第2話 転移-02

まずは着用している装甲機動戦闘服のチェックだ。

この装備は、いわゆるパワーアシストスーツに分類される。

外部フレームに室温超電導モーターを組み合わせて、着用者の動きに連動させるものだ。

この外部フレームの外側にNBC(Nuclear, Biological, and Chemical 核、生物、化学兵器)防護生地と防弾生地を被せ、更に要所要所を複合装甲板で覆っており、バイタルゾーンには増加装甲も設けてある。

装甲板防弾性能は非常に高く、76mm機関砲でも貫通はしない。

もちろん、貫通しないだけで着弾すればその衝撃で着用者が死亡する可能性の方が高いので、オーバースペックなのは間違いないが。

頭部ユニットはNBC戦を想定している事から密閉型となっているが、内部は温調・除湿・消臭機能が内蔵されているので不快では無い。

また、頭部ユニット前面は防弾ガラスとなっているが、戦闘時には装甲板で覆う事も可能で、その際にはカメラからの映像がHUDに投影される。


そして、実際の作戦時にはこの基本構造に、作戦内容や役割分担に応じたオプション装備をマウントする事になる。

現在の俺のオプション装備は、

頭部:自動迎撃システム

右腕:ハンマードライブ

左腕:6連装20mmミサイルランチャー

両脚:ホバースラスター

の4つだ。


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まず、基本構造の方からチェックしよう。

キットの詳細診断プログラムを信用していない訳では無い。

最善を尽くさない奴は早死にする、それだけだ。


視界の範囲内では外観に異常は無いようだ。

ポーチからタクティカルミラーを取り出して背面もチェックしたが異常は無い。

なお、ミラーと言っても鏡ではなく、伸縮可能な棒の先に付けた小型カメラからの映像をHUDに転送する道具だ。

ただ、目視では分からない破れもNBC戦では致命傷につながるので、リークチェックも行わなければならないだろう。


「キット、リークチェックを頼む。」

「了解しました。」


もちろん、完全気密状態であっても中に生身の人間が入っているので圧力は変動するのだが、そこは事前に収集したデータを照合して補正可能だ。


「計測完了しました。リーク箇所はありません。」

「分かった。次はパワーアシスト機構のチェックだ。」

「了解しました。診断プログラムを開始します。」


頭部ユニット内のスピーカーから聞き慣れた音楽が流れて来た。

数百年前から毎朝ラジオで放送されている体操用の音楽だ。

この音楽を採用した担当者に色々と言いたい事はあるが、確かに動作チェックに適してはいるので、心を無にして国民的体操を黙々とこなした。


「診断プログラムを終了します。パワーアシスト機構に異常はありません。」

「よし、じゃあ次はハンマードライブのチェックだ。」


ハンマードライブはパイルバ〇カーのようなもので、金属の塊を超電導リニアモーターで前方に飛び出させる装備だ。

本来は、何らかの理由で対象を叩き壊すような場面で使うものであり、漫画やアニメのように近接武器としても使う事は可能だが、致命的な欠点がある。


「了解しました。出力はどうされますか?」

「空撃ちだからな・・・1%にしておこう。」


俺は右腕を引き正拳突きの構えを取った。


「3,2,1,打て!」


