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第133話 裏研-01
「駄目だ。見つからん!」
俺は神もどきの言った言葉に従って、魔法使いと一般人の違いを調査していた。
機密情報ファイルは粗方調べたが、まだ手掛かりすら見つからない。
「残るはこれだけですね。」
”非常用保存食の効果に関する仮説”
「どっか他の場所に資料があるんじゃないか?」
「その可能性は否定できませんが、コウが調べた限りは無かったのですよね?」
「あぁ、神もどきが再生する前に、近くの惑星まで含めて徹底的に調査したが、機密情報が残っているような施設は無かったぞ。」
「となると、地星の方で解明されているのでしょうか?」
「地星の最先端技術はスメラのカンニングだからなぁ・・・」
「そうですね。」
「しょうがない、読むか・・・」
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世間には存在が知られていない研究施設、通称”裏研”の一室に一人の男が座っている。
「くそっ!何が、何が原因なんだっ!」
裏研の所長は袋小路に嵌り込んでいた。
これまでの研究により、魔法使いになるには、先天的な要素と後天的な要素があるという事までは分かっている。
魔法使い同士と、非魔法使い同士では、明らかに前者の方が魔法使いの子供が産まれる確率が高かった事から、以前に大規模な遺伝子調査が行われている。
その結果、多数の遺伝子が複合的に働き先天的な要素となっているという結論に至った。
ただし、この結論は差別に繋がりかねないという懸念から、公表されないまま葬られてしまっている。
また、ルキフェルとデアフィリアから採取した遺伝子を解析し判明した事があった。
彼らは人間の上位互換と言っていいような存在だった。
もっとも、最新のOSでも最初期のOSのコマンドを使用できるというレベルだ。
大部分の遺伝子は用途不明であり、所々、人間と同じ物が存在する事が分かったに過ぎない。
それでも、前述した調査結果と二人の遺伝子の傾向は一致していた事から、おそらくそれが最強の組み合わせなのだろうという予想が立てられている。
後天的な要素については、未だに全く分からないという状態だった。
産まれた直後に離れ離れになった一卵性双生児が、片方だけ魔法使いになるケースがあった事から、後天的要素がある事は大戦直後から認識されていた。
裏研ではその検証の為に、魔法使いの細胞から赤ん坊状態のクローンを製造し、様々な実験を繰り返してきた。
投与する栄養バランスの条件はもちろん、毒物の投与や放射線の照射、精神的あるいは肉体的にストレスを与えるなど、非人道的な事も含めて考え得る全ての条件で実験したのだが、魔法使いになった者は一人も居なかった。
「このグラフの意味するところは何なのだ・・・」
映し出されているのは、魔法使い率の変遷を表したグラフだ。
大戦後、しばらくして急激に落ち込んだ後に、再び上昇している。
「もう一度、別の観点から洗い直してみるか。」
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裏研の会議室に首席研究者たちが集められていた。
主催者でありプレゼンターでもある所長が正面に座っている。
「諸君、ついに見つけたぞ!」
「所長、落ち着いて下さい。何を見つけたのですか?」
「コナン君、言わずとも分かるだろう?」
ちなみに、裏研では各研究者の素性は詮索禁止であり、本名とは関係ないコードネームで呼び合う事になっている。
所長もただ所長とだけ呼ばれているのだ。
「まぁ、所長がそこまで興奮するからには、後天的要素ですか?」
「その通りだ、コナン君。諸君、まずこのグラフを見てくれ。」
魔法使い率の変遷を表したグラフと、それと酷似したグラフが表示された。
会議室にどよめきが広がった。
「こ、これは・・・こんなデータがどこに眠っていたのですか?」
「ダッチ君、さすがにこれを見落とすほど、人工知能は愚かではないだろう?落ち着き給え。」
「つい興奮してしまいました。では既存のデータに何らかの処理を施されたのですね。」
