大戦
第31話 大戦-01
俺がシェルターに招かれてから1か月が過ぎた。
既に普段の生活では装甲機動戦闘服は着用していない。
左腿のレッグポーチに入れて持ち運んでいるキットとのコミュニケーションは、カメラと骨伝導タイプの音声入出力の内臓された眼鏡を経由して行う形だ。
キットが第三者とコミュニケーションする場合は腕時計に偽装したガジェットを使う。
これらの装備は、グンマー国で民間人に偽装する時の為に用意していたものだ。
もちろん体の右側はナホ専用スペースとして常に空けている。
服はシェルターに保管されていた開拓用の作業着を着用している。
軍の整備員が着るような動きやすい服だ。
グンマー国潜入用に服を持って来てはいたのだが、現地民偽装用のみすぼらしいものと日出国からの旅行者風の2セットだけだったのだ。
他にサイズの合う服はあったのだが、亡くなった学生達の遺品を漁るのは流石に気が引ける。
言語の習得は順調で日常生活での会話や読み書きには全くと言っていいほど問題ない。
この星の名前は現地の言葉でスメラというらしい。
翻訳するなら地星となってしまうが、紛らわしいのでスメラ星やスメラ語と訳する事にしている。
複雑な言葉はまだまだ分からないが、徐々に勉強しているところだ。
今は法律、特に刑法をキットに習得させている。
法律は最低限の道徳というのはスメラでも同じらしいので、手っ取り早く価値観の違いを知る為だ。
「キット、法律の方の調査はどんな具合だ?」
「順調です。基本的には日出国の法体系に近いのですが、一つ興味深い違いがありました。」
「どんな内容だ?」
「仇討ちが普通の事のようです。」
「へ?仇討ち?私刑が普通なのか?」
「いえ、重犯罪者に対する一定の報復権が司法からの委託の形で被害者や遺族あるいはその代理人に与えられます。」
「罪刑法定主義ではあるのか。」
「はい、そうなります。例えば、受けた被害が報復権の上限となっていますので、仮に死ぬよりも辛い後遺症を負ったとしても、本人あるいは代行者が犯人を殺す事は出来ません。」
「逆に言うと、遺族は犯人をぶっ殺せる場合もあるという事だな。」
「そうなります。なお、報復権の行使に対する報復は厳重に禁止されています。」
「そりゃそうだろうな。地星でも第三者である権力が罰するようにしているのは報復の連鎖を起こさせない為だからな。でも、報復権ってのはそんなに利用されていたのか?」
日出国のイメージだと、そういう権利があっても実際には行使するのは難しいイメージがある。
「権利と言うよりも義務に近いようです。仇討ちを成し遂げるのは非常に名誉な事とされており、逆に与えられた報復権を行使しないと、強い社会的圧力が掛かる状態です。」
「なかなかカルチャーショックだな。ちなみに報復権を行使しなかった場合はどうなるんだ?」
「例えば、死刑判決を受けた犯人が報復されなかった場合は、当然、死刑が執行されます。死刑相当の犯人を報復で殺しきれなかった場合も、公権力が止めを刺します。」
「懲役15年とかだとどうなる?」
「例えば懲役13年相当の報復を受けた場合は、残りの2年分の懲役を受ける事になります。つまり、定められた期間内に報復が終わるまでは刑期が確定しません。」
「なるほどな。もし20年分くらいぶちのめしちまった場合はどうなるんだ?」
「そうならないように司法から立会人を出しますが、もし超過してしまった場合はその分の罪に問われます。もっとも、軽微な場合は不起訴処分となる事が多いようです。」
「冤罪だった場合、報復した者はどうなる?」
「司法が委託している形ですので、司法が責任を取ります。真犯人が分かった場合は、改めて報復権が発生します。」
「なるほど・・・ところで、広場での俺の行動はどう解釈される?」
「スメラにも緊急避難行為の概念は存在しています。過去の判例から考えると違法性は無いと考えていいでしょう。犯罪者というよりもむしろ、仇を討ってくれた英雄と思われている筈です。」
「それなら安心だな。他には何かあるか?」
「そうですね、人権に対する考え方に少し相違があります。」
「ほう。」
「地星の場合、人権というのは人間である限りは生まれてから死ぬまで無条件に持っており何人たりとも侵すことの出来ないものと考える者もいます。」
「それが絶対的真理っていう前提で死刑反対とか刑務所の待遇改善を要求する勢力はいるよな。千年前には人権なんてものは無かったのにな。」
「そうですね。一方、スメラの場合は極端に言うと、社会から人権を貸与されている者が法律上の人間というスタンスのようです。」
「試験でもあるのか?」
「いえ、出生時に一律に貸与されますが、その後の行動等で没収される事があります。」
「ふむ・・・」
「人権とは社会がそれに所属する者の為に作り出した権利なので、反社会的な行いをした者や疾患等で責任を問えなくなった者は貸与されている人権の一部あるいは全部を没収されます。例えば死刑囚は人権を全て没収されているので殺しても人権侵害にはならないようです。」
「なるほど、持ってなけりゃ侵害のしようがないな。やっぱり人権が無くなれば物と同じ扱いなのか?」
「いえ、動物と同じ扱いようです。死刑囚といえどもむやみに傷つけたり殺す事は禁止されていますが、害獣として公権力が正式な手続きを経て駆除するというイメージです。」
「リアルケダモノ扱いか。」
「あとは教育刑論というものは全く存在しないようです。」
「えーと、確か刑罰ってのは犯罪者を社会復帰させる為のもんっていう考え方だっけ?」
「はい、そうです。」
「文明が発達してる割にはそういう考え方は無いのか・・・意外だな。」
「背景には、地星よりも自由意志をはるかに強く尊重する文化があります。犯罪者の矯正はある意味、他者の考える善を受刑者が善と考えるようにマインドコントロールするという事ですので、この星ではそれは不道徳な事となります。」
「まぁ、独裁国家の政治犯収容所なんかは究極の教育刑とも言えるしな。しかし、反省させずに出所させたら再犯率は高いんじゃないか?」
「刑罰の内容は基本的に地星よりも重い傾向ですので、それが再犯への抑止力として有効に働いているようです。」
「スメラの事は割と分かって来たつもりだったが、文化的な面はまだまだ知らない事が多いんだなぁ。」
「そうですね、わたしも気を付けるようにします。」
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この頃にはスメラ星がこうなってしまった理由やシェルターがどういう目的で作られたか、ここの学生はどういう存在なのかが分かった。
想像していたものとはかなり違ったが、ここまで現実離れした内容なら仕方ないだろう。
あの虐殺事件に関しても、俺の想像とはずいぶん違っていた。
非リア充が嫉妬から暴走してしまっただけという、起こした悲劇に全く釣り合わない馬鹿げた原因だった。
俺がスメラ語を習得してから、改めてリーダー格だった達磨男に本格的なごうも・・・尋問をしたが、以前の取り調べと変わらない内容だった。
地星人用のものが効くかどうか分からないが、手持ちの自白剤を使っても同じだった。
尋問後は皆の総意で犯人をコールドスリープ装置に放り込んである。
凶悪な犯罪を犯した事から、達磨男の人権は剥奪されているのだろう。
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