ガンッ!という鈍い音と共に右腕が引っ張られた。

射出武器では無いので、空撃ちするとハンマーはストッパーによって止められるのだ。

これが近接武器としての最大の欠点だ。

躱された場合は体勢を大きく崩しかねないので、確実に当てられる局面でないと使えない。


「ハンマードライブは正常に動作しました。」

「分かった。20mmミサイルランチャーは・・・試射する訳にもいかんしなぁ。」

「はい、現状でサーモバリック弾を撃つ事はリスクが高いと思います。」

「だよな。診断プログラムを信じて異常無しとしておこう。」


サーモバリックとはいわゆる気化爆弾の事だ。

上空に気体爆薬を面状に広げてから爆発させる事により、地上に面状の爆風衝撃波を叩きつけ範囲内の敵兵の肺を損傷させ呼吸困難から死に至らしめる事が可能な爆弾だ。

歩兵部隊や地雷原を面制圧できるように持ってきたが、状況が全く分からない状態でぶっ放していい代物では無い。

ちなみに、今回は持って来ていないが、もっと物騒なミサイルも装填可能だ。


「自動迎撃システムとホバースラスターのチェックはどうされますか?」

「あぁ、射撃チェックの時についでにするよ。」

「了解しました。」


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次は、俺の主武装の”三八式歩兵光銃 丙型 特務改”だ。


光銃の名前が示す通りレーザー銃であり、世界で初めて実用化されたものだ。

詳細は軍事機密だが大気や水蒸気に吸収されにくい大体4ミクロンほどの波長、つまり赤外領域のレーザーなのでアニメのように目視する事はできない。

なお、軍用対人レーザーで重要なのはレーザー出力だ。

何を当たり前の事をと思われるかもしれないが、人体を貫通する程度では全く足りず、着弾点付近に吸収されたエネルギーで水蒸気爆発を起こすレベルになって初めて兵器と呼べるのだ。

例えば、大量のアドレナリンを分泌させている兵士の腹を焼いた針で貫いても戦闘不能にする事は困難だが、腹の中で爆発を起こしてやれば周囲の臓器や動脈を破裂させて最悪でも即死、当たり所が良ければ多臓器不全で数日間のたうち回らせた上で殺す事ができる。




さて、三八式の説明を続けよう。

*型は用途を示しており、下記の4種類が用意されている。


甲型:

一般歩兵用

ベースモデルであり重量、コストや生産性などを重視している


乙型:

分隊支援用

従来の軽機関銃に相当するモデルで高出力レーザーを長時間連続照射する事が可能


丙型:

狙撃用

光学素子の精度を高め長距離狙撃用にレーザー出力を向上させたモデル


丁型:

自衛用

威力と精度を落とす代わりに携行性を向上させた指揮官・戦車兵向けモデル



そして最後の**改だが、各部署が独自に仕様変更や改造した事を表す。

特務改の場合は、キューさん(九条少佐)の手で魔改造されてしまって、外見以外は全く別物になっている。

”威力と精度の究極を目指すのじゃ!”と言って人工超格子の単結晶素材をふんだんに使ったせいで、これ一丁で小国を丸ごと買ってもお釣りがくるほどのコストが掛かっている。

おかげで押し寄せる機甲師団を薙ぎ払えるだけの出力と、10km先の標的に1000発連続で撃ち込んでも1mmもずれないだけの精度、そして驚異的な軽さと大気圏突入相当の衝撃にも耐えられる耐久性を両立できたのだが。




