ピーマン
花梨
ピーマン
バチン、と思い切りしっぺをされたような衝撃を感じた。あまりにも不意であった為、特にどこも痛くない筈なのに、つい口から「痛い」と言葉が漏れた。音のした方を見やると、ちょうどまたバチンと音がして、瞬間鈍色をした空の隙間からレモン色の糸が垂れた。「糸」というには太くて、ガサガサとしているそれが雷だと認識するのには、寝ぼけ頭では何秒か要した。
雷は怖い。
風船が割れるときより大きな音がするし、バチバチと光るさまは獰猛な狼のようだと思っていた。だけど、なんでか今見ている雷は、綺麗だと思った。
最近は、嫌いだったピーマンが食べられるようになったり、何を言っているかわからないからと毛嫌いしていた洋楽を聴くようになったり、自分が自分じゃなくなって行くような感覚を味わうことが多くなった。
昔に父が流していた曲のフレーズの「大人の階段登る」というのはこういうことかと少し嬉しく感じる一方、まだ初恋は実ると思っていたころの自分が透明になってどこかへ行ってしまったような喪失感も感じている。
そのようなことを考えていると、またバチンと一層大きな音がした。よっぽど空の機嫌が良くないのだろう、雲の隙間からたくさんのガサガサの糸が垂れる。どこかの大学の偉い人の会見のように絶えないフラッシュをぼんやり眺めていると、目がチカチカとしてきて、視界が真っ暗になった。
すると真っ暗な中にパッと、まるで映画のように人が投影された。学生服を身に纏い、銀杏の樹の下に立ち尽くすその少年は、若いころの自分だ。それはまさに「好きです」が全てを上手くいかせる魔法の言葉だと思っていた頃の。
もう会えないと、透明になってしまったと思っていた自分が、嫌いだった筈の雷を映写機のようにして目の前に現れたことに、えもいわれぬ感情が湧き、目を細めた。そうした景色をうっとりと眺めていると目が覚めた。
ピーマン 花梨 @mashounolady
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