「その通りだ。部分的に見覚えのある者は居るかね?」
所長は皆を見回した。
「所長、前半は似たような傾向のものの見当がつきます。」
「ダグラス君、それは何だね?」
「はい、非常用保存食の消費量です。生産量でも出荷量でも無く、消費量です。ただ、微妙に違うようにも見えますが・・・」
「素晴らしい!よく覚えていたな。」
「いえ、大戦終了後に大幅に落ち込んだものの代表例ですので、個人的に詳しく調べた事があったので・・・」
「いや、実に感心だ。そして君が感じた違和感は正しい。このグラフの前半は、妊婦向けの消費量を抽出したものだ。」
「という事は、後天的要素は胎児の頃の影響という事でしょうか?」
「少なくとも胎児期の影響もある、という言い方が正しいのではないかね?」
「あ、はい。そうですね。」
「所長、もったいぶらないで下さいよ。後半のグラフは何なのですか?」
「ジェリコ君、君はせっかちだな。まぁいいだろう。後半はこの食品の消費量だ。」
映し出されたのは、有名な離乳食のパッケージだった。
非常に価格が安く栄養も完璧なので、現在ではほぼ市場を独占している製品だ。
「これは・・・では乳児期の食事も影響するという事ですか?」
「そうだ。そしてこの食品と非常用保存食の間には密接な関係があったのだ。」
「どういう事ですか?」
「キユ大佐は娘が産まれて以来、非常用保存食を用いた完璧な離乳食の研究に没頭していたのだよ。」
「えぇ、回顧録にもそう書かれていました。」
「この離乳食は公開されたその研究成果を参照し、ただ同然で大量に放出された非常用保存食を原料としたおかげで大幅にコストを抑える事ができたのだ。ただし、大量の調味料を追加したらしいがな。おまけに、政府への納入義務と引き換えに、人機大戦後に非常用保存食の製造ラインをただ同然で払い下げられている。」
「では、非常用保存食が魔法使いになる鍵だと・・・」
「その通りだ。」
やっと後天的要素への手掛かりを掴めた事で誰もが興奮している。
「では諸君。非常用保存食に関する詳細な調査を開始してくれ給え。どんなに微量な不純物でも構わない。徹底的に頼む!」
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裏研の精鋭研究者の努力により、非常用保存食から一つの物質が発見された。
それは特殊な蛋白質だった。
自然界では、ある洞窟に自生していたキノコの固有種がわずかに生成するらしいが、広くは知られていないものだった。
そして徹底的な調査の結果、その蛋白質は血液脳関門を通過できる特性、つまり血管から脳内に入ることが出来るという特性を保有している事が判明したのだ。
「トレンチ君、状況証拠は揃ったな。」
「はい、所長。おそらく、この蛋白質が魔法野に蓄積されるのでしょう。」
「だろうな。死体は確保してあるな?」
「もちろんです。」
「では準備し給え。いつできる?」
「本日夕方・・・16時には開始可能です。」
「分かった。」
解剖の結果は良好だった。
確かに魔法使いの魔法野には、その蛋白質が集まっていたのだ。
今までこの事実が見逃されて来たのは単純な理由だった。
予算を気にせず、一種類の蛋白質だけを検出する事に特化した測定器を用いて、特定の部位だけを集中的に測定したからこそ見つけられる濃度レベルだったのだ。
「所長、遂にやりましたね!」
「アーノルド君、君が昼夜を惜しまず組み上げたこのT-800のおかげだよ。」
「いえ、目標さえ定まればこれくらいの装置は誰でも作れます。」
「謙遜するな。次の実験でも期待しているぞ。」
「あまり気乗りしない実験ですけどね・・・」
「気にするな、犯罪者だ。」
次の実験とは、生体実験だ。
生きた魔法使いの魔法野の状態を知る為に、重犯罪を犯した魔法使いが尊い犠牲となる。
「魔法野の露出、完了しました。」
「よろしい。では測定を開始し給え。」
「了解しました。」
T-800が様々な計測を行い、順調にデータが蓄積されていく。
「これは・・・」
「どうしたんだね、アーノルド君?」
「はい、まだ確定では無いのですが、例の蛋白質が結晶化しているようです。」