さて、着地時に放り出してしまったので、いくら頑丈とは言っても念のために試射をしておきたい。

しかし、手頃な標的が無い。

なにせ見渡す限りのガラスの平原だ。


「キット、ホバースラスターの動作チェックも兼ねて1kmの距離に標的を設置する。」

「了解しました。標的は何にしますか?」

「一文硬貨で代用する。3枚を10cm間隔で置くようにしてくれ。」

「了解しました。」


一文硬貨とは、今回の作戦で派遣されるはずだった国の現地通貨だ。

俺は一文硬貨を3枚取り出し、地面に置けるようにパワーアシスト機構を使って折り曲げた。

その一文硬貨を左手に持ち、腰を落とし前傾姿勢を取るとホバースラスターを起動した。

このホバースラスターを使うと、多少の不整地でも時速300kmで最大1時間の連続走行が可能になる。

ただし、最高速度を出す為には空気抵抗低減と低重心化の為に上記の姿勢を取らなければならないので、奇襲攻撃を受けた場合に咄嗟に反撃するのが難しい。


「アイドリング状態良好、異常無しです。」

「よし行くぞ!」


最大出力で加速し、1km地点でトップスピードのまま一文硬貨を10cm間隔で地面に置き、そのまま左旋回する。

もっとも、そんな器用な事は人間では出来ないのでキットが制御したのだが。


「帰りはスラロームだ。」

「了解しました。」


スラロームなので最高速度を出す事はできないが、それでもかなりの高速で滑らかにスラロームを繰り返す。

細かなホバースラスターの推力制御を人間が行う事は困難なので、俺の体の動きから阿吽の呼吸でキットが最適な制御を行っている。

これも長い付き合いの中でキットが俺の癖を学習したおかげだ。

そんな事を考えているとすぐに元の地点に戻ってきた。


「ホバースラスター異常無しです。」

「よし、引き続き特務改の試射を行う。キット、準備はいいか?」

「はい。いつでも射撃可能です。」


二脚を立てて伏せ撃ちの姿勢を取り、スリングを左腕に巻き付けて特務改を構えると、電子スコープに映った3つのターゲットには既にロックオンマークが付けられていた。

今回は事前に標的を指定していたが、実戦では戦術端末に搭載された全自動敵判定アプリケーションが重要度や脅威度などに基づいてロックオンマークを付けるようになっている。

なお、部隊単位での戦闘では戦術端末間データリンクにより各兵士に射撃目標が割り当てられるので効果的に制圧可能だ。

当初はソフトウェアによる照準に対して、民間人への誤射や逆に民間人に偽装したゲリラの撃ち漏らしが懸念されたが、何度試しても百戦錬磨の特殊部隊よりも良い成績を示した事からすぐに受け入れられる事となった。

そしてこのマルチロックオン機能はレーザー銃との相性が非常に良い。

戦術端末が電子スコープの映像に合わせて光軸を自動でスキャンさせるので、ロックオンマークが電子スコープに表示された射撃可能範囲内にあれば銃本体を動かして照準し直す必要がないのだ。

この機能のおかげで、訓練を終えたばかりの新兵であっても敵に銃口を向けて引き金さえ絞れば1秒間に20以上の目標に命中させる事が可能だ。

実体弾でも同じような事をするのは不可能では無いが、反動処理、排莢、装填が必要であり、薬室と銃身という重量物を移動させる必要があるので、連射速度の低下や装備の大型化と重量増は避けられない。


