第59話 挙式-04
そして結婚式当日を迎えた。
俺はグンマー国潜入用のジャケットとスラックス姿で新郎控室にいる。
一番まともな服がこれなので仕方ない。
結婚式の主役と言えば花嫁だ。
当日のお楽しみという事でまだ見せてはもらっていないのだが、オモさんから布地を融通してもらい、友人達と花嫁衣裳を作っている事は知っている。
きっと誰よりも綺麗なはずだ。
しかし、残念ながら皆の関心は花嫁姿ではなく、モヤシ炒めかもしれない。
空き部屋で大量に栽培したモヤシが運ばれていくのを、まさに野獣の目で全員が追っていたのだ。
「コウ、ナホが呼んでるよ!」
フジさんが呼びに来てくれた。
軍の礼服らしきものを着ている。
司会とリングガール役をお願いしているので正装してくれたようだ。
馬子にも衣装と言うべきか、なかなか様になっている。
「ありがとう。じゃあ、新婦控室に行ってくるよ。」
「すごい綺麗だったよー!でも、もうすぐ式なんだから、押し倒しちゃ駄目だからね!」
「アホかーーー!」
緊張が一気に吹き飛んだ。
まぁ、フジさんだから、オモさんのように計算しての事ではないだろう。
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コンコンコン
「ナホ、入るよ。」
「どうぞー!」
俺は花嫁控室に入った。
おぉ、さすが俺のナホだ!
メイクをしている事もあり、いつもよりずっと華やかな印象だ。
純白の白衣しらぎぬと緋袴姿の上から千早を羽織っている。
シンプルながら実に美しい衣装だ。
・・・いや、これって巫女装束だろ?
よく見れば違いも多いが、全体として見ればそうとしか思えない。
「ど、どうかな?」
「・・・」
「へ、変なのかな・・・」
はっ!
いかんいかん。
「い、いや、見とれていただけだよ。」
地星の巫女とそっくりな事は式が終わってから言おう。
「心配しちゃったよぉ。でも良かった。」
「ここでは見慣れないデザインだけど、伝統衣装か何か?」
「ううん、去年のキョウコレでお姉ちゃんが買ってきた服をマネしたんだよー。トウちゃんがデッサンに起こしてみんなで作ったんだ!」
「キョウコレ?」
「そっか、コウは知らないよね。キョウコレっていうのは、キョウ・コレクションの略なんだ。首都のキョウっていうところで開催されるんだよ。正確にはキョウ・プレタポルテ・コレクションとキョウ・オートクチュール・コレクションっていうんだけどね。プレタポルテが既製服で、オートクチュールがオーダーメイドなんだよー!」
さすがにファッションの事になると女性は饒舌だ。
「そっか、じゃあお姉さんがそこで買って来たんだ。」
「うん!その年のテーマがシンプル&清楚だったから丁度いいかなって。」
「ナホにぴったりだよ。」
「えへへ、嬉しいなぁ。このデザイン選んで良かったよー!」
「コウ、そろそろ時間です。」
「お、そうだな。じゃあ、ナホ、行こうか。」
「うん!」
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今回の結婚式は地星の一般的なものとは少し違う。
結婚という地星の風習を持ち込んだが、全てを押し付けるつもりは無いので、ナホと友人達にスメラ流にアレンジを任せたのだ。
俺とナホは大講義室の裏手に回った。
何かの曲が流れているが、流行していたラブソングらしい。
”覚えてい~ます~〇~”と歌詞の一部が聞こえてくる。
何だか巨人の大宇宙艦隊相手でも勝てそうな気がしてきたが、きっと気のせいだろう。
ただの”当たり前のラブソング”なのだから。
時間になったら後部扉から中央通路を通って教壇に向かって歩く手筈だ。
新婦が父親と腕を組んでバージンロードというのは、物理的にも無理だし、スメラの伝統から考えても不自然なのでこういう形式になったのだ。
暫くするとフジさんの声が聞こえて来た。
「それでは只今よりスメラ星初の結婚式を行います。」
「皆さまご起立下さい。新郎新婦の入場です。」
大講義室の後部扉が開かれた。
俺達は姿勢を正し、オモさんの立つ教壇に向かって歩き出した。
皆が中央通路に向かって拍手をしてくれている。
曲が終わると同時に教壇に到着した。
盛り上がっているところでフェードアウトさせるのも、終わるまで突っ立っているのも何なので、丁度終わるような入場タイミングになるように調整したのだ。
「ありがとうございました。それではご着席下さい。」
拍手が止み、皆が着席した。
ここからはオモさんが進行する。
「コウさん、ナホさん、これから貴方達には様々な試練が訪れるでしょう。復興への長く険しい道のりの中でも、永遠にお互いへの尊敬と感謝を忘れず、慈しみ愛し合う事を誓いますか?」
「「はい、誓います!」」
「それでは永遠の愛の証として指輪の交換をお願いします。」
フジさんが2つの指輪を乗せた漆塗りのお盆のようなものを持ってきた。
まず俺がナホの左手薬指に指輪をはめ、次にナホが俺にはめてくれた。
視界の隅に皆がキラッキラの瞳で俺たちを見つめているのが映った。
異星の習慣であっても、やはり年頃の女性にとっては憧れる行為なのだろう。
ひょっとしたら、ちょっとした切っ掛けがあればスメラにも結婚という習慣が根付いていたのかもしれない。
「それでは誓いのキスをお願いします。」
俺たちは見つめ合い、ナホが目を瞑ったのを合図にして口付けを交わした。
途端に大歓声と拍手が沸き起こる。
本来はフジさんのアナウンスで拍手の予定だったが、そんなものは不要だったようだ。
「では、これにて婚姻の儀を終了します。」
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オモさんがタイミングを見計らって結婚式終了の挨拶をした。
フジさんが引き継ぎアナウンスを行う。
「皆さま、お疲れ様でした。それではお食事会の準備を致しますので、しばらくご自由にご歓談ください。」
空気が変わった。
それまでの女子の目から野獣の目に変貌した。
しかし、さすがは女性と言うべきか、表面上の振舞いは友人の結婚を祝うものだった。
女の怖さを再認識した瞬間だった。
そんな中、大講義室から調理室へと向かうメンバーは緊張した面持ちだった。
500名弱の笑顔の下から滲み出る”失敗したら殺す”と言わんばかりのプレッシャーを受けているのだから当然だろう。
しかし、調理担当者を戦場へと赴かせるに十分な報酬はしっかり用意されている。
味見という名の一口分のモヤシ炒めだ。
暫くするとモヤシ炒めの匂いが漂ってきた。
調理室からは離れているので、以前なら感じ取る事の出来なかった程のほんの僅かな匂いだが、研ぎ澄まされた嗅覚が敏感にキャッチしたのだ。
それは皆も同じだったのか、明らかにそわそわした雰囲気が漂っている。
恐らく、今の彼女たちは地星の僻地に住む狩猟民族を凌駕する嗅覚を持っているはずだ。
更に数分後、調理室の扉が開く微かな音と足音が聞こえた。
極限まで感覚が研ぎ澄まされているのが分かる。
これが、戦場で命のやり取りをする時に感じるのと同じゾーンというやつだ。
そして、遂に大講義室の扉が開かれた。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
年頃の女子とは思えない地鳴りのような歓声が沸き上がった。
もう女子の仮面は脱ぎ捨てたのだろう。
世界中のどの精鋭部隊よりも素早く正確に整列が行われた。
オモさんと調理係の手により皆にモヤシ炒めと炭酸水が配られていく。
今回は直径20cmほどの皿にモヤシ炒めが盛り付けされている。
もちろん盛り付け役は超性能で正確に分配できるオモさんだ。
この状況で分配量が増減してしまうと殺し合いが始まるかもしれないからだ。
ちなみに炭酸水は少しだけ岩塩使って塩味を付けた。
”なんでもいい!味が、味が欲しいのっ!!!”という全員一致の意見が採用されたのだ。
やがて用意した500皿が行き渡り、全員がオモさんを凝視した。
あまりお預け状態が続くと暴動が起きかねないので、オモさんは即座に音頭を取った。
「では、堅苦しい挨拶は抜きにして、コウさん、ナホさん、ご結婚おめでとうございます!乾杯!」
「「「「「「「「「「かんぱぁーーーーーーーい!!!」」」」」」」」」」
その後は誰しも無言だった。
広大な大講義室に500名が一心不乱にモヤシ炒めを食す音が響く。
全員が食べ終わったのを見計らい、オモさんが締めの挨拶を行った。
「それでは皆さん、結婚式へのご出席ありがとうございました。明日からは再び開拓の日々となりますが、頑張ればまた食事会も開くことができるでしょう。それでは食器を教壇に運んで各自解散とします。」
「「ありがとうございました!」」
俺とナホは二人で頭を下げて感謝の言葉を告げた後、扉の方に移動して皆を見送った。
「よし、じゃあこれから片付けだな。」
「うん!」
「まぁまぁ、今日はいいじゃない。主役なんだし、部屋でゆっくりしなよ。」
いつの間にか作業服に着替えたフジさんが居た。
「え、でも・・・」
「いいからいいから、片付け担当も含めて味見OKにしたんだしさ。」
「分かった。じゃあ厚意に甘えるよ。」
「いいのかな?」
「明日からまた頑張る事で返すさ。」
結婚式直後の花嫁に向かって、具体的に俺がナニを頑張るかは言い難いが・・・
「分かった!じゃあ、今日は甘えますね。フジさんも今日はありがとうございました!」
「フジさん、ありがとう。じゃあ、ナホ帰ろうか。」
「うん!」
この後は初夜という事になる。
俺はここ最近のルーチンワークと薬の影響もあってなかなか大変な事になっている。
安定期に入ってはいるが気を付けないとな。
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