「ほう、それは中々面白いな。予定をオーバーしても構わん。徹底的に調べろ。」
「了解しました。」
慎重に測定を続けた結果、結晶化している事は間違いない事が判明した。
「お手柄だ、アーノルド君。」
「ありがとうございます。」
「ところで、その結晶はレーザーアブレーションできそうかね?」
「はい。かなり焦点を絞れば可能です。」
「ふむ・・・すぐに準備できるか?」
「30分もあればセッティングできます。」
「では取り掛かり給え。」
「了解しました。」
アーノルドは手際よくレーザーアブレーション装置のセッティングを完了させた。
「予想はついていると思うが、これより被験者の蛋白質結晶をレーザーアブレーションにより削ってもらう。それに伴う変化を記録してくれ給え。」
「了解しました。被験者の現在の魔法レベルは3、これよりアブレーションを開始します。」
結果は予想通りだった。
結晶が小さくなるにつれ、魔法レベルは階段状に減少した。
「測定を終了します。」
「ご苦労だった。思った以上の成果だったな。」
「はい。一気に解明が進みましたね。」
「だが、まだ母数1だ。それに遺伝子の働きも解明せねばならん。」
「そちらは専門外なので・・・」
「また被験者が確保できたらアーノルド君に頼むさ。」
「この被験者はどうします?」
「何か試したい事はあるか?」
「無理矢理あの蛋白質を注入した場合の反応などを観察できればと・・・」
「なるほど。構わん、好きに使え。殺してしまってもいい。」
「ありがとうございます。」
その後も被験者を確保する度に実験を繰り返したが、同じ結果が得られたのだった。
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遺伝子解析チームも順調だった。
あの蛋白質を魔法野へと導く作用の遺伝子、結晶の核となる形状を作り出す遺伝子、結晶化の触媒のように振る舞う酵素を作り出す遺伝子など、それぞれの遺伝子の担う役割も解明されたのだ。
なお、幼児期から分泌され始めるホルモンが影響し、それ以降はその蛋白質をいくら摂取しても結晶成長は起こらないという事も判明している。
もちろん、人工的にその蛋白質結晶を作成する実験も数限りなく試行されたが、一度も成功していない。
コンコンコン
「入り給え。」
「失礼します。所長、レポートが完成しました。」
「ご苦労。」
レポートを速読し内容を確認した。
万が一、漏洩したとしても問題無いように生体実験などは記載されていなかった。
「内容に不備は無いが、非常用保存食と遺伝子関連に分割してくれ。」
「は、はぁ、了解しました。」
「お偉いさんの中には、遺伝子で決まってしまうっていうのが気に入らない連中がいるんだよ。人は誰しも平等なんていう幻想に取り憑かれていやがる。」
「なるほど、全てを握りつぶされないようにですか。」
「そういう事だ。」
所長の危惧通り、遺伝子の方のレポートは握りつぶされてしまい、裏研にしか研究成果は残されなかった。
そして、非常用保存食の方のレポートは、”非常用保存食の効果に関する仮説”と名付けられ機密情報ファイルとして保管される事となったのだ。
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俺たちは”非常用保存食の効果に関する仮説”を読み終わった。
「驚いたな・・・」
「えぇ、まさか魔法使いになるには非常用保存食が必要だったとは・・・」
「子供達が全員魔法使いなのは非常用保存食を食べ続けていたからか。」
「これからどうします?」
「魔法が使えなくなるのは困るしな・・・」
「その蛋白質を含んだサプリメントと幼児用飲み物の開発でどうでしょうか?」
「そうだな。そうしよう。」
「そういえば・・・」
「どうしたんだ?」
「引きニートコンビとナホさんで違いがあるのは何故なんでしょうね?」
「そう言えば不思議だな。ナホの時はお義母さんが非常用保存食に耐えられなかったんじゃないか?」
「心が折れたとしても責められませんね・・・」
「ま、今となっては真実は分からんけどな。」
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