い下がらないと課長になんて。
言われるのは構わないが、職を追われるのは困る。
僕はまだもうちょっと、
この組織の一員でいたい。どうでもよさそうな歯車の一つだとしても。
僕にはどうしても、
捕まえなきゃならない悪がいる。
「とある少女が行方不明なんです」
「家出ではございませんの?」女の子はデスクに戻ってしまった。
「どこにいるかはわかってる」
「まあ。連れ戻したらよろしいのに。お得意でしょう?」
「それが」追い返された。「連れ戻したくても、その」
「最強の印籠がございますでしょう?」
「やってくれませんか? 男子禁制らしくて」
女の子がパソコンのモニタから顔を上げる。「それでわたくしに協力を?」
「お願いできる?」
「わたくしの性別を勘違いされてますわ」
「え」女の子にしか見えないけど。「あの、えっと」つい上から下まで見て。
下から上まで。大きめの胸部に視線誘導される。
「冗談ですわ。わたくしの性別を勘違いしてやまない失礼千万な部下がいますのよ。どこをどうしたらわたくしにあんな下劣なものが生えてるだとか」
「やってくれるんですね?」潜入捜査。
「ですからそれはわたくしの得意技ではないのだけど」女の子が椅子から腰を浮かす。「仕方ありませんわね。少女のピンチと聞いて見捨てるわけにはいきませんもの」
僕のピンチではダメで、少女のピンチならいいらしい。
とにもかくにも結果オーライ?
「どちらに潜入すればよろしいの?」
「えっとね」課長の殴り書きメモによれば。「イブンシェルタとかゆう」
「イブンシェルタですの?」女の子の声が上ずる。
「なに? 知ってるとか」
「知ってるもなにも。ママが作った団体ですわ」
「ここって何してるとこ?」祝多出張サービス。
「基本的には人助けですわね」女の子がビラをテーブルに置く。「どのようなことでも構いませんわ。お値段は、お困りの度合いに比例してお安くしてますの」
「困ってる度合いが大きいほど安くなるってこと?」
「射精産業が一番お安いですわね」
「ええっと」なんかますます穏やかじゃない方向に。「なにを出張してるんだっけ?」
「わたくしですわ」女の子が、ビラの中で一番目立つ文字列を指さす。「どこへなりとも参ります。お呼びがかかれば」
確かに書かれた内容は、
それっぽいそれっぽさで。
嫌な予感ががんがんしてくる。「ええっとね。管轄外だからあんまり口出せないんだけど」冗談じゃないぞ課長。
何やらせてるんだ。
こんな女の子に。
「ちょっとごめん。出直す」
2
課長は、冷房がんがんついた事務所でかき氷をがりがり作っていた。
まるでやる気の感じられない。
とても納税者には見せられない放送禁止映像。モザイクかけたって不可能。一発で発禁食らう。
僕が飛ばされたこの課は、その実験的管区の都合で本部を間借りしている。県警としては煙たい眼の上のなんたらでしかないので、失礼があっては困るとかいう名目の下、離れという名の掘っ立て小屋を与えられた。
建物自体そうボロくはないが、突貫工事の爪痕というか。冷暖房が効果を発揮するころには温度感覚がどうかなっている。
つまり、ここで寝起きすることが多い課長の温度感覚はすでに致命的なほどにどうかなっている。
「はべはいはらはんひゃくえんはらっへほくれよ」課長がスプーンを咥えながら言う。
何を言ってるのかちっともわからなかったが、
部下の僕から金を取ろうとしていることだけはわかった。「経費で落ちなかったんですね」
「領収証にのーりょー費て書こうとしたらのーりょーって字をド忘れしてな。怨霊じゃないし。あれ?」
「それで一切が面倒くさくなって自腹を切ったと」
「ムダくんはなんでもわかるんだな。いやあ、優秀な部下が来てくれて助かるよ」課長がかき氷製造機に氷をセットする。「よし。百円負けて二百円だ。食べていくといい。暑かったろう、そうだろう」
「それ食べたら話聞いてくれますか」
「ブルーハワイしかない。ブルーハワイでいいね?」課長はだくだくと青い液体をぶっかける。
領収証が通らなかった本当の理由がいまわかった。納涼くらいその場で経理に聞けばわかる。そうじゃないのだ。
食べてしまったら僕も経費で落ちなくなる。
舌がエイリアン化するので。
「一杯食べてから出しに行ったのでは?」領収証。
「いっぱい食べたさ。私の金だもの」