「照準:各硬貨上部中央、出力はちょうど貫通するだけに抑えろ。」

「了解しました。」


引き金を絞った。

その瞬間にはちょうど上部中央に穴の開いた3枚の一文硬貨が宙に舞う姿が電子スコープに映った。

レーザーは光速、つまり秒速30万kmなので1km離れていても実体弾のような着弾までのタイムラグはほぼ存在しない。

ちなみに実体弾でも無いのに硬貨が宙に舞ったのは、硬貨に使われている青銅が瞬間的に蒸発したからだ。


「迎撃。」


事前にキットには言っていなかったが、頭部にマウントされた自動迎撃システムからレーザーが発射され一文硬貨が更に宙を舞った。

この装備は、迫撃弾や擲弾といった比較的低速な曲射弾を自動的に迎撃する為に開発されたものだ。

弾速が低いとは言っても着弾までの時間はそれほど長くはないので、単体で常に画像データや音響データを解析し自動的にそれらを迎撃するように設定されている。

本来は一文硬貨などは迎撃対象では無いのだが、今回はキットが標的と認識していたので自動迎撃システムも追尾していたのだ。

なお、元々は一般歩兵用に開発された装備なので小型軽量化の為にレーザー出力は迫撃弾の破壊に必要十分な程度でしかない。


「照準、出力共に異常無しです。自動迎撃システムも異常なしです。」

「取り敢えず、一安心だな。」


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次は副兵装のチェックだ。

副兵装の官給品としては火薬式実体弾の一00式機関短銃があるのだが、俺は装備開発課が試作した大型拳銃サイズのコイルガンを装備している。

コイルガンとは一言で言うと、磁石にくっつく素材を含む弾丸を電磁石で引っ張って加速する銃だ。

銃身に沿って多数のコイルを配置し、弾丸の通過に合わせて各コイルに流す電流をオンオフする事で多段加速させて殺傷可能な初速を得る。

発明されてしばらくは、強力な磁場を発生させる事のできるコイル材や、弾丸位置に合わせた電流制御が困難で実用化されていなかった。

しかし、非常に高い臨界電流値を持つ室温超電導材料が開発された事と電子機器の高度化が進んだおかげで実用化に至ったのだ。


なお、次期副兵装は選定計画すら立てられていない状況なので、このコイルガンには仮型番すら無い状態だ。

もちろん、各種評価によって実戦に投入できるレベルである事は確認済みであり、実際にこれまでに何度も実戦投入している。

性能的には申し分ないが、単純に一00式の装備更新時期がまだまだ先で、予算がついていないだけだ。


もちろん、コイルガンを副兵装に選んだのにはちゃんとした理由がある。

簡単に消音化が出来るのだ。

火薬式と異なり爆発音そのものが出ない上に、薬莢が無いので排莢音も出ない。

そしてプリセットされた消音モードを選ぶだけで初速をサブソニックに調整できるので、弾丸からの衝撃波も発生しないように出来るのだ。

屋内など狭くて特務改が取り回ししにくい場所で静かに敵を片づけていくのに最適な銃だ。


また、プリセットされた強装モードや機関短銃モードに切り替える事によって瞬時に状況に応じた使い分けができるのはなかなか便利だ。

サブソニック弾に調整した火薬式自動銃に、強装弾の弾倉を装填してフルオート射撃すると動作不良の可能性が高くなってしまうが、装填を独立した電動機構で行うコイルガンでは原理的にそういった不具合が起きない。


前置きが長くなってしまったが試射を行おう。


「キット、次はコイルガンの試射だ。こいつは殆どマニュアル操作だから、蒼雷のチェックでもしておいてくれ。」

「了解しました。」


大きな音を立てる訳にはいかないので消音モードで試射をする。

再び一文硬貨を取り出し、適当に放り投げて標的替わりにした。

スコープは付けていないのでアイアンサイトで照準を付けたが狙い通り命中した。

三点バーストも試してみたが特に動作不良は起こさなかったので大きな問題は無いだろう。

念の為にマガジンに弾丸4発を補充してホルスターにしまった。

ちなみに、火薬式では無いので薬莢が不要でコンパクトな為、マガジン装弾数は50発となっている。


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最後に、左腰に装備した軍刀のチェックだ。

造り込みは本三枚、無反りで二尺二寸の刀だ。

綾杉肌にのたれの波文を持つ。

切れ味は大業物おおわざものクラスだ。

俺は光が水平方向に反射しないように注意しながら刀を抜いた。


「いつ見ても見事な刀ですね。」

「まぁな。自画自賛になるが、こいつは名刀だと思う。残念ながら、鉈や包丁替わりにしか使ってないけどな。」


山砂鉄掘り、木炭用の木の伐採や玉鋼作りから拵こしらえの製作に至るまで全て俺が手掛けた自信作だ。

任務用に作ったので、銘入れするわけにはいかなかったが。

抜刀の感触もいつも通りで、特に歪みや刃毀れも無さそうなので鞘に戻した。


「どこかの資産家の蔵に死蔵されるよりは幸せでしょう。」

「そういうものなのか?」

「少なくともわたしは、博物館に展示されるよりは実戦で破壊される方を選びます。」

「ふむ・・・ホルマリン漬けみたいなものか?」

「人間に例えるならそれが一番近いですね。」

「なるほど。」


その他に試作品の組み立て式レールガンも持って来ているが、耐衝撃ケースに仕舞ったままバックパックに入れてある。

実戦評価をしたがっていたキューさんに押し付けられたのだ。

いつもなら断るとしぶしぶ引き下がるのだが、今回は後ろ盾があったのでかなりしつこく勧められて仕方なく持ってきた武器だ。

荷物が増えすぎたせいでグレネードレールガンを置いてくる羽目になったが、普段から使っていない装備なので問題はない筈だ。


「キット、レールガンは大丈夫そうか?」

「耐衝撃ケースのセンサーのログを見る限り、十分許容範囲内の衝撃でした。試射はどうされますか?」

「弾に限りがあるし音もでかいからなぁ。それに組み立てると邪魔になるし・・・」

「後日にしますか?」

「そうだな。もう少し身軽になってからにする。」

「了解しました。」


一通り装備チェックが終わったので特務改の電子スコープで周囲の観察をしてみたが、やはり何も見当たらなかった。

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