黄昏廃墟の少女
東京廃墟
第1話 黄昏の廃墟を歩く
少女が覚えているのは夏目薫という自分の名前だけであった。
少女はベッドから起き上がる。足を傷つけないように慎重に。建造物の中は荒れ果て、壊れた椅子や空っぽの瓶、古びた書物やらが散乱していた。八畳ほどの部屋だという事が分かったが、自分の部屋で無いことは認識できた。部屋には机が置かれ、その上に誇りまみれの写真立てがあった。笑顔の青年達が写っていたが、やはり少女に見覚えはなかった。
「ここはどこだろう・・・」
少女は記憶を何処かに置いてきたのだ。
硝子窓を開ける。フレームが歪んでいるのか、少し手間取った。
部屋の中に柔らかい風が吹き込む。そこは都市部と郊外を分断する河川敷の畔に見えた。
河の向こうで西陽が都市を包み込む。廃墟の敷地に生えているポプラの葉が風にそよいでいる。少女は窓から辺り一面を見渡した。知らない風景だった。また、何処を見てもヒト気が無いことが少し少女を不安にさせた。ただ雲が流れていた。
下を見ると、ここが建造物の三階であることが分かる。
少女は、取り敢えずここに居ても埒があかないと考える。部屋をでると3階には他に5部屋あったがどの部屋も鍵がかけられ開けることはできなかった。部屋にはそれぞれ金属製のプレートが貼り付けられていた。【さじ、すなつぶ、うつのみや、もと、るい、ろくもん】部屋の住人の名前だろうか、意味不明な文字の羅列が全て平仮名で彫られていた。少女が目覚めた部屋は【すなつぶ】のプレートが貼られていた。
「すみません。誰かいませんか?」
透き通った声が無機質な空間に吸い込まれる。
返事はない。軋む階段を降りると2階は広いフロアがあった。アトリエだろうか。幾つものカンバスが配置されていた。どのカンバスも鳥がモチーフの油絵であり、何故か何れも描きかけであった。羽ばたく鳥は自由への渇望なのか。
その中心に黒い影が2つ、それぞれ椅子に腰をかけていた。片手に絵筆、もう片手にパレットを持ち絵を描いているところであろうか。
少女はギョッとした。レザー製の不吉な鳥の型をしたペストマスクの影は明らかに異質であり、異様な雰囲気を醸し出していた。
丸い眼が少女を捉える。
「ヤァ。」
「コンニチワ。」
2つの影は少女に語りかけてきた。
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