課長には漢字ドリルをお中元にするとして。
「行ってきたんですけど、その。あの子、いくつですか? とんでもない犯罪行為に手を染めてるんじゃないかと」
「幼く見えるだろう。ほいよ、ブルーハワイだ」課長が僕の眼の前にできたてほやほやのかき氷を突き付ける。「食わんのか」
「あ、はい。いただきます」本当は、かき氷類の中でブルーハワイが一番嫌いなのだが。
だいたいこの致命的に人工的ですよな色合いが我慢ならない。自然界に存在する青は空と海で充分だと言わんばかりの。
「ああ見えて18は超えてる」課長が本日何十杯目かのかき氷作りを再開する。
「具体的に何歳ですか」
「待てよ。きょうは。ああ、そうか。それでムダくんが追い返されたわけかな」
追い返されたわけではないのだが。言い訳にしか聞こえないので黙っていた。
それに、急いでかきこんだおかげで頭がきーんと。
事務所は平屋。たった二人でやり取りをするには充分な広さのはずだが、課長の私物が続々と運び込まれているので窮屈に感じる。
風呂トイレが付いているのをいいことに居ついてしまったのか、ちまちま家に帰るのが面倒なので風呂トイレを付けさせたのかはわからない。卵が先か鶏が先か。
課長は、重要書類やら不要私物やらが乱雑にぶち込まれた棚をごそごそと漁り。ここじゃなかったかな、と首をひねりながら、デスクの引き出しを全部開ける。もちろん僕のデスクも空き巣の被害に遭った。家主のいる前で堂々と。
「何をお探しですか?」時短のため尋ねる。
「あの、あれだ。買っといたんだよ、ほら。このくらいの」課長が両手でリンゴ大のものを包む動作をする。「確かこのあたりに」
「あの、もしやして」リンゴ大ではない。せいぜいキウイ。
超有名高級ブランドのロゴがデザインされた箱。
「なんでムダくんが持ってるんだね。だいじなものなんだよ」
「お言葉ですが、課長が僕に預かっていろと」
「そうだったかな。まあいいさ。これをだね、スーザちゃんにあげてくれ。こんなもので機嫌が直れば儲けもんだが」
「いいんですか」中身はなんとなくわかる。アクセサリィ類。
どうしてこれを僕に渡させるのか。
だいじなもん。なのに。
「ムダくんが渡したほうが喜ぶよ。頼んだからね課長命令。んでね、ちょっとばかり進展というか後退というか」課長がうーんと唸って眼を瞑る。かき氷にきーんとやられただけだ。「少女の父親が殺された。彼の歯科は知ってるね。行ってらっさい」
「いつですか?」父親とはつい昨日も会ってきたばかりだ。
それに、少女の捜索願は父親が出したものだ。
少女の居るであろう場所に潜入しようとした(主語は僕ではないが)矢先に。
「通報自体はムダくんが出かけたのと行き違いだよ。裏を取っていて連絡が遅れた。もろもろは現場で聞くといい」
自分で言ったりやったりするのが面倒だから自分以外に丸投げする。部下に仕事を任せてくれる、といえば聞こえはいいが。
だから、殉職者が出るのだ。
「課長。前任者のことなんですけれど」
「ムダくんは大丈夫だよ。自分で考えて行動できる」
「課長は責任を感じてないんですか」
「ここで辞めたら彼に申し訳ない。それが私なりの責任の取り方だよ」課長が僕を見る。
本日初めて眼があった。
「行ってくれるかい」
「彼女、スーザちゃん?でしたっけ。誕生日なんですか?」
「ムダくんごときが馴れ馴れしく呼ぶんじゃないよ」課長がべろんと出した舌は予想以上に真っ青だった。
僕も思わず自分の舌の色を慮る。今日はもう喋らないほうがよさそうだった。
3
行方不明の少女の父親は、僕らの管区内で歯科を開業していた。た、と過去形を使わなければいけないのが悔やまれるのだが。
看板の前に立っていた制服に手帳を見せて、立ち入り禁止のテープの中に入る許可を得る。制服は、知らない外国語を見るように手帳を眺めていたが、自分より上の立場の人間だと経験則で察したようで。
いまいち知名度が低いのは否めない。
なにせ僕と課長しかいない。人員を増やしてもらえない理由を捏造されている。あくまで実験事業という名目にかこつけて。
目立った成果が上がらないのも人員不足に起因するところが多いのではないだろうか。挙句殉職者も出れば、課自体の存続だって危うくなる。
課長はどうやって守ったのだろう。一人で戦った?
あのテキトーな課長が?
