第100話 魔女との戦い(前)

「あれ? どうしたの? もしかして僕がこの空間に来れば戦いになるって期待させちゃったかな?」


 魔女はニヤニヤと笑いつつそう嘲る。


「結界だ! 奴の足を封じろ!」


 渾身の一撃が不発に終わった所で、アンジェロ神父は迅速的確に対応する。当初の予定では最初から全力の一撃で魔女を粉砕する予定だった。

 最小限の人員で結界を張り巡らせていたものの、それは魔女によって容易く破られ、逃げられた。

思い通りにいかない戦闘を数多く潜って来た歴戦の猛者の反応速度だった。


 それは、彼の率いる執行機関に共通されている。彼らは素早く陣形を組み替え、魔女を包囲する形で展開する。


 勿論、俺も彼らに倣う。魔女と言う大物を釣り上げて疲弊しているが、その程度で動きが鈍っていたら神父様に笑われてしまう。


光の護封剣シャインセイバー!」


 スピード勝負の詠唱破棄、召喚陣より放たれた5条の光は、教会尖塔に突き刺さるが。


「うふふふふふ、一体どこを狙っているんだい?」


 気づいた時には既に魔女は地面に降り立ち、執行機関の一人の胸にその手刀を深々と突き刺していた。


「逃……さん!」

「フレッド!」


 フレッドと言われたその一人は、胸に深々と突き刺さった手刀をものともせず、血を吐きながらも魔女を抱き留める。


「うふふふふ、熱烈な抱擁ありがとう。けど君はタイプじゃないな」


 ぶちり。

 魔女はそう言うと、残った左手でフレッドさんの頭部をちぎり取り、大穴の開いた体を無造作に放り棄てた。


「うふふふふ! どうしたどうした人間達! お望み通り同じ土俵に出て来てやったんだ! 思う存分、気が済むまで殺り合おうじゃないか!」


 魔女は流れる血を浴びながら、狂った様にそう笑う。


 強い。予想はしていたが、奴は強い。訳も分からないうちにやられてしまったフレッドさんとて、歴戦の勇士だ。

 魔女は、あの不可思議な瞬間移動を抜きにしても、神父様と同等の近接戦闘力を有しているかもしれない。


「貴様あ!」

 

