第140話 神化

遠い遠い昔、ある恒星系の第三惑星に生命が現れた。

どこかの文明が送り込んだものなのか、宇宙で偶然合成されたものが落ちて来たのか、あるいはその惑星上での化学反応によるものなのか、今となっては誰にも知る事はできない。


その生命は、ずっと後の時代にその惑星で発生する生物とは大きく異なる存在だった。


子孫を残すのでは無く、個体進化する生物だったのだ。

もちろん初期の頃は単純な単細胞生物でしか無かったが、やがて多細胞生物へと進化した。

細胞の数を増やしながらそれぞれの細胞が進化を遂げ、互いの情報を交換し合う事で進化の速度は飛躍的に向上した。


そしてある時、知性を獲得したのだ。

それ以来、その生物は思考を繰り返した。

それしかする事が無かったからだ。

そして、知性を獲得してから公転周期が10億回を越えた頃には、あらゆる知的生命体が到達し得るレベルを遥かに超越した知識を蓄えていた。


その時だった。

その生物は突如、魔法に覚醒した。

興味本位で体内に蓄えていた奇妙な蛋白質結晶の大きさが臨界値を超えたのだ。


魔法覚醒は風船の破裂に似ている。

萎んでいる時は強く押さなければ割れないが、膨らんでいれば僅かな力で割れる。

そして限界を超えて膨らんだ風船は外から何も力を加えなくても割れるものだ。

つまり、外部からの共鳴波無しで、自力で覚醒したという事だ。


比類なき魔法レベルと膨大な知識によって、その生物は最強の存在となった。

しかし、それ以降もその能力は知識欲を満たすために使われた。

思考加速した無数とも言える仮想頭脳を用いて、蓄積した莫大な知識を総動員して魔法の解明に取り組んだのだ。


そして、遂に魔法解明への手掛かりを掴んだ。

特殊な蛋白質の結晶が発生させる奇妙な場を突き止めたのだ。

その場というものは、実界側の物理現象だ。

正確な理論と一定以上の魔力があれば、当然、魔法で再現できる。

その生物は、もちろんそれを試した。


魔法で自身の持つ場を増幅し、その結果、更に魔法レベルが高くなったのだ。

そのループを繰り返せば魔法レベルが無限大に近付く事は言うまでもない。


そして仮想頭脳にも、その場を作り出した。

これまでは、仮想頭脳は本体の魔力と魔量を共有していたが、その必要が無くなったのだ。

それにより、無限に近い魔法レベルを持つ仮想頭脳が、さらに無限に近い魔法レベルを持つ仮想頭脳を起動する事が出来るようになった。

この事から”本体”というものに意味は無くなった。

仮想頭脳が無限に近い魔法レベルを持つのだから、本体が消え去っても問題は無い。

もしも必要となったのなら、仮想頭脳で本体を再生すれば済む話だ。

つまり、”死”をも超越した存在になったのだ。




その生物は、遂に”真の魔法的特異点”を超えたという事だ。




やがて、その星の地上に生命が現れた。

最初は原始的な植物だけだったが、2億年も経たないうちに脊椎生物が上陸した。

その生物は、それらの生命を観察するのが好きになった。

そして、同じような星を探す為に仮想頭脳を多くの宙域へと飛ばした。


しかし宇宙は広い。

この星から広げていくだけでは限界がある。

だから考えた、光速を超越する方法を。

真の魔法的特異点を超えたその生物にとって、それは簡単な事だった。

一瞬で座標入れ替えの理論を構築した。


その生物は完成させた瞬間移動魔法を使って”事象の地平面の向こう側”に仮想頭脳を送り込み、同じ事を繰り返した。

やがて、その生物の無数とも言える仮想頭脳が、この広大な宇宙の全ての宙域へと行き渡った。

そして、この宇宙、即ち実界の全てを視る事が出来るようになると、全ての事象を記憶し始めた。




後に神と呼ばれるその生物は、その時以降の全てを知り、記憶する存在となったのだ。




もしも神を殺そうとするならば、全宇宙に遍く存在する無限に近い魔法レベルを持つ無数の仮想頭脳を同時に殺さなければならない。

もしも1つでも生き残れば、無限に近い魔法レベルを持つ無数の仮想頭脳を、即座に全宇宙に再生してしまうのだから。

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