第60話 挙式-05

ある日の夜


「そう言えばさ、だいぶ前に聞いてそれきりだったんだけど・・・」

「んー、何だっけ?」


ナホは大きくなってきたお腹を大切そうにさすりながら返事をした。


「ここって見た目は単一民族っぽいのは何でかなって。」

「え?人機大戦で私たちの国以外は全滅したって聞いてなかったっけ?」

「いや、それは聞いたんだけどね、この国だったら移民をどんどん受け入れる多民族国家だったんじゃないかって不思議でさ。」


そう、ここは地星ならイモルキ連邦のはずだ。


「え?多民族国家?」

「違うの?」

「ご先祖様はマホロバからここに植民したけど、移民はほんのちょっとだけだったよ。」

「地星とは全然違うんだなぁ・・・」


考えてみれば当然か。

遺伝子や地形までそっくりでも歴史は全然違うのだろう。


「地星ではここはどんな国だったの?」

「最初は氷河期に海面が下がって陸続きになった北西の海峡から人が渡って来たんだよ。何回かは絶滅したらしいけど、最終的には南の大陸にも原住民が大勢いたんだ。」

「へぇ、スメラだと遺跡とか石器は見つかったけど原住民は居なかったよ。」

「じゃあ、ここに渡ろうとした人は居たんだね。」

「そうだねぇ。ちょっとした差で絶滅しちゃったのかなぁ?」


人の持つ”未知の地に踏み出す衝動”はどちらの星も変わらないらしい。

氷河期の厳しい環境で、進むか止まるか、右か左か、その判断1つで生き残るか全滅するかが分かれただけなのだろう。


「そうだろうね。それで原始的だけど独自の文化を築いて長い間繁栄してたんだけど、ここから見て東の方に大陸があるでしょ?」

「うん、褐色種が居た地域だよね?」

「地星だとスメラには居ない白色種が住んでたよ。で、航海術が発達して、そこから人が来るようになったんだ。」

「地星では文明が発達してたんだ?」

「当時は世界で一番発達してたよ。スメラは違うの?」


聞いてみると色々と違いが多そうだ。


「途中まではすごく文明が発達してたんだけどね、病気が流行して衰退しちゃったんだ。」

「病気って言うとペスト・・・肌が黒くなって死ぬような病気?」

「それも流行した事があるみたいだけど、もっと酷い病気だよ。免疫が壊されちゃう病気なんだ。」


地星でいうところのエイズだろうか?

既に撲滅宣言も出されているし、予防薬も治療薬もあるが、症例を聞く限りでは悲惨な病気だ。


「地星にも似たような病気はあったけど、医療技術が発達してから流行したから、何とか抑え込んだらしいよ。」

「そうなんだぁ。スメラだとまだウイルスとか見つけられない時代だったから無理だったみたい。そんな時代に空気感染したんだから厳しいよねぇ。」

「え?空気感染するの?」

「最初は濃密な接触感染だったけど、突然変異したらしいよ。感染者が多かったから突然変異する機会も多かったみたい。」


そうか、スメラの文化だとモテる男はそこら中でばら撒いてしまうのか・・・

地星で一夫一婦制が定着した理由の1つが性感染症を広めない為とかいう説を聞いた事があるが、あながち間違いでも無さそうだな。


「潜伏期間が長い病気の感染を見つける手段も無くて空気感染までするとなると、防疫は一筋縄ではいかないな・・・」

「うん、都市部は壊滅して、集落に籠るようになったらしいよ。外から人が来たら問答無用で殺して焼いちゃったっていう記録が見つかってるし・・・」

「まぁ、その状況なら仕方ない行動だろうなぁ。外からくる人間なんて、周りが壊滅して助けを求めに来たんだろうから、ほぼ感染者だろうし。」

「うん・・・それでね、少人数の集落になっちゃったから、鉄とか色んなものが段々少なくなっていって最終的には石器と野焼きした土器での生活になったみたい。」

「原始時代に逆戻りか。そうなると食料の生産も先細りになって、ますます人口が減る事になるよなぁ。」


文明というのは、ある程度分業ができないと一定のレベルをキープできないものだ。

人数が少ないとキープどころか衰退してしまうのは仕方がない。

例えば、集落の農作業で使う鉄の鍬も、いつかはすり減ったり割れて使えなくなるだろう。

その時にどうするだろうか?

砂鉄や鉄鉱石を探し出し、製鉄技術を試行錯誤しながら完成させるだろうか?

人数が多ければ今後の為にそれも可能だろう。

しかし小さな集落ではそれは無理だ。

石器を使うしか無くなる。


「うん。その病気がどんどん広がって、黒色種と褐色種の地域はほとんど壊滅しちゃったんだ。」

「なるほどなぁ。その病気は東の方には広がらなかったの?」

「免疫遺伝子がちょっと違ってたおかげで大丈夫だったみたいだよ。」

「なるほど、でも絶滅はしなかったんだよね?」

「ずっと昔に混血してわたしたちと同じ免疫遺伝子を持ってた人達が生き残ったみたい。でも、そんな事分からないから、掟を守り続けてずっと小さな集落に閉じこもったままだったんだ。」

「それでこの大陸は無人のままだったんだ。」

「うん。マホロバの人が遭難してたまたま見つけたんだけど人は住んでなかったって。」

「よく戻って来られたね。」

「北の方に流れ着いたから、まだマホロバに近かったおかげみたい。風に流されただけで船も壊れてなかったし、動物も人に警戒しなくて食べ物にも困らなかったらしいよ。」

「先住民が居なかったからだろうね。」


俺は南北は逆になるが、ペンギンを思い浮かべた。

あれなら食い放題だろう。


「そうみたい。流れ着いた時には近付いても逃げなかったんだって。それで獲物がいっぱいいるっていう話が伝わって、どんどん人が行くようになったらしいよ。」

「そうなると現地に集落とかが出来るわけだ。」

「うん。安全な航路とか避難する為の港とかが整備されて人がどんどん増えたらしいよ。それで南の方にも行ってみたらすごい広い無人の土地があって、当時のマホロバ政府が積極的に植民したの。」

「それでこのシェルターは単一民族だったのか・・・」


ようやく疑問が解けた。

しかし、ウイルスの突然変異で石器時代逆戻りっていうのが本当に起こるとはな。


「ところで、地星ではここはどんな国だったの?」

「簡単に言うと、白色種の国々が先住民を騙したり虐殺したりして土地を奪って、この南北の大陸を自分達の領土にしたんだ。ここは北大陸の多くを占有するイモルキ連邦っていう国で、母国に反乱を起こして独立したんだよ。その後は移民を受け入れて成長したんだ。天然資源も多くて土地も広いから俺の時代には世界で一番豊かな国だったなぁ。不法移民も多かったけど、低賃金でこき使ってたから経済的にもプラスだったみたいだし。」

「・・・なんかすごく下種な国に聞こえちゃう。」

「まぁ、確かにそうだなぁ。今じゃ自由と民主主義を掲げて世界のリーダー面してるけど、歴史としては最低の屑だね。」

「むぅ・・・他の星でもなんかやだ。」

「俺たちの子供たちがそんな過ちを犯さないようにしないとな。」

「うん!頑張って育てようね!」


何とか前向きになってくれたようだ。

負の感情はお腹の子供にも悪いからな。

その後は二人でお腹の子に話しかけて夜が更けていった。

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