 アンジェロ神父ほか数名が息の合った踏み込みで一斉に魔女に切りかかる。


「うふふふふ、遅い遅い」


 だが、魔女はそこにはいない。上中下段と振られた剣は空を切り、魔女はまたしても別の場所に現れて、そこにいた人の首を飛ばす。


「くそ! 一体どうなってるんだ!」


 奴の移動は既存の技術のものでは無い。その動きの起こりすら見えやしない。今のは決してかわされるようなタイミングでは無かったはずだ。


「うふふ、うふふふ、うふふふふふ。いいねぇいいねぇ、ぞくぞくするよ。一方的に蹂躙していくと言うのは、どうしてこうも気持ちのいいものだろうね」


 気が付けば死山血河、教会の中庭は正しく地獄の有様だった。


「広域結界始動!」

「おやおや、全く元気だね。僕としたことがちょっと調子に乗り過ぎちゃった」


 同僚たちの無残な死を必死に耐え、残された機関員が魔女を封じ込めるための結界を張る。

 中庭は光の膜に包まれ、血塗れの魔女はその中心に静かに立つ。


「よくやった! そのまま結界を狭めろ! 魔女を貼り付けにするんだ!」


 結界の維持に人員を割けば、その分攻撃の手が減ってしまう。だが今の状況では好き勝手に動き回る魔女にかすりもしない現状だ。


 俺たちは確かに魔女を引っ張り出す事には成功した、だが、あと一歩、あと一歩が遥かに遠い。


「はああああああ!」


 コレットさんが気勢を上げる。彼女の防御力、結界能力は執行機関の中でもトップレベルだ。


「うふふふふ。女性がそんなに大声を出すなんて品が無いよ」

「そんな!?」


 だが魔女はその渾身の結界を易々と通り抜け、コレットさんを吹き飛ばした。


「おやおや、貫いたつもりだったけど、なんて硬い鎧だい」


 魔女はそう言って手をプラプラとさせる。


「次元魔術。名づけるならば、次元魔術と言った所ですか」

「カレンさん?」


 非戦闘要員であるカレンさんが、勝手口から中庭に出て来てそう呟いた。


「うふふふ。僕は時空魔術って呼んでるけどね。

 まぁその発想に至ったのなら、及第点を上げてもいいよ」


 魔女は不敵にほほ笑みそう言った。


「時空魔術……そうですか」


 カレンさんはそう言って独り言ちる。


「アデムさん、魔女は私達と異なる次元に隠れ潜んでいました。その技術の応用ですよ」

「それは一体」

「魔女は時と空間を操れると言う事です」

「時と、空間?」


 そんなもん反則だ。そんな事が出来るなら、全ての攻撃が通用しない。


「うふふふふ。いいねぇ君。とてもいいよ」


 魔女は執行機関の攻撃を、影も残さずかわしながらもそう笑う。


「この未開文明の世界でよくぞそこに気付けたものだ。いいねぇ君。僕の弟子にならないかい?」


 魔女が消えるたびに血の雨が降る。


「そうですか、それはありがとうございます。ですが私は一応神に仕える身。貴方の弟子になる事は神がお許しにならないでしょう」

「うふふふふ。それは残念」

「それよりも、未開文明のこの世界とおっしゃいましたね。貴方はこの世界の人間ではないのですか?」

「おっと、これは失敗、失敗。僕としてが口が滑っちゃった」


 魔女はそう言って、舌を出す。人と場面が違えば可愛いしぐさも、血塗れの魔女が行っても不吉なだけだ。


「お前は、フェニフォート人の末裔ではないのか?」

「うふふふふふ。全く純情だなぁアデム君は。そんなウソ未だに信じているのかい?」


 いったいどういう事なんだ? 魔女の目的は何なんだ? 何が正しい事なんだ?


「まぁいいや、折角だからネタ晴らし、いわゆる冥途の土産って奴をしてあげよう」


 魔女はそう言うと、宙に浮かんだ。

 執行機関はそれに向かい魔術弾を撃つも、不可視の障壁に阻まれ魔女には届かない。


「フェニフォート人なんて原始人、僕には全く関係ないさ。そのお題目で抑圧された原住民を煽ってやれば、面白い出し物が見れると思ってね」

「原住民だと?」

「ああそうだ、僕はこの世界の人間じゃない、別の世界の人間だ、でも僕にも同情してほしいね。こんな未発達の世界にたった一人召喚されちゃったんだからね」


 魔女はそう言って泣き真似をする。


「それは、30年前ダレグレス氏が行った召喚儀式ですね」


 カレンさんの言葉に、魔女はニヤリと笑う。


「ダレグレス、ああそう、そんな名前だったね。全く傑作だったよ彼は。

彼は、僕の事を女神さまだと崇め奉り、色々と世話を焼いてもらったよ」


 魔女は昔を懐かしむように目を薄めて、口角を歪める。


「貴様は、貴様は一体何なんだ!」


 アンジェロ神父がそう叫んだ。


「うふふふふ。ダレグレスは僕を女神と呼んだ。君たちは僕を魔女と呼ぶ。ただまぁ元々僕に名前なんかありゃしない。

 僕はただ、楽しい事が大好きな『何か』に過ぎないさ」

「何か……だと?」

「そうさ、呼び名なんて君たちが好きに呼べばいい、僕は僕で好きに遊ばせてもらうさ」


 最悪だ、色々な意味で最悪だ。そしてトコトン最悪なのが、この地上最悪な愉快犯に対しなす術が見当たらないと言う事だった。


「うふふふふ。フェニフォート人の名前が出たことだし、最後は召喚術で締めてあげよう」


 魔女はそう言うと、手を振った。そして、背後に巨大な召喚陣が現れる。


「ああ、因みに僕が行うなら生贄なんて必要ないぜ、そんな事をしたら折角のギャラリーが減ってしまって勿体無いじゃないか」


 魔女は自信満々にそう語る。


「それでは皆様ご照覧あれ。君たちが人生最後に目にする光景だよ」


 魔女は酷く楽しそうにそう笑ったのだった。

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