入り口が開けっぱなしなので、医療施設特有の効きすぎた冷房がほどよい感じに和らいでいる。一時的に爆発的に増えた人口密度のお陰もあるだろう。そこに汗と体臭が混ざり合って。
本部の捜査一課の連中が僕を見つけて可も不可もない微妙な表情を寄越す。課長が来たくなかった本当の理由はここにある気がしてならない。
邪険にもできないが手厚く歓迎するわけにもいかない。上には違いないが畑が違う。
僕も僕とて勝手にやらせてもらいたいので、必要な情報さえもらえれば懇切丁寧な観光ツアよろしく案内して回ってもらいたくない。初めての場所ではないし。
受付の
診察室には椅子が三つある。
手前、真ん中、奥と並んでおり、そのうちの奥の椅子に鑑識が群がっていた。
そこに、いたのだろう。
昨日まで生きていた姿を見ているのであまり実感がわかなかった。遺体を見ていないからかもしれない。できれば見ない方向で話だけ聞いて終わらせたいところだが。
スタッフオンリのドアから歯科衛生士の
僕を見てうんざりした顔をする。ただでさえ人口密度が酷いことになっているのにこれ以上増やすんじゃねえよ、という意味ではなく、やっとこ終わったところなのに、僕にもあることないこと根掘り葉掘り聞かれると。
「早く帰れるように言ってあげようか?」
「あなたそんなに偉いの?」地場さんはどうでもよさそうだった。無理だと決めつけている。
「三十分以内に帰れたらデートしてくれる?」
「どうせおんなじこと訊くんでしょ? 下心があるかないかの違いね」
「もう一人は? えっと、
「休みよ。残念ね」地場さんは嫌味っぽく笑う。
僕の尽力のおかげとは思えないが、その後三十分ほどで関係者二人は解放と相成った。
地場さんは不満そうに僕を睨んでいたけど、すれ違いざまにメモを握らせてくれた。他の私服に気づかれないように。
ケータイの番号。
夜はダメ、と神経質そうな細かい字が並列していた。
「失礼します」受付の砂宇土さんは礼儀正しく頭を下げる。
ふらふらとした足取りが危なっかしかったが、見兼ねた制服が手を貸していたので見守った。急激な温度差にやられたのだろう。
道を挟んだすぐ向かいが駅のロータリィ。上の階が美容室。
美容室も飛んだとばっちりだ。店長らしき奇抜な髪形の男がハサミを持ったまま窓から身を乗り出して下の階をのぞいている。
野次馬と物見遊山も解散しつつある。覆面とパンダがこぞって引き上げてしまったせいだ。
時刻は正午射程圏内。
本部連中がこぞって引き上げた理由が、腹が減っては戦ができなくなったせいな気がしてならない。
取り残された腹減りな僕は課長に電話をする。「もろもろも訊けなかったんですけど」
「被疑者がわかってるからだろうな」
「知ってたんですか」
「私の推理だ」
どことなく得意そうな課長に腹が立ったが、
腹を立てていても仕方ないので。「誰なんですか」
「樫武イルナ」
「証拠は?」
「取り調べをするかい?」
一連のこれは、
課長が旗振るガイドツアだったわけか。「結果だけ聞きます」切る。そして、地場さんにかける。
すぐに出てくれた。「イルナがやったって本当なの?」
「それ聞こうと思ったんだけど」
「ついさっき聞いて」
「誰に?」
「ヨウヒも庇いたかったんでしょうけどね」
「第一発見者が」砂宇土さんじゃ。
「だから、発見したのよ。先生引きずってるとこを」
「これから都合つく? 詳しく聞きたいんだけど」
「そんなの全部言っちゃってるわよ。あなたホントにケーサツの人なわけ?」
切られた。
何しに来たんだろう、僕は。そうだった。
これを、
渡しに行かないと。プレゼント。
樫武さんが?
院長を?なぜ。
わからない。課長の推理を聞いてみたい半面。
課長の推理をどうにかして覆したい僕がいる。
車付近にスーザちゃんが立っていた。
白い日傘をさして。臙脂色のワンピース。
「え、なんで」ここがわかったのか。
一つしかない。課長だ。
「どうしたの?」
「早く開けてくださいな」
運転席に乗ろうとしたところを熱風が襲いかかる。
急いで冷房を入れた。つまみを最強にして。
涼しくなるまで待って、スーザちゃんが車に乗り込む。早く開けろと言っていたのは自分が一秒でも早くに乗りたい云々ではなく。僕が一秒でも早く乗り込んでクーラをつけろとそうゆう。
「留守でしたわよ」
「なにが?」暑さでやられて頭が回っていない。
「行ってきましたのよ」イブンシェルタ。「出してくださいな」
発進する。
「どこ?」
「本当に留守かどうか確かめますわ」
「行けってこと? 無駄だよ。男子禁制なんだから」
「そんなことをむだむだと仰っていますからあなたはムダさんなのですわ。本名を尋ねたところでわかるわけがありませんもの。あそこでは名前など飾りにすぎません」
行方不明の少女の名。
「飾りって?」
「イブンシェルタが何をしている団体なのかご存じ?」
「塾みたいなもんだよね。エリートの」
スーザちゃんがバックミラ越しに沈黙をくれる。
「違うの?」
「有谷ソウコさんの父親が亡くなったそうですわね」話を変えられた。
「うん。らしいよ」
「見てきたのではありませんの?」
「そうなんだけど」課長に踊らされて。「なんてゆうかね」
「役に立ちませんわね」
オフィス街も繁華街も住宅地も通り過ぎた郊外。田畑と森林と平地。
イブンシェルタをばびゅんと通り過ぎたためスーザちゃんに野次を飛ばされたが、すぐ前の通りが駐停車禁止区域でかつ一方通行だと説明したところ、ケーサツの鑑だと皮肉られる始末。
なんでこんな車通りのない道を駐禁で一通にするのだ。
「車は不便ですわね」
「乗ったのはスーザちゃんだよ」
「馴れ馴れしく呼ばないでくださいな」
やっぱり駄目らしい。
「なんて呼べばいい?」
「別に構いませんわよ」
「どっち?」
「わたくし本人が名乗る前から名前を知っていたことに不満を覚えただけですわ。ムダさんという愛称だって、課長さまから聞いてしまっていましたし」
愛称ではないようなそうでもないような。
僕はあまり気に入っていないし、むしろ蔑称だと思う。
それでも僕がそう呼ぶのを黙認しているのは、
ムダくんの名付け親が、
僕がどうしても捕まえたい悪の張本人だから。
ムダくんと呼ばれるたびに思い出す。絶対に忘れることはない。
彼女は僕が捕まえる。
「改めて自己紹介しますわ。わたくし、祝多出張サービスの二代目店主のモノマチすざきと申します。スーザとお呼びになって」
「モノマチてどうゆう字?物の町? てゆうか祝多さんだと思ってたけど」
「ムダさんの番ですわよ」スルーされた。
「ええっと、なんだっけな」所属している実験的事業の名称がどうしても憶えられなくて、手帳でカンニングしようとしたら。
スーザちゃんに奪われる。
見事なスリ手管。
「アダムラなどよし、さん?そう、それでムダさん」胸のつかえがとれたとばかりにふう、と息を吐き。「そうでした。イブンシェルタですけれど」手帳を返しながら言う。「性犯罪の被害少女を匿ったりだとか相談に乗ったりだとか、とにかく支援団体施設ですわ。ですから何の伝手もないムダさんが国家権力を振りかざしましたところで」
男子禁制な理由がようやく理解できた。
僕なんか害虫以下。
「女装などしては如何でしょう?」
「冗談」
EVEn1
Q.女装ですか?
「見ての通りです。見せましょうか」
※少女1 スカートをたくし上げようとする
Q.どうして女装をしているんですか
「男子禁制ですので」
Q.男子禁制でなかったら女装をしなかったということですか
「代表が男では駆け込みたくなくなります。でなければ女に興味がないことを過剰に宣伝しないことには」
Q.女に興味がないんですか
「女の子は好きですよ。可愛らしいですので」
Q.性的に興味があるかと訊いています
「これも調書にお書きになるの? 本当に訊きたいことはこんなことですかしら」
Q.少女の心の傷をどのように癒していたのですか
「癒えません。私は何もしていないしできません。私にできるのは安心できる場を提供することだけです」
Q.少女たちは、代表であるあなたを絶対視していたようですね
「絶対視の意味がよくわかりません」
Q.神のように崇めていたということです
「でしたら勘違いです。神などと。畏れ多い」
Q.あなたには神がいたのでありませんか
「誰にでも神はいます。心の拠り所、という意味ですけれど」
Q.その神はある日突然何の前触れもなく失われてしまった
「ええ」
Q.そこであなたは神の代理をしなければならなくなった
「そうです。心の拠り所、という意味ですけれど」
Q.神の代理であるあなたに命令されれば少女は何でもやった
「何が仰りたいの?」
Q.あなたが命令して殺させた男は何人ですか
「さあ。数えたことがありません」
※少女1 何の悪びれもなく答える
「男というものは私たちを搾取しています。同じことをしただけなのです。同じ目に遭わせて。あなたも遭いますか?遭わせてあげましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます