第46話 大戦-16

人機大戦終結から1年が過ぎた。

世界各地でゲリラ戦を展開していた機械軍は次々と魔法大隊が処理して回ったので、今では滅多にゲリラ戦が起きる事は無くなっていた。

しかしまだまだ安心できない。

現状で最も厄介なのはトラップと化した機体だ。

ある程度のまとまった戦力が残っている場合はゲリラ戦を仕掛けて来たが、それが叶わない場合にはトラップと化し機会を伺い特攻を仕掛けてくるのだ。

撤退を考えず撃破されるまでに最大の損害を与えるように戦うので、魔法部隊以外が戦った場合はダメージが大きくなってしまう。


しかもMET本体は通常は起動してから100年程度は故障せず、スリープモードに入っていると燃料も同じくらい持続してしまうのだ。

おまけに鹵獲機体を調査した結果、機械軍の機体は全ての機体に未起動の予備MET1セットを装備している事が判明している。

つまり、最長200年は機械軍のトラップによる潜在的脅威が残る事になるのだ。

過去の戦争で問題になった不発弾や地雷と同じ問題と言える。

いや、見つけた瞬間に確実にそれら以上のダメージを与えてくるという意味でより深刻だ。


もちろん、一般兵や民間人の移動前に魔法兵が安全確認を行うが、その後に密かに移動してきてトラップと化して密かに機会を待つ機体もあり、なかなか再開発が進んでいない。

大規模な再開発の場合は、魔法部隊が安全確認した上でエリア全てを防壁で囲うので、機械軍が侵入してくる事は無いのだが、全ての場所で行う訳にはいかない。


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機械軍が支配していた地域での人類の生き残りについては絶望的な状況だった。


殆どの者は人体実験に用いられて殺されていた。

機械軍は数十億の命を犠牲にする事によって脳の完全解析を行い、脳内情報を書き換える技術を確立していたのだった。

もっとも、形式上は各国がその主権の下で行った実験結果を央偉共和国に提供した事になっているが。

そして、国家として存続する為に必要な最低限の人数だけが、二度と目覚めぬように処置され生き残らされていた。

その者達は、それまでの記憶を消去され央偉思想が上書きされていたようだ。

洗脳された状態で選挙や国民投票を行い、憲法や法律を一応は合法的な手続きで書き換え、条約を結び、法的には央偉共和国の属国となっていた。


また、人類の製造技術も確立していたようだ。

製造技術というと違和感があるかもしれないが、人工的に人類の遺伝子を組立て培養する事ができる技術なので、そうとしか言いようが無い。

その技術の目的は、名目上の国民が死んだ時に補充して名目上の属国を維持する為だったらしい。


これらの事はローカルコンピューターに残されていたログを調査して判明した事だ。

おそらく央偉共和国の人工知能”電神”は一切の禁忌を設けずに央偉秩序を形式的に実現するように先鋭化し暴走したのだろう。


なお、生き残っていた者達も機械軍が制御していた生命維持機能が停止してしまった為、亡くなってしまっている。

つまり、この星の知的生命体は、ほぼ単一民族国家であるマホロバの国民だけとなってしまったのだ。


また、圧倒的な軍事力を持ちながらマホロバを滅ぼさなかった理由も判明した。

電神に最初に与えられた命題は、央偉秩序の永続化とマホロバを永遠に苦しめる事だったのだ。


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戦争は悲惨なものだが、技術革新の場である事も事実だ。

暴走した人工知能が手段を択ばずに開発した技術には有用なものが多くあった。

脳の完全解析とそれによる脳の書き換え技術はその代表例だろう。

非常に忌まわしい由来を持つ技術だが、星の文明がほぼ壊滅した状況では役に立つ技術を破棄する事などできなかった。

すぐに応用できる用途があり、それが復興にとって非常に重要であったのだ。



1つ目は”科学技術知識のインストール”だ。


ラキ中佐達も苦労したように、基礎知識の無いものがいきなりレーザーや電磁波バリアを明確にイメージングするのは無理だった。

この知識のインストールというのは数式を刻み込むだけで無く、”一般的に人類が納得した場合に脳に刻まれる情報”をそのまま貼り付ける。

つまり、暗記ではなく習得だ。

この技術のおかげで、魔法兵がレーザーや電磁波バリアなどの魔法を使えるようになり、機械軍の残党処理が安全に行えるようになったのだ。




2つ目は”人工的な魔法覚醒”だ。


人工的と言っても魔法レベル0の者が魔法を使えるようになる訳ではない。

才能を持つ者を魔法使いとして覚醒させる為の共鳴波発生装置が完成したのだ。

共鳴波そのものは魔法ではなく物理現象なので実界側で再現できる事は予想されており、その仮説に基づき大規模な調査が行われた結果、以下の知見が得られた。


・イメージングにより特徴的な脳波が発生する

・その脳波の強度は、個人差はあるが魔法レベルに関係なくほぼ一定の強度となる

・その脳波が魔法野と共鳴する事で増幅された共鳴波が放射される

・利得は魔法レベルが高いほど大きな値となる

・共鳴波は光速で伝播し、距離の三乗に反比例して減衰する


これらの結果に基づき、人工頭脳にイメージングの方法をインストールしその状態を再現させたところ、弱い脳波を発生させる事にはすぐ成功したのだが、共鳴状態の再現はことごとく失敗に終わった。

しかし、偶然が積み重なり解決策が見つかった。

覚醒対象者の魔法野と人工頭脳を可能な限り近付け人工頭脳に瞬間的に非常に大きなエネルギーを投入すれば、魔法レベル1の者でも辛うじて覚醒させることが出来る強度が得られる事が判明したのだ。

この実験結果から、魔法使いの大多数を占める魔法レベル1の者の覚醒を効率よく行う事が出来るようになったのだ。




3つ目は”安全装置”と呼ばれている。


内心の自由を蹂躙する行為である為、政府と軍の極一部の者にしか知られていない機密事項だ。

魔法の力は絶大であり、高レベル魔法使いが破壊活動を行った場合、その結果は甚大災害あるいはそれ以上の規模になってしまう。

そこで、魔法レベルが一定以上の者には覚醒前に法律に服従する事や、軍や警察への任官を希望する事をインストールされるのだ。

非人道的ではあるが、この”安全装置”のおかげで高レベル魔法使いによる悲惨な事件が起きていない事も事実である。


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その他にもオリハルコンの大量生産技術やアダマントの試作といった材料工学の発展も見逃せないものがある。

現に、大規模再開発エリアの防御壁には、機械軍の残党レベルではすぐには突破する事が困難な、即ち魔法兵が駆け付けるまでの時間を稼げる合金であるオリハルコンが用いられている。

このように人類は、敵であった機械軍の技術を取り込みながら、復興の道を歩み始めた。


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余談だが、わたしにも子供が生まれた。

とても可愛い娘である。

ピスと名付けた。

母親はもちろんパラだ。

非常用保存食道を究めんとする二人が結ばれるのは必然だろう。

非常用保存食をたっぷり食べたパラの胎内で育ち、非常用保存食をたっぷり食べたパラの母乳で健やかに育っている。


現在のわたしの最重要研究テーマとして”非常用保存食を用いた離乳食の開発”がある。

二人の求道者の跡継ぎとして、この離乳食は非常に重要だ。



その他のテーマはこれと比べると大したものではないが、2つ興味深いものがある。


1つはヒヒイロカネの開発だ。

機械軍はアダマントの試作にまで辿り着いていたが、人類のプライドに掛けてそれを上回るヒヒイロカネを完成させたい。

わたしの代で終わるとは思えないが、いつか実現してもらいたいものだ。

もっとも、魔法が使えるようになった現在では自己満足に過ぎないのだが・・・


もう1つは魔法の無意識化だ。

人間は全ての行動を意識して行っている訳ではない。

例えば、自転車に乗る時に、体のそれぞれの動きはほとんど意識していない。

実際には脳が多種多様な情報処理をしているのだが意識には登らない。

これを魔法に応用できれば無意識にバリアを展開する事が可能になる。

さらに研究を進めれば寝ている時にもバリアを展開できるかもしれない。

実際、魔法兵が就寝中に機械軍残党に殺されてしまった事案が1件発生したのだ。



もっとも、これからはピスの為に生きるので、暇つぶしとして研究を進める事になる。

軍からの依頼で執筆中の”非魔法使いにも分かるやさしい魔法解説”ものんびりと完成させればいいだろう。

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