第3話 転移-03

「蒼雷からのデータ転送が完了しました。」

「じゃあ、HUDに転送してくれ。」

「了解しました。」


HUDに表示された画像を見てみたが、高度5000m画角60度では平原しか写っていなかった。


「キット、平原しか映ってないな。」

「はい、水平方向に偵察範囲を広げるか高高度気球でより広範囲を偵察するか、どちらにしましょう?」

「今は全体像の把握を優先だ。高高度気球の使用を許可する。補給が受けられる可能性は極めて低いので、可能な限り高高度で観測可能な全てのデータを取り続けろ。」

「了解しました。」


日が傾いてきたので、標的に使った一文硬貨を回収してから野営の準備を始めた。

夜間戦闘装備は充実しているので日没後も行動する事は可能だが見落としがあっては困るので、今日は早めに就寝して早朝から活動するつもりだ。


「キット、そろそろ飯の準備をする。テントに入るから統合索敵センサーの警戒レベルを1つ上げておいてくれ。」

「了解しました。」


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俺はステルステントの中に入り、頭部ユニットと背部ユニットを外した。

装甲機動戦闘服は完全に空調されているとは言え、やはり開放感がある。

防御力は落ちてしまうが、ステルステントなので俺の位置を外から特定する事は不可能であり、このテントは砲弾の破片程度なら食い止められるので問題は無いだろう。


戦闘糧食を取り出す前に、まずキセルを取り出しリラックス効果がある紅葉草を詰めると火を点けた。

任務の合間に紅葉草を嗜む事は、俺の数少ない趣味の一つだ。

何時間も休まずに大量に吸い続けるとさすがに支障が出るが、このキセルの火皿に入る程度の量なら全く問題ない。

もちろん煙が出るのでカモフラージュして敵の傍で何日も潜入している時には嗜めないが、紅葉草に中毒性は無く依存症にはならないので吸いたくてイライラするという事は無い。


紅葉草を吸い終わると背部ユニットのバックパックから戦闘糧食とヒーターを取り出し、調理を始めた。

調理と言っても温めるだけだが、多少は美味くなるのだ。

なお、昔と違って誘導加熱ヒーターなのでテント内で調理しても一酸化炭素中毒になる危険性は無い。

ちなみに、水はポータブル製水器を携帯しているので飲み水の確保には困らない。

常に空気を取り込んで、その水分を結露させて貯蔵する装置で、気温と湿度によるが余程極端な気候でない限り、1日に5から10リットルは確保できる優れものだ。


「高高度撮影のデータが転送されました。」

「分かった。食いながら見るからプロジェクターに転送してくれ。」

「了解しました。」


次々と映像が表示されていくが、なかなか信じられない画像だ。

このガラスの平原は、ほぼ円形で直径2000kmほどあるようだ。

しかも、俺が居るのはやや南寄りの中央部だ。


更に高度を上げた画像を見てみると、どうやら俺はイモルキ連邦国にいるようだ。

何度も見返してみたが、どう見ても北イモルキ大陸の形をしている。

そして、平原外側にも人工の灯りは無く、クレーターとその周りにわずかな瓦礫、そして氷河しか写っていなかったのだ。


訳が分からない。


あの襲撃と同時にかつて世界最強といわれたイモルキ連邦国は壊滅させられたのか?

これほどの破壊をもたらす事の出来る軍事力を持った国家など無かったはずだ。


そして中緯度地域になぜ氷河が存在する?

仮に、大陸全体を瞬間冷凍する技術があったとしても、大気中の水分が全て凍る程度だ。氷河ができるには数えきれない程の回数の積雪が必要な筈だ。


そして・・・なぜ俺はイモルキ連邦国の平原にいる?


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だめだ。

頭が混乱している。

同じ疑問が何度もよぎり、気がつくとすっかり夜になっていた。

しばらく星空でも見てリラックスしよう。

再び頭部ユニットを装着し、明かりを消して目を慣らしてからテントの外に出た。

寝ころんで空を見上げると、満天の星と東の空に浮かんだ綺麗な三日月が見えた。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


なんてこった・・・星の配置が地星と全く違う。


どの緯度、どの季節の星空とも違う。

もちろん、日星系も銀河も公転しているので、時間が経てば星の配置は変わる。

しかし、ここまで一致しないほどの時間となるとおそらく数億年以上のレベルだろう。


少し冷静になろう。

まずは、”この星が地星かどうか”この点について検証するべきだな。


「キット、今日の日星のスペクトルデータはあるか?」

「まだありませんが、すぐに生データから分光処理可能です。」

「じゃあ、すぐにデータ処理してデータベース中の値と比較してくれ。知りたいのは今日のデータは本来のデータと比較して時間的にどれくらいずれているかだ。」

「了解しました。しばらくお待ちください。」


恒星は中心部分で核融合を起こして輝いており、時間がたてば輝き方も変わってくるので、

非常に大まかだが時間的なずれは分かるはずだ。


「解析結果が出ました。誤差は1000万年以内としか言えません。」

「そうか。じゃあ、ここが地星と仮定して、1000万年以内にここまで星の配置が変わる可能性はあるか?あと、どんな細かい事でもいいからデータベース内の地星と違っている事が無いか調べてくれ。」

「了解しました。1分ほどお待ちください。」


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「完了しました。1000万年以内に天体の配置がこのように変化する可能性はほぼ0%です。地星との差異としては、海岸線の後退と極点の移動が観測されました。」

「天体の方は予想通りだったな。後の二つはどういう事だ?」

「まず海岸線の後退ですが、中緯度に氷河が形成されている事から、海の水分が極付近で大量の氷となって閉じ込められた為に海岸線が後退したと思われます。過去の氷河期にも見られた現象です。」

「なるほど。昔、温暖化で海に沈む国があるとか大騒ぎしたやつの逆バージョンか。」

「はい、その通りです。次に極移動ですが、おそらくこのガラスの平原が原因と思われます。」

「ん?どういう事だ?」

「ここが地星だと仮定すると、地表を切り取ってどこかにやってしまったような状態です。その場合、星の質量分布が変わってしまうので回転軸が変わってしまいます。過去に超大陸が形成された時や、超巨大噴火が発生した時に同様の極移動が起きた事が地質学の研究で明らかになっています。」

「なるほど、そういう事か。」


朧気ながら状況が見えて来た。

念の為にキットとも認識を共有しておこう。


「なぁ、キット、お前の意見を聞きたいんだが、俺たちは今どういう状況になっていると思う?」

「一番可能性が高いのは私が故障している、あるいは何らかのテストの為にダミーデータを受け取っているという状況でしょう。」

「あぁ、まぁ、俺も気が狂ったとか夢を見ていると言われた方が納得しやすいが、それは無しだな。」

「それ以外のケースですと・・・」


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キットも俺と同じ結論になったようだ。

俺たちは地星そっくりの別の星に転移したと仮定して行動する事にしよう。



まずは短期目標の設定だ。

何といっても食糧の確保だろう。

携行している戦闘糧食は15食分なので規定量なら5日分だが、10日程度はもたせるべきだろう。

サバイバルマニュアル通り、前半5日に10食分、後半5日に5食分を割り当てる事にした。

開封したものは完全に食べ切る事にする。

この状況で未知の病気にかかっては対処ができないからだ。

という事で直近の最大の目標は10日以内に何としても食糧を見つける事だ。

獲物さえいれば10km離れていても簡単に仕留められるが、おそらく発見できないだろう。

草原や森林らしきものが確認できなかった以上、草食動物もそれを捕食する肉食動物もこのエリアまでは来ない筈だ。

奇跡的に運が良ければ虫を食べるような小型動物が見つかるかもしれないが。

なので主に探すのは河川や海にいる虫・カニ・貝あたりだ。



食糧確保の後の中期目標も決めておこう。

これから何十年も虫を食べて最期に孤独死というのはゴメンだ。

この星の知的生命体の生き残りを探し出す事を中期目標としよう。

タコのような宇宙人かもしれないが、慣れればなんとかなる筈だ・・・きっと。

おそらく氷河期になる前の痕跡が中緯度にあるという事は、生存者を探索する地域は赤道付近か火山帯の付近だ。

氷河期に生き残るにはなるべく暖かい地域だろう。

それにもし生存者がいなくても野生化した動物の肉や野菜にありつける可能性はここよりも高い。

平原西側に火山活動が見られるが、かなり活発で危険度が高いので、南下して赤道付近まで出るルートにする。

異星人と会った後の事は、相手次第なのであまり考えないでおこう。

神を詐称する気も王として君臨する気もない。

ただ共存できればいい。

いきなり喰おうとしてきたり解剖しようとしてきたら戦うまでだ。



長期目標は間違いなくこれだ。

地星への帰還手段の確保だ。



とりあえず方針は決めた。

仮眠して夜が明けたら出